本日休業

2010年12月18日 (土)

本日も休業:光信の地獄図

本日”も”休業タイトルはこの夏頃横行していました。 入院と救急搬送を繰り返した頃ですが、その中の救急エントリー的頁で,多くは何かの残り物でした。  此のページもでっち上げたものの一つなのですが、テーマがテーマなので、その頃の心情としては些かシリアスすぎる?のか、積み残しになっていたものです。 お正月も近いし滞貨一掃と云うこともあって、今此処にアップします。 但し中味はそれなりに真面目でシャンとしたものですよ。 以下は当時作成したままです。

本日も休業也タイトルの頁は今後とも増殖しそうです。
昨日(此の文章を書いたときの昨日です)は晴れやか、華やかなモノ(本日も休業:櫛祭余聞)でしたので、一転、恐ろしげで暗い話題と行きましょう。

光明山引接寺(こうみょうざんいんじょうじ)と云うより千本閻魔堂と言った方が良いでしょう。 閻魔堂狂言、千本六斎、精霊流しに普賢象桜と話題豊富、当ブログでもお馴染みのお寺で、織田信長が上杉謙信に贈った狩野永徳筆国宝洛中洛外図にも描かれている名刹です。
 (千本閻魔堂でGoogleしたときの当ブログです)
処が昭和49年不審火で本堂や狂言堂が全焼してしまいました。 
そのせいでいまも仮建築で門も塀もない状態ですが、御本尊の閻魔大王始め眷属一統は旧の侭にお座りになって、こっちを睨んでおいでです。
其の仮本堂の両側面に古びた板壁があって、一見正直なところ薄汚れているだけですが、実は此処には永徳の長男、安土桃山時代真っ盛りに狩野派の総帥だった光信筆の地獄図が描かれて~居ます、と云うべきか、~居ました、というべきか~なのです。
はっきり言って普通に見ても何も見えません。 僅かに窺える痕跡を頼りに撮影し、後処理の手だてを尽くして幾らか判るようにしたのが、此の写真です。

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その気になって目を凝らせば、両側面上部に椅座した閻魔様らしいお姿がかろうじて見えます。
その他の情景は最早全く判りません。
光信という人は親父さんの様な豪放雄坤な絵そのものではなくて、大和絵的な優美な美しさを取り入れようとする画風でしたから、当時は余り評判が良くなかったようで、祥雲禅寺の大仕事などは長谷川等伯にとられていますが、実際にはきちんと自己表現ができる大画家だったと思えます。
この絵なども完全であったら国宝か、重要文化財は間違いなしだったでしょうが惜しいことです。

(写真は向かって左側の壁です。 右側はもっと酷くて全く何も掴めません))


見えない名画をなんとか見ようと、とりあえずこんな作業をした奴が居た、と云うのが本日の頁の存在理由でしょうか。

≪    なんとなく:10/12/14・庭

不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。    ≫


2010年10月19日 (火)

本日も休業:粟田神社・神輿(09)

     

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仏光寺廟で鉾が休んでいる間に青蓮院の前まで先行しました。 此処は大神輿が名物の斜め階段登りをやって青蓮院に参内するものですから、それを見ようと何時も物凄い人出です。

やがて神宮道の坂を登ってやって来る剣鉾が見えはじめました。 大鳥居をバックにして、とてもいい光景なんですが、如何せん例の電柱の林、電線の海。


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青蓮院の名物、大楠の木の下を通って剣鉾は進んできます。
此処でも大木の枝を交わしながら。


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御神輿がやってきました。 こちらの御神輿は京都でも有数の大きさです。

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これが名物の斜め階段登り。 青蓮院宸殿前への正門は普段は開かずですが、今日は特別です。 斜面に斜めに刻んだ石段を登っていくので、御神輿が傾いて横倒れしてきて大変なのです。

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斜め部分を登り終えました。 門の前の平らに差し掛かります。
これで一安心。

上でどう言った行事があるのか窺い知れませんが、御神輿の衆はその間に一息入れます。


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さて青蓮院詣でを終えた御神輿が下ってきます。 再び緊張の刻。

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多分下りのほうが危険度は大きいことでしょう。 御神輿は手前側に大きく傾きます。

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無事下り終えての差し上げは一層熱がこもります。

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御神輿は れいけん祭のあった華頂道の三叉路まで行って、瓜生石の廻りをUターンして戻ってきました。
これから終日氏子町内を廻ります。


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私は華頂道を下って古門前の白川端で剣鉾や御神輿を待ちました。
白川の清流に青柳が映えて普段でも素晴らしいところですから、さぞや良い写真が・・・と言う筈ですが、鉾は電線が邪魔して殆ど立たず、御神輿は柳の枝に隠れて殆ど見えません。


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古門前で橋を渡って北の方へ戻ります。 これからは町中、町屋の中を進んでいく筈ですが、余所者は此の辺りで失礼します。

≪    本日も休業:粟田神社・剣鉾(09)

上賀茂神社笠懸10:奉納    ≫

例の注釈:  此のページは 本日”も”休業 の頁です。 内容は昨年の撮影で、要するにアウトレットのバーゲンセールであることをご承知置き下さい。


2010年10月18日 (月)

本日も休業・粟田神社・剣鉾(09)

二日ばかり本業が割り込んで開店していました!!、が、休業の続きです。 (わりかしシツコイ奴やな)  (いまごろき~ついたか!)
粟田祭は体育の日即ち10月第二月曜に行われます。 ただし正確に言うとこれは神幸祭で、剣鉾などを従えた御神輿が町内を廻り、途次青蓮院などにも入るというもので、例大祭は15日に行われて舞楽などが奉納されます。 正式にはこれまでをお祭りの期間とします。

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其の神幸祭ですが、猿田彦を先頭に大燈呂等、そして剣鉾、御神輿と続きます。 ルートは大まかに言うと白川あたりから裏道を蹴上まで行き、三条通りを神宮道、それから青蓮院、瓜生石で反転して三条から白川沿いに古門、古川町の商店街から東大路を越えて町内を経巡り大将軍神社の辺りから引き返してくると言ったものです。 全部お供は敵いませんので何時も前半だけ。 この日も都ホテルの西寄りの三条通りで待ちました。 写真はこの辺の町内の子供神輿で、出番待ち中です。

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剣鉾というものは神様の武器で、祭礼の列を警護するものですから、京都の神社には大抵あり、氏子町内毎に奉持する~つまり鉾町~ので大きな神社では相当な数の鉾が祭礼列に加わったようです。
”差して歩く”のが本来ですが、次第に巨大化して台車などに乗り、更に華美になって行った極限が祇園祭の山鉾というわけでしょう。
ただ”差して歩く”のは体力と技術が要り、何よりも電線が空を覆うに至って殆どのところが失われるか、あっても居祭りと云う時代になりました。
その中で此処粟田神社の御祭礼では最大級の規模で”鉾差し”を見ることが出きるのです。


 他のお祭りなど当ブログ内の 剣鉾 関係はこちらからどうぞ。

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三条通りで待っていると一筋北の細い通りを東へ向かって行く行列が見えました。 蹴上交差点手前で三条へ出て西へ向かうはずです。

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やってきました。
狭い通りでは倒して運び、要所で建てます。 三条へ出てきてこれから最初の見せ場です。


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三条通には電線がないので鉾差しには絶好の環境です。 

鉾の先端は極く薄くてしなやかな金属で出来ていて、進むに連れて撓って揺れて日の光を反射し、つけた鈴がチンチンと鳴ります。


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数も多いので京都中の”鉾差し”経験者が大集合される感じです。


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建てて歩く修練もさることながら大変な労力です。 差し手は随時交替します。


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鉾を立てたり横倒しにしたりするのも技術を要します。


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手に持っているY字形の棒は”鬼”と云って倒すときに支える補助具です。

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仏光寺廟のところまで進んできて休憩です。 鉾を倒して運びます。


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鉾の先が地面に着かないように養生をして横倒しにします。


今年(2010)は数十年ぶりに琴高鉾と云うのが参加したそうですし、天気も良かったことですから、此の三条通での鉾差しはさぞ壮観だったことでしょう。 残念です。


例の注釈:  此のページは 本日”も”休業 の頁です。 内容は昨年の撮影で、要するにアウトレットのバーゲンセールであることをご承知置き下さい。

≪    岬神社(土佐稲荷)

本日も休業:粟田神社・神輿(09)    ≫

2010年10月15日 (金)

本日も休業:粟田神社・れいけん祭(09)

09年版粟田祭による本日も休業のページ三番目は、体育の日前日の日曜日夜7時に行われる夜渡り神事れいけん祭です。 
此は知恩院山門前の路上に埋まった霊石瓜生石を前にして行われる神事・・にして仏事、で、現代では珍しい神仏混合行事と言えるでしょう。
粟田神社氏子中の行列を従えて、神職さんの振る大麻を先頭に神官僧職一統が石の周りを三回廻ると云う行事を中核に神社からの行列が続きます。

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数年前から加わった呼び物の大燈呂。 かつて行われていたものの再現らしいですが、京都造形芸大の人達の労作で、神賑わいの夜から神輿の行列までお供をして粟田口から岡崎一帯を練ります。

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神宮道と華頂通りの三叉路交差点中央に埋まった瓜生石の廻りが今宵の主な祭場です。
定刻前知恩院の北側にある黒門の扉が八文字に開き、瓜生石に向かう正面の大階段を正装の僧職ご一統が下ってこられます。

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瓜生石を前にして神式の祭壇が設けられており、周囲に二つの特別な剣鉾が置かれます。 その前に神職方と僧職方が対面して座られて、先ずは神式の修祓献餞があり、次に読経が始まります。

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神式、仏式それぞれの儀式が終わると、大麻を翳した神職を先頭に、神職僧職更に氏子衆が続いて環になり、瓜生石を中心にしてその周囲を三度廻ります。

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この夜、氏子町内のあちこちに此のような灯りが用意されます。 
此は十二燈(じゅうにん)と呼び、剣鉾と同様それぞれ由緒の町内に祀られており、夜渡り神事の照明装置としてお供をします。


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明日の御神輿の代表者たちも参加しています。

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御神輿の衆が捧げているのは、長柄の先に付く取っ手のようですね。 (名称を知りません)

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最終ラウンドです。 列の頭と尻尾が繋がって環になっています。

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終わると再び着座されて、今度は鉾の一基がが引き出されて、再度お祭りが行われます。 此の鉾はとくに御祭神が宿られるものなのでしょう。

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神職さんの祝詞などが終わると、僧職の方々も御榊を手にして奉幣されます。

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このようにして神仏交互にそれぞれのしきたりに従ってお祀りをされ、知恩院の方々が黒門の階段を登ってお帰りになると、行列が再編成されて、町内を経巡ります。

≪        本日も休業:粟田神社・石見神楽(09)

京都市・元・立誠小学校校舎    ≫

 

例の注釈:  此のページは 本日”も”休業 の頁です。 内容は昨年の撮影で、要するにアウトレットのバーゲンセールであることをご承知置き下さい。

去年までの分(Google)です。  ブログ:ノルマ内の粟田神社

2010年10月14日 (木)

本日も休業:粟田神社・石見神楽(09)

粟田神社御祭礼の神賑行事第二幕はオロチ。 恵比須と同じく京都造形芸大の諸君が本場石見で修行をした結果です。 
登場する主人公は当社御祭神である素戔嗚尊(スサノヲノミコト)、お后となる櫛稲田姫(クシイナダヒメ)、其の父母テナズチ、アシナズチ。 そしてオロチが4匹。 お話の筋をご承知であれば、此のページの画像を含め、説明は不用な最もポピュラーな日本神話でしょう。 但し原作?ではヤマタノオロチは八つの峰と八つの谷に跨る大蛇で、頭が八つ尾が八つある怪物ですが、此処では単独の四匹として登場です。 もちろん一匹一匹に演じ手が入って居て、酒を飲みスサノヲと決闘し退治されますが、その間演者が決して”足を出さない”のも一つの見所です。
  例によって注釈:  此のページは 本日”も”休業 の頁です。 内容は昨年の撮影で、要するにアウトレットのバーゲンセールであることをご承知置き下さい。

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素戔嗚尊登場。

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櫛稲田姫とテナズチ、アシナズチ。 

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尊に命じられて酒を用意します。

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出てきました。 四色四匹の大蛇。 (三匹しか見えませんね、間にアシナヅチの顔が)

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とぐろを巻いて舞台一杯になって荒れ狂うところが見物です。 (二匹ずつ絡み合ってますよ)

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酒樽を見つけて飲み干します。

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酔ったところでスサノオの大蛇退治が始まります。

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オロチの猛反撃。

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怯まずスサノヲは次々に首を挙げ、退治していきます。

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最後の一匹との最終決戦。

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遂にオロチを退治したスサノオは、クシナダヒメと結ばれます。 めでたし、めでたし。

≪    本日も休業:粟田神社神賑の夜(09)

本日も休業:粟田神社・れいけん祭(09)    ≫

 

09年撮影の一連の駒から新たにピックアップして、同じ内容のお話を違う並べ方にしただけのものですが、バーゲンであっても在庫の新品で展示済みではありません。  それにしては巧く纏まって、ひょっとしたら今年の方が出来がいい?  (そんな!アホな!)
 昨年分です→粟田祭神賑行事09:石見神楽・大蛇

2010年10月13日 (水)

本日も休業:粟田神社神賑の夜(09)

昨日からやりだした、本日”も”休業”ですが、何れにしても旧作、在庫品、未使用品を探し出して作る、言うなれば中古市、今風に言えばアウトレット?なんですが、一応季節のモノ?を、と、櫛祭からネタを拾いました。 早々にボロが出たのには参りましたが、ちゃんと見て頂いているファン??の方が居て下さるということで、感謝感激の至りです。
と云うことからでもないですが、アクセス解析を見ていると、此の一両日粟田神社関係がラッシュしています。 検索頁でのキイワードでもそうですし、直接過去の頁においでになる件数も多いのです。 つまりは本年の各行事、昨日私がぼやいた     9日夜の神賑行事=石見神楽、10日夜の大燈呂と れいけん祭、11日の御神輿と剣鉾巡行 の頁に殺到(は、大袈裟、誇張)されています。 もちろん此の律儀な男(タレのこっちゃ?)が今年のお祭りを、せっせと”報道”していよるやろ、とのご期待からでしょう。
其のご期待への裏切りはもう既遂ですから仕方がないとして、ならば粟田祭り関係の去年の残り物でも探して誤魔化すべい、と古いHDを再装填してみたら、あるわ、あるわ、 此は私が乱射乱撃した故ばかりではなく、お祭りそのものが凄く充実している結果でしょう。
と云うことで、本日からのアウトレット市、昨年の在庫大バーゲンは規模的にはレギュラー並になってしまいました。
古物で余りきっちりやると、今年の話と混同されて、自他共に迷惑・・・・と云った恐れがあるのですが、今の状態では仕方がありません。 今朝病院へ行って(私の身体は御主人様同様の臍曲がりで、おかしくなるのは大抵休み・それも連休・の日なんです)半日掛かりで点滴して一寸人心地が付いたので此の作業を敢行しています。
ま、そう言う次第のでっち上げとご承知の上ご覧下さい。 今日の分は去年10月10日夜の神賑行事で、その焼き直し的展開となります。

    去年までの分(Google)です。  ブログ:ノルマ内の粟田神社

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粟田神社御本殿レベルへの坂の途中にこの小神輿が座っておいでです。 確かめていませんが子供神輿なんでしょう。 
廻りが暗い坂の途中に灯りが点いていて一寸した雰囲気があるところです。

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近年加わった呼び物の大燈呂。 これはエベッサンですね。 2010年にはまた新顔が加わったはずです。

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こちらがメインの御神輿。 市内有数の大きさで、体育の日の当日氏子町内巡りの途次に、青蓮院の斜め大階段を登って参詣する様は圧巻です。

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粟田神社には稍小規模ながら橋掛りも備わった立派な能楽堂があります。 今宵の神賑わい行事は此処が会場で町内氏子近隣の衆が集まりますが、メインのイベントは石見神楽。 演ずるのは京都造形芸術大の皆さんです。 
話だけ聞いたときは文化祭に毛の生えたものかと思っていたのが、とてもじゃない。 石見まで出張って本式に修行してきたとかで、写真はお師匠さんでしょう。 このようにきちんとしたご挨拶から始まりました。

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演目は恵比須と、石見神楽の定番おろち。 先ずは恵比須から。

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恵比寿様は境内に摂社としてお座りで、ヤマタノオロチの主役である素戔嗚尊は、当社の御祭神です。
 十日戎:粟田神社

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何故か大国主尊~大国様とお二人で出てこられ、観衆に飴を播いたり色々ありますが、メインのアクションは鯛釣りです。

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なんで大黒様まで鯛釣りをされるのか判りませんが、とにかく賑やか、はれやか。

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石見神楽の独特の掛け声とお囃子の元で、とにかく目出鯛お神楽です。

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所作、アクションのみならず衣装、お面なども間に合わせではなく、石見現地での調達なんでしょう。

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とにかく目出度い、目出度いお神楽は終わって、次はヤマタノオロチです。

再度お断りいたしますが、此の映像は今年のものではなく、昨年09年のものです。 今年は開始が少し早くなって、18時30分からという情報まで入手していながら、スポイルしたために何がどのように行われたのかも知りません。 その辺りは御斟酌の上ご覧の程をお願いいたします。
などと言いながら悪のりして、暫く去年の粟田祭で休業を続けます。

≪    本日も休業:櫛祭余聞 

本日も休業:粟田神社・石見神楽(09)    ≫


2010年10月12日 (火)

本日も休業:櫛祭余聞

また変なタイトルが現れました。 
此の数日腹具合が悪くて・・・、と云うのは現象面ですが、どうやら根はもう一寸深いような症状?。 で、スケジュールがメチャメチャ、と、云うことは9日夜の神賑行事=石見神楽、10日夜の大燈呂と れいけん祭、11日の御神輿と剣鉾巡行~何れも粟田神社~がオールパーと云うことになりました。
体調としても余り類のない状況で、単純に云えば全く行動不能,、寝たきりに近い状態です。 どうもこうしたことが此からも覚悟しなければならないお年頃になりましたので、とうとう白旗を掲げることに決めました。 
新作ではなくて間に合わせの古物やなんかで誤魔化す日の状態を、本日休業に ”も” をくっつけて表すことにしますので、此のタイトルの日はそう言った最大限にいい加減な頁の日ということになります。
 (カッテにどうぞ)

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今年は櫛祭も空振りしました。
経緯は何度か書きましたので、恥の上塗りは止めて、去年一昨年辺りの未使用分をちょろっと載せて本日のノルマと致します。

(チョウまて!! いまさらノルマか!?)
(いまのは、誤記、誤植、間違い!、訂正!!)

写真:上

鎌倉時代貴婦人の道中姿。
虫の垂れ衣 と呼ばれるものです。
夜目遠目笠の内と云いますが、櫛祭りの美女行列で唯一笠を被って居られるので撮らせて貰うのが大変な方なんです。
此は白川端の休息時。

写真:下

こちらは行列が神社に戻ってきたところ。
本職の舞妓さんたちです。

またやらかしました! 委細はコメント欄zuzuさんのご指摘をお読み下さい!


写真の選択に基準はありません。 以前に撮っていて使ってない駒で幾らか増しなの・・・・と云う程度です。

  櫛祭  と言うキイワードで検索したとき、Google内のブログ:ノルマ!!(ほぼ全タイトル)です。 ご利用下さい。

≪    三条小橋下る

本日も休業:粟田神社神賑の夜(09)    ≫

2010年9月26日 (日)

本日休業:10/09/26・名月

また山の話?  いいえ、もうちょっと遠くの話です。 
22日が仲秋の名月、あちこちで月見の催しがありました。 曰く、大覚寺大沢の池、上賀茂と下鴨神社、八坂神社、植物園。 当ブログお馴染みのところは大抵何かなさいます。 特に手近の上賀茂さんへと用意はしていたのが、全体の天気予報はもちろん、京都市北区のピンポイントも衛星画像の雲の動きも現実の空模様も、どれを見ても、これはアカン。 降らんまでも月は見えんわ。
と思って、タイガースがまた負けるのを(此の晩は勝ったんやったかな?)見ていたら、実は結構な日よりだったようで、そのことをリンクいただいている女流プロお二人のページの結果で見て 「こら、アカンわ」
しょうがないのでこの日の前後、家で撮った写真で何かやってやろうと企てていますが、その前の本日休業です。
休業日につき何も手を加えていないスッピンのお月様をどうぞ。

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9月21日21時21分  ほぼ天頂   97%の満月  100%は23日ですね。

G70~300/4.5~5.6     f11   1/320     iso100    AF  ME
α350 (フリーアングルライブビユーでないと、首が痛くなるのでα900はペケ)

≪    本日休業:10/09/25・山は見えない!

赤穂の月    ≫

2010年9月25日 (土)

本日休業:10/09/25・山は見えない!

本日休業なんですが、実は昨日一昨日の街歩き、堀川正面~新町正面~京都駅が下敷きになっています。
あのくだらん長い”山が見えるか”のページ自体が、時間稼ぎ場所塞ぎだったのですが、動機が不純なせいか、後で見ると欠陥だらけでした。 そのひとつが、三条通りから南を見たら”山が見える”という件。   
本日休業:10/09/21・山は見えるか? の挿図6、 南にも山が写っているけど、そんなこと有り得ない!?  それが次の日の地図に山並みを落とすに至って、益々その感が強くなってきました。 そして地図を眺めている内に、新町通の南への軸線上に在る或るものに気がつきました。  
そや! アイツやったら”山”並に立ち塞がって居よるかも。

かつて京都に景観論争と云うものがありました。 高い建物を建てることの是非を巡って仏教界が拝観拒否という(いささかどこやらのいっしんきょうなみのじつりょくこうし)をなさったりした騒ぎですが、そこで一人歩きしていたのが45mと云う高さの目安です。
法令上の数値があるだけで、実際上此の問題に有意なものではないと思うのですが、時移ってバブルの時代JR西日本が京都駅の改築を企てられました。 有数の建築家を指名してコンペティションをされて、素晴らしい案が集まったのですが、いかんせん規模が膨大でどの案も相当な高さになる中で、45mで頭を押さえて当選したのが現行の建 物です。
結果的には万里の長城的な巨大な横幅になってしまい、東山などから見ると市街地の真ん中に障壁としてどっかり座っているので、景観としては果たして??なのですが、三条から八条までの距離であの高さなら・・・
と、言うことで再検証しようとしたのが、動機なのです。

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と、言うわけで、正面通新町の交差点に立ちました。
北と西(本願寺さん)の眺めは既出ですが、そのときモッタイをつけて載せなかった南の光景がこれです。
赤信号の向こうの突き当たり、茶色い建物が駅前塩小路通の中央郵便局で、通常の31mの高さ。
その上を乗り越えて見えるのが1ブロック先の駅ビルで、これは伊勢丹の西端から駐車場の東端辺りでしょう。 (外見上は一連のものです)


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少し下がって七条手前あたりから見た駅ビルです。 素っ気のないガラス張りですが表面的な模様も多少有り、棟のジョイント部分に多少の高低有りで、全体として遠目に見て、慌て者が山と見間違えた~と云う疑いが強くなりました。

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前に載せた写真(挿図6)です。

どう見ても山のように見えます。 遠目の色合いと大きさが、他の三方の山の姿とも類似です。
しかし一旦疑いを持って、かつ正面通辺りから詳細を撮影してみると正体が現れました。
その目で以て此の写真の部分を拡大して照合する(下図)と、やはりこれは駅ビルである。
と云うのが結論になり、南に山が見える??と云う不思議さはなくなりました。


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と云うことで本日のお仕事、いや違った、本日は休業だった!
は終わり、なんですが、 もう一つ、地図で示した北山の稜線についても自分で疑問を持ち始めています。
またまたそれをネタにして本日休業をするかも知れません。

≪    新町通:正面から駅

本日休業:10/09/26・名月    ≫

 


2010年9月22日 (水)

本日休業:10/09/22・見える山は?

やっと終わってくれたかと思ったら未だ続くの?  ~ そうなんです、モノスゴしつこいでしょ。

何処が見えているのか? 今度はこれが気になり出しました。 山までの水平距離と山の高さ、つまり仰角がどの位なのか、その視角を塞ぐような手近で少し高いもの、つまりビルとかとの関係で変わりましょうが、極めて大掴み且つ純粋に自分の勘だけで地図に落としてみました。
先ず北ですが、これは起点(三条新町・赤点)からの距離が遠くて高い山、つまり日本海と太平洋の分水嶺になっている丹波の稜線が、前にある里山程度の山々を越して上に見えている。 のだ、と思います。(ブルーの手書き腺)
東山はそれに比べて非常に近く、町のすぐ前に並ぶ山並み、つまり東山三十六峰ですから、低く細かい点まで見えます。(いま楢枯れが問題になってます)
西はやや遠いのですが、高さも距離も北や東の中間位で、結果的には同じような大きさに写りましたが、肉眼ではそれほど強い印象はないでしょう。
問題は南で、常識的に言って京都の南は山がない。 あるのは遙か彼方の大阪奈良間の生駒山、其の手前の男山や天王山は低い上に結構遠くて、然も真南にあたる辺りは山崎の地峡部です。 地図上では京阪奈の三角地帯の丘陵の裾に線を引いてみましたが、大いに?です。

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地図で久世郡とある辺りは戦争中までは小掠池が広がっていて、丘陵的なものはその先で然もごく低いものです。 北山よりも遠いくらいですから、昨日の南向きの写真はどうしても解せません。

 (頼むし、もうツイキュウせんといてや)
 (ショーチしましたが、誰かやらはらへんかなぁ)

≪    本日休業:10/09/21・山は見えるか?

正面通:堀川から新町    ≫ 


2010年9月21日 (火)

本日休業:10/09/21・山は見えるか?

山は見えるか? なんか予想屋か占い事、もう一つアヤシゲな印象ですね。 まぁ、そう言えば其の通り、まるきり意味のない作業です。
ところで京都はもともと山城の国、四周を山に取り囲まれた盆地です。 したがって四方を見渡して山が見えるのは当たり前。
 (ちょっと脱線してのお断り: 信州や東北の山国の方から言わせれば、あれは岡であって山ではない、と云うクレームもつきましょう(現実にありました)が、そうむつかしい事は言わないで)   
~それを今更なんで?と云うことですが、逆に京都にお住まいの方の日常感覚では町中の通りの向こうに山が見える、と言うことはそうないと思います。 昔の京町屋、概ね平屋ばかりの頃は大文字が何処からでも見えた。と云う話を聞いたことはありますが、一応二階屋が普通になり、ちょっとしたビルも混じるようになった今日この頃では、日常的に通りから山を見る、という感覚は薄くなっているのではないでしょうか。
それも東山の三十六峰は比較的町に近いゆえに見えもし馴染みもありますが、北山、西山となると、果たして見えるのか?は、むしろ平均的な感覚ではないのでしょうか。
 (アンサンだけ変わってはんのとチャウ?)  (ありうるけど・・・) 
そこで本論の新町三条から四条のあたりから北山が見えるか?と云う話になりますが、物理的に見えることはこの前の鉾の写真で証明されています。(挿図:1)
でも、京都の碁盤目の街区と言っても、実際には途中で折れ曲がったり一旦無くなったりする場合は多いのです。 東西向きの特に大通りでは少なくて、例えば八坂神社の楼門は相当遠くからも見えますが、南北は総体的に長さが長いので、なかなかそうは行きません。
具体的に三条を起点とした新町通に話を絞りますと、北へ向かって下長者町辺りからふらつきだして今出川を過ぎ寺之内で一旦途切れます。 一筋ほど西へ振った形でまた復活して、北大路から北の明治以後の新開発地では、また立派な直線の都市計画道路に戻ります。
更に細かく見ると、例えば一筋上の姉小路新町でも街路の食い違いがあります。 当然町中では31m高さのビルが視野を塞ぐはずですから、遙か彼方の北山まで見通しが利くはずはない・・・だろう、と云うのが固定観念でした。 
それは普通の目の視覚的にはそうなのだが、ところが望遠レンズで引っ張ったら、実は見えている。 でもやはり未だ釈然とはしません。
 Google地図  (適宜拡大縮小して見て下さい)

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挿図: 1

問題の発端の写真です。
新町通の中心線上、三条より200mくらい下でしょうか。


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挿図: 2

新町通三条から北。

確かに山は見えます。 でも一筋上の姉小路のマンションで半分隠れています。 
これは望遠レンズで風景の一部分を拡大して見たものですから、日常的な視角では山の印象が残らないのでしょう。


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挿図: 3

2と同じ場所ですが、道路中央ではなく東の端に寄っています。
(ウイークデイの日中町中は車が多くて物騒でした)
僅かのことで山の形が変わり、風景の印象が変わっています。


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挿図: 4

これは東向き。

東山は近いですから、樹木の様子まで写っていますし、実際其の存在は日常視覚的にも感知していると思います。


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挿図: 5

西を見ています。
やはり山は写っています。

それも結構立派に。


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挿図: 6

南向きです。
これは一筋東の室町ですが、驚いたことに山が見えます。

これこそ、そんなことあり得ない・・・  でもビルの上に確かに稜線が。


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参考:

北大路より北、三条から約4~5Kほど北になる辺りから見た北山です。 
この辺りになると山の存在は日常感覚としてもはっきり認知されていますし、望遠レンズで撮ってみると木々の様子も分かります。 そして三条から見えている稜線とは別物、もっと近くて低い山並みが遠くて高い稜線を隠しているようです。


三日間に渡る大作戦の結論は単純に、望遠レンズで写したら、何時もの視覚と変わって違ったものが見えた。 と云う、極端に平明且つ平凡な話に尽きるようです。
おつき合いいただいて有り難うございます、 お疲れ様でした。  (ホンマに)

≪    三条新町へ

本日休業:10/09/22・見える山は?    ≫

2010年9月15日 (水)

本日休業:10/09/15

今日こそ正真正銘の本日休業です。

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暑いところの高気圧のせいで無茶苦茶な暑さが続き、、従って雲も入道雲的なものばかりだったのが、昨日のは8月26日の19時、今日のは9月3日の16時半、 幾らか雰囲気がちがいます。 此の異常気候でも季節の移り変わりは、ある、というものでしょうね。

≪    本日休業:10/09/14

ハーフサイズの変な奴・コニカレコーダー    ≫

2010年9月14日 (火)

本日休業:10/09/14

本日休業というカテゴリー、作っては見たものの、名は体を表すどころかレギュラーページよりも重たい・・・  此ではお休みになりません。
もっと積極的に手抜きに努めねば・・・・ (これ、ニホンゴとしてヘンとちゃう) と、反省していたところ (ますますコトバの使い方おかしい) 幸いチャンスがやってきました。
今日から二日間、ホンマの本日休業です。 (ゴルフクラブ屋さんが休みか?)

実は大学の同窓会の旅行が毎年この時期にありまして、去年は幹事を仰せつかって比叡山へ。 それでも霧の山頂での写真など、抜からずブログの方も働いてきたのですが、今年はモウ、アキマヘン。  オリンピックや無いけど参加するのがやっとなので、留守の二日間、つまり此の14,15日を埋めるのに、一生懸命考え努力することは止めて、積極的に手抜きすることに努めます。
などと言いながら、結構文章が長くなって手抜きになっていません~~てな事を、反省する~アホさ加減ですが、写真はやっぱり一枚は要る~~ますますアホや・・・・

で、誰にでも何処にでも日常的な、つまり人畜無害で幾らでも撮れるネタを起用することに決めました。

今日と明日は雲。  唯の夏の夕雲。

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これだけ手抜きすれば、立派に本日休業でしょう。

≪    重陽の節句10:烏相撲・取組

本日休業:10/09/15    ≫

2010年9月 5日 (日)

本日休業:10/09/05

B&W化のお遊びは兎も角、構図上視覚が向こうへ突き抜けるのを防ぐために山を張り付ける。
と云うことをやってみました。
二種類ありますが、後の方がホンマらしい??
何れにしても”騙し果せる”域には遥かに遠いので、時間を掛けてインチキの実践に励んでみましょう。

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今までのとは別に、もう一枚雲の違うのを拵えました。  
雲と空の雰囲気はこんなもんですかいな。
山の距離感もこの位でええんかな、って処ですが、鉾の左側がもう少し詰まっている方が良いのかも?=もう一軒二階屋を付け加えるか、または今ある家の巾を少し拡げるか?

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B&Wにすると、嘘臭さが増えても減らない・・・・みたいですね。
これ、カラーよりもピントを甘くして見たりはしているのですが、やはり古いレンズ~今の技術水準には及ばないけれど、一生懸命作ってあるレンズ~のような感じにして、昔に紛れ込むことは出来てません。

≪    本日休業:10/09/04

写真機史~大層な大論文:ピントグラス    ≫

2010年9月 4日 (土)

本日休業:10/09/04

08/10の”本日休業”の続きです。 
実は此と明日の頁はその頃に継続して作ってありました。 営業?出来るようになったので二日分お蔵になっていて、今回またお休みを頂くのに流用しようと言うわけですが、やはり連続性に欠けて面白くありません。 
第一これだけ間隔が開いたのなら、もう一寸増しなトレーニング乃至お遊びの結果をお見せしなければいけない、とは思うのですが、そもそもが ”本日はサボルぞ“ 頁ですからご勘弁願います。
少し涼しくなったら 「これでどうですか?」 と云うのを作っておこうとは思っています。

*この前の頁そのままで、ブラック&ホワイト化。 
一番安直、一番ソフト頼みで一番趣味の悪いやり口です。 ソフトを使うのでは無く、”使われている” のの典型です。 

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尤も”らしい”擬古写真でなく、専門の史家が見て頭をひねり、「はて、大正の終わりか、昭和の初めか」と、虫眼鏡を出して (虫眼鏡で見られてぼろが出ないほど 切り張りをするのは大変ですよ) 鑑定するくらいのインチキができるといいんですが (やる自信はあります) もの凄い手間と根気が要ります。 他の動機があってネジでも巻かれない限りお遊びではヨ~しまへん。

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話は変わります。
一枚目の写真では二軒の二階屋から奥、通りの突き当たり部分迄家並みを消してしまいました~と云うことは”この時代”の新町通の町屋は殆ど平屋であった。ということになりましょう~。 
そして絵柄としては道の奥が向こう側へ突き抜けてしまって、締まりがありません。 
二つ目の方は手抜きした結果それはないのですが、鉾の右後ろには電柱が並んでいる町並みが残ってます。
一枚目を作ったときに感じた問題は、此の素抜けの部分は本来ならどうなのか、と云うことです。 
一番正しいのは二階建ての町屋の町並みを、鉾の左右にパースペクチブに従って貼ることでしょう。  それが面倒くさいので、今回のように”向こう側は平屋ばかりだ”とした場合、もう一つ向こうの突き当たりに山を張って、視覚が素抜けにならないようにしたらどうなのか。・・・ただし、絵柄はそれで良いとして、そんなことがありうるか。
幾ら平屋の町並みでも北山が見えるとは思えませんが・・・、

・・・・なのですが、下の写真が出てきました。
新町通りの真ん中に立って北を見、300mmのレンズで写したら・・・山が写ってる。
これ、ほんと?? あり得るの? 実は理解できません。 いっぺん現場へ行って確かめねばいけません。

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このことの真偽は別として、絵柄の都合上正面奥に山を張ってみて、此のお遊びの区切りをつけるか、とも思っています。・・・・・明日に続く。

≪        大原陵:10/08/28

本日休業:10/09/05    ≫

2010年8月10日 (火)

本日休業:10/08/10

鶏鉾の悪さの続きです。

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上   : オリジナル
中   : 昨日のアップ分。 空は借り物。
下   : 消したいものを消したもの。   

電線と白いビルがなければ・・と云うのは一種の擬古趣味からでしょうが、そう言う意見を持つたのは、やはり元の画の画面の納まり方が良かった、雲の格好も含めて適当だ、と云うことがあって、良い画だな、と思っていた、と云うことがあるのでしょう。
つまり電線と白いビルのマッスは雲の形と相まって、実は構図上適切に存在していたわけです。
それで今度は空を借りてくる(盗んでくる)のではなく、ごく素直に”イランモン”を消してみました。 技法的には電線類をスタンプツールで周囲に合わせて消していく、と云うことで、粗雑で面倒な(手間は掛からない)やり方ですが、相手が雲とか砂利道のように、ある程度均一で無性格なものである場合には、大きめのスタンプを大胆に使ってほぼ完璧に処理できます。 
今回の場合の問題は白いビルの処理で、一旦はやはりマスクして切り抜いてみたのですが、結局スタンプしまくって誤魔化しました。 其の結果は生き残った部分との繋ぎ目のエッジの辺りが曖昧になってしまって、大きくして見たら見られません。
まあ結果的には前のも今度のも、当初期待したようには良くならず、”わるく” なってしまいました。
腹立ち紛れに、次はもっと ”悪い” ことをして誤魔化します。

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”広々とした空に、鉾が高く高く聳えて進む。”  (消した分)
”狭い街路を押し分けるようにして鉾がくる。”  (もとの分)

修辞的にはどうにでもなりますな。 (ケッキョク画がたいしたことないんやんか)

≪    本日休業:10/08/09

清水寺:上鳥羽六斎:中堂寺六斎    ≫

2010年8月 9日 (月)

本日休業:10/08/09

8月8日は清水寺での上鳥羽六斎、中堂寺六斎のご奉納に参上しました。 即整理してアップすればいいのですが、スタミナがありません。 纏めるまで二三日休業です。

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これで電柱と白いビルがなければ、言うことないんですが。

(消してもたら?)
(チョトきついかも)
(やってみ)
(考えてみるわ)


 祇園祭10・新町通-鶏鉾  より


7月25日アップの”祇園祭10・新町通-鶏鉾”のなかで、誰やらが唆しました。

それでお隣のビルと電柱、電線類を消したみたのですが、なんかすっきりしたと云うより、寂しくなってしまいました。

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原因はやはり元の画のコンポジションを取ったとき、存在するものは存在するとして肯定して写し込んでいることが一つ。 つまりあるがままそれなりに構図を整えた、と云うことでしょう。
もうひとつは置き換えた雲の格好が、オリジナルに比べて適当でない~簡単に云えばもうちょっと上の方が賑やかであって欲しい~、と云うこともあり、ですか。
どっちみち当日写したよそ様の鉾の空を盗んできたのですから、もう少し増しなのは無かったのか、と云うことで、其の意味では原材料の収集不足乃至検索不十分のズボラのせいです。 
(空の雲なんかイツでもナンボでもあるやん)
因みにテクニック的には町屋二軒と鉾以外を切り抜いて、透明部分に他の画面の空を貼った物ですが、その空も電線がいっぱいで、なかなか適当なものが無く、この場合も相当量の電線と入り込んでくる鉾の一部を消しています。
ちょっとだけ自慢したいのは、鶏鉾の屋根方さん二人が手に握っている左右のトラ綱から中の三角形は元の鶏鉾の画面の空で、綱の線一本で内と外は別の絵なのですが、其の割には雲の形も空の色も巧く連続させている、と云うことでしょうか。
(ヨ~みたらばれるで)  (説明せえへんかったらワカランかも)

もうちょっと弄って、休業日のネタにしてみましょう。

≪    矢取神事10:下鴨神社

本日休業:10/08/10    ≫

2010年7月10日 (土)

本日休業:10/07/10

     

休業日だから何してもいい、~~ひどい頁が並びます。
フオトショップの再勉強は再勉強として、去年の貴船祭のホルダーを見ていたらフツーの写真で小ましなのも出てきました。  此処数年の間、一日分は11枚の写真で構成すると言う内規?がありまして、それ未満でしか組めないものはオミットされていたからでもあります。 
まあ通常のクラブ展等ならば五、六枚もあれば充分でしょうし、逆に個展なら四,五〇枚は要るでしょう。
今回見つけたのは五枚組み、題を付ければ貴船奥宮、と言った感じでしょうか。

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展覧会の写真のようなものであれば、くどくど説明は付けません。
私のブログの場合は紙芝居、今風に言えばスライドショウ的に順を追って並べて、一応の説明文をつけている。  ただし京都観光案内的な気分は毛頭なし、と言うやり方なのですが、本日休業の今日の此の場合はそれではないので、コメントは抜きです。
もしかして、見て頂く方が画面から 貴船の奥宮 を、なにがし感じられたら成功、と言うところでしょう。

≪    本日休業:10/07/09

建仁寺両足院・ハンゲショウの庭へ    ≫

2010年7月 9日 (金)

本日休業:10/07/09

本日休業の癖に大風呂敷を広げてしまって、かえって自分の首を締めている嫌いがあります。
もっと出鱈目、出たとこ勝負、、玉石混淆、と言うよりゴロタ石ごろごろ。
その辺を巧くやれない貧乏性が、現実の貧乏にも繋がっているのでしょうね。
貧乏してなければ世界一周のクルーズ船にでも乗ってるものを。 こんな貧乏ブログに血道を上げることもないものを。

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少しやり過ぎですかねぇ。

元画は左のようなもの。
六月午後5時頃、貴船渓谷は奥社の辺り、相応に暗い渓谷の道を御本社へ還幸する御神輿。
( 貴船祭09:奥宮へ  貴船祭09:おせんどんどん  貴船祭09:八俣の大蛇  )
概ね通常の手順で現像仕上げした此れでも充分雰囲気は出ているものを、なんかもっと強調するべく、相当手の込んだ作業の結果が上のようです。 
iMacのデスプレイ(もちろん設定はちゃんとやってます)上で、相当我滅ってやったんで行きすぎた・・のか、WindowsのIEではちゃんと見えないのか?
反射光で見る時用の感覚、つまり此の場合は大サイズプリント~A3ノビ、でやってはいるのですが、デスプレイ上でこれでは、焼いたら真っ黒けでしょうね。~それはフイルムの時の感覚?? (因みに黒潰RGB=0,0,0,はありませんよ)

(Winのデスプレイ設定やり直す必要があんのとちゃう?) (そ~かも)


≪        京都植 物園:10/07/05・日本の森

本日休業:10/07/10        ≫

2010年7月 5日 (月)

本日休業:10/07/05

さて、ホモサピエンス君、どうするの?

実際上未だどうと云うことはありません。 試行錯誤をし、その間のうろうろ、きょろきょろそのものを話のネタにして進んでいくつもりです。
画像レガシイのネタで、MAC上での芸当でなんかやらかそう、と言うのが一つの筋。
これは可能性だけは無限にあるものの、具体化できるかどうかが最大のポイントになりましょう。
その代わり、と言ってはなんですが、其の試行錯誤中のものもネタにして時を稼ぐ、と言った手も使えるかも知れません。  (もうやってるやんか!)
もう一つの手は、まともだが大したことはないであろう、落ち穂拾い。 一枚ものや、組はずれ、見落とし、等を見直しての落ち穂拾いです。 ただこっちは世間が狭いですから、巧く行っても大したことはない・・・可能性が大きいですね。

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フオトショップの基本的な技法の一つに選択範囲の指定~マスキングがあります。 
フイルムで言えば覆い焼きなんかをするマスクと同じで、もっと高精細にやれますしそのほかの応用にも必須のものですから、マスターすれば相当使えます・・なんですが、そもそもマスターしてませんし、と言うか長いこと使わないので、使い方を忘れてしまいました。
再勉強が必要ですが、今のバージョン(CS3)は昔と少し勝手が違うので、硬くなった頭には大変です。
好き勝手なイメージについていけるように戻るまで、ボデイの方がもつかしら。

≪        本日休業:10/07/04

京都植物園:10/07/05・紫陽花園    ≫

2010年7月 4日 (日)

本日休業:10/07/04

此のブログですが、サブタイトル的に   京都のイベントや社寺を主とした写真日記的ブログ    を標榜してきました。
これは結果的に形成されたキャラクターで、元もと病を得てから”首を洗った”心境で、毎日大過なく過ごせるであろう散歩圏内の”賀茂川””植物園”と言ったカテゴリでのブログを始め、それに毎日アップのノルマ!!を課して励みにした。
ところが幸いなことに京都市内のお祭りなんぞにも行けるようになり、若いとき以来の社寺巡りもやりをしている内に段々頁が肥大してきて、いつか毎日アップのブログ:ノルマ!!になってしまいました。
基本的には写真好きカメラ狂がやるものですから映像が主体。 機動力は不足しているので速報性は無し。 一応それらしい格好を付けて時系列的に並べ、もっともらしい解説の如きものをつける。 と言うスタイルになって、一時は400人1000アクセス/日程度まで行き、パリのUNESCO本部からお声が掛かって写真を使って頂いたこともあり、でした。
プロパイダーのせいでか、その後少し落ちましたが、この7月2日にはまた416人550アクセス、6月には何故かフランスから27回ロシアから15回のアクセスがあった、などと言ったところです。
但し昨今の事情で多少路線変更が必要、新規データの入手が減りそう、つまりは現場が遠くならざるを得ない、と言ったことで、これは本来の散歩圏であったはずの植物園へ行くのにバスか地下鉄に乗ると言う現状ではしようがありません。
そこで、と言うわけでもないですが、此処数日前MACのホルダーに新規に”レガシイ”というのが現れました。
レガシイ~、私がレジェンドに乗っていた頃、スバルに其の名の車が居ました。 伝説、と遺産ではニホンゴにすると大分ニュアンスが違いますが、語感は似ています。
何で今”遺産”? 言うまでもなく古い鉱脈の再発掘です。 当然品位は下がりますから、そこをカバーする・・のがホモサピエンス。

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お遊びまでも行きません。 
単にBW乃至セピア調にしてみただけです。
ごく平凡に古い写真紛いにしただけですが、殆どソフトの仕事そのまま、つまり”ソフトに使われている”、と言う奴です。
ホンマに凄いオールド写真はそのうちお目にかけもしましょうが、先ずはネタ探しが大事で、とりあえずの此の写真なんかよりも、もっと古くさい印象のが必要ですわ。 
そしてイマージュも。


     

≪    本日休業:10/07/03

本日休業:10/07/05    ≫

2010年7月 3日 (土)

本日休業:10/07/03

ホンマの本日休業:
何日か続きそうです。 京都神田明神の例祭に行ってお参りした後、本年二度目の救急車・・・・は自慢になりません。それも5月6月と月1ペース!?
前回は時間単位で即釈放でしたが、今回は通院している病院に搬送して貰ったこともあり、二晩泊まって一週間後再診と言うことで帰ったのですが、流石にこの一週間は大人しくしていました。
その間に6月末、つまり半年の総決算である夏越しの祓いの行事があり、本来なら 上賀茂神社の ならの小川の畔に出向いて、
 「かぜそよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ 夏のしるし なりける」
の朗詠を聞かせて頂くはずで、事実その用意も仕掛かったのですが、どうも周囲の目が冷たくて止め。
次7月の1日は祇園祭が始まって、お稚児さんの御千度で朝から八坂神社に駆けつける。~~筈が、前夜の晴れた涼しい絶好の環境にも遠慮したのが、炎天の下へ出ていくのはどうかいな、と、ジョウシキが働いてか、欠席と相成りました。
途端に今朝から どうしたのか、と、声をかけて頂いたりもしましたが、そう言った次第で、要するにサボリました。
4月の入院でもうノルマ氏の呪縛は解けてはいますが、一応継続して毎日アップしている流れで行くと、一昨日昨日は去年の競馬、竹伐り会ではなく、今年の夏越の祓えが入り、今日明日はお千度、と言うところだったんですが、其の企てはすべてパンクです。
何れにしても、歩け!歩け!と叱咤して居た主治医が 「炎天下は大人しくして・・・」と言い出す始末では、7月の書き入れ時、祇園祭も宛に出来ません。
まあ、体力だけでなく、気力的にも衰えてはいますので、いずれにしても去年までのパターンでは行けません。
つまりは がっくり、途端に老け込む、べきなんでしょうが、未だ一応首から上はほぼ正常なようなので、そこをなんとかするのが、ホモサピエンスの一員としての勉め!! 宿命!!!

(あんなァ、TXTだけでコサエたら ”しゃしんにっき” が泣くで)
(わかってるワイ!)

ホンマのところはそう言うケイコウも容認して頂くとして、なんかおっぱじめるつもりでは居ます。
さて。 明日明後日はどうなるやら、目下は全くの五里霧中。
此の男、ちゃんとしたホモサピエンスなのか、自らを追いつめ問うより仕方ありませんな。

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 これ、去年の貴船祭。


奥宮での御神輿ですが、何故か使っていませんでした。
ちょっとトリミングして、トーンを大いに弄っていますが、もう少し遊びます。


   

≪    09/06 いざ、勝負伐り:鞍馬寺

本日休業:10/07/04    ≫

2010年6月16日 (水)

本日休業:10/06/やきもち神馬堂

本日休業の中に偶に混じる食い物系。
全く系統立てるつもりはなく出たとこ勝負のページで、本日はお田植祭で上賀茂神社へ行ったときの葵餅、神馬堂の焼き餅です。
ご承知のように葵餅のお店は社頭に二軒ありますが、場所的には離れていて一軒は正面のお土産やさんなどの並び、神馬堂は西側の朝露が原の方へ行く通りに面しています。 
その辺りが真向かいに向き合って同じようにやってられる今宮神社の焙り餅屋さんとは違いますが、こちらの場合は更に商品のキャラが対照的です。 
お餅自体はどちらも素直な焼き餅なんですが、一方は大量生産で箇包装され、従って日持ちも良く何時でも買えて遠方へのお持ち帰りお土産にも適しているでしょう。 
対して神馬堂さんの方は全てお爺さんの手焼き。 早朝から杵の音が響いて、店頭で焼いて居られるところも見えています。 そしてお仕事は朝のうちだけ、一定量出来て売れたら閉店ですから、通常の日でも昼過ぎにはもう手に入りません。 我々は何かイベントがある時に立ち寄るものですから、そんな時には店が開いていても長蛇の列で、先ず手に入らない或る意味では超レアなお餅なんです。
もちろん作り方とか店構えだけではなく、お餅と餡の自然な甘さと柔らかさ、及び手焼きの香ばしさと食感から来る幸せ感が最高の、これぞ日本の焼き餅、と絶賛したくなる(チョトおーばーチャウ?)そのものの良さが第一です。

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御園橋から上賀茂神社へ向かうと五差路、数え方によっては八差路になっているロータリー式交差点ですが、そこの北へ行く道の西側。 開いてさえ居れば此の暖簾と(イベントの時は)長蛇の列で直ぐ判ります。

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お田植祭はイベント、祭儀としてはささやかですから、この日はちゃんとありつけました。 
でも私が求めていると何処からか団体が現れて、直ぐに店頭は一杯になりました。

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一個120円ですから、餡餅としては標準的単価。 
写真で見るように一個一個焼き色も違う、手焼き手作りの風味が加わって、コストパフォーマンスは凄く高くなります。 
折角ですから焼きたてを出来るだけ早くご賞味のほどを、と言うところですが、一個売りもしてくれますので、店頭で即食べるのが通かも知れません。 今はお茶は出ない?と思いますが、チョイ掛けの設えもありますから。

≪    本日休 業:10/06/レストラン菊水

京都植物園:10/06/14・紫陽花    ≫



2010年6月15日 (火)

本日休業:10/06/レストラン菊水

本日休業というからには本日は休業ですから、まともなページではない。・・・・ことはご了解いただけるとして、此処に又変なの、と言うか、新ジャンルというか、いやさ、よそ様なら立派な一カテゴリとして成立する食い物関係が出てきました。
本来的に私の場合、いつか書いたようにエンゲル係数が低い、 (高い!ヤロ!) (ちゃうの!!)  せいもあって、外食の機会が少ないものですから、取り上げることもなかったのです。
それが今頃、と言うのは簡単に云うとネタ不足でもありますが、些か変わった指向のせいもあったのです。
通常皆さんの食い物ブログは”美味しいもの”ブログ、つまりミシュランの・・・迄は行かなくとも選定基準は同じでしょう。 私が載っけようというのは、もちろん”不味い”ものを選ぶのではありませんが、何よりも費用対効果比、つまりコストパフォーマンスの高さがテーマです。
(さよか!、わかった! ジョルジュ、サンク旨いで!!)  (あほか!、バカ!!)
補足します、絶対支払額が年金爺相応、と言う条件を。

この間祇園新橋の放生会へ行きました。 場所柄はジョルジュ、サンク並にお高くてかつ内容には云うこと無いサービス業の集積地。 なんでそこで宗教行事があるのか凡俗には判りませんが、とにかく正午を跨っての行事です。 通常私はエンゲル係数の関係(マダゆうとる)で、食事は家でとりますが、この場合はお昼ご飯を外で食べねばなりません。
そこで費用対効果比が出てきます。 
祇園ど真ん中は脱出して四条大橋まで行きました。 
四条大橋も古くからの繁華街ですから、Goodだが相応に取られるか、大したこと無いのにまともに取られるか、コストパフォーマンスという点では如何なものか、という場所でしょう。 一言で云うと一見さん、お上りさんでやっていける?立地でしょう。
そこで橋の上から四方を見渡すと、(オオキクでやがったな) 川の四隅とも飲食店の大店です。 
順不同で、東南は南座と一体に見える鰊蕎麦の松葉本店、西南は中華の老舗東華菜館、西北は鰻の出雲屋、東北がレストラン菊水。 
こうやってみると皆立派なビルで、文化財クラスも二軒あり、和洋中華それぞれを代表するような古くからのお店。 場所柄と言い、当然年金爺には縁がない・・・・

風呂敷を拡げるのは止めて話を絞りましょう。 

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レストラン菊水
大正5年創業の老舗で建物は国の指定文化財・・・ と、書いた言葉から受ける印象がそのまま生きている空間、料理、そしてお値段。
ケチにして一応見識高い(ウソつけ!)当ブログがピックアップした由縁です。
(ホンマはやすいランチがあったからでっせ)・・・・・
ですが、単価が安いだけでは費用対効果比が高いとは言えません。 ジュルジュ、サンクの例(もうええ!) は、ともかく、今日日850円で古典的と言うか、此処までこだわると古文化財的とも云うべきスタイルのランチが食べられるのです。
ちょっと講釈しますと~講釈師は若い時から都ホテルで(消費者サイドとして)修行を積んだ男ですぞ~ランチなるものは前菜、スープ、メインの肴とミート、サラダ、そしてデザートとティーorコーヒーがきちんと揃っていなくてはなりません。 つまりは正規のディナーコースをなぞらえているのです。 そして昔は町のレストランでもランチと言うからには其の基準に従って(少々は目を瞑って)出されたものでした。
今でもそれに80%は拘っていると思えるものが850円! 絶対額の安さ、及び内容(量、お味とも。高望みまではしていません)レストラン内の設え、空間、そしてスタッフの接客態度や人員配置に至るまで古き良きジョルジュ(は、大嘘)の雰囲気が(10%位かも知れませんが)あつての話です。
これら全てで850円、これは猛烈に高いコストパフォーマンスだ、と言えるのですが、昭和初期的ムードに関心がなければ、ただの安ものであるだけかも知れません。

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出てきたプレート~お皿がこれです。 コンソメのカップスープが乗っていて白身肴のムニエルにビーフの薄切りソテー。 ポテトとグリーンサラダ+α。 ライス。 古典的に云うとオードブル代わりにハムか付くべしなんですが・・

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そして食後はコーヒー又は紅茶。
デザートのフルーツ系はサラダの中に紛れていた?
紅茶のレモン又はミルクのチョイスはもちろん出来ますが、此のレモン、こんなに厚切りにしたら原価もたへんで!


ところで、此の駄文を書くにも一応参照しました。 レストラン菊水のHP を。

二階レストランから屋上ビヤホールまで、紹介される内容は正しくこれが古き良き菊水だ、と言う気分横溢、例えば二階の3500円ランチのチョイスメニュー構成など、ズバリお店のキャラそのものなのですが、此の850円ランチ、1階レストラン・パーラーの項に載ってません!
ひょっとして余り触れて歩いたら、ご迷惑なのかも??


一旦絞った風呂敷ですが、もういっぺん拡げ直しまして、実は四隅の他のお店にも此の年金ジジイ、良い印象があるのです。
松葉さんは学生~徒弟の時代に、鰊蕎麦でなく鰊定食なる素晴らしくコストパフォーマンスの高いご飯の思い出がありますし (今とはチャウヤロ)(まあ、そやけど)  出雲屋さんで作って貰う鰻折1000円、座ってお茶を飲みながら出来るのを待ちますが、折詰にもお茶のボトルが付いてきて、テイクアウトのお弁当としてお徳用感が特筆です。(此は今の話)  東華菜館のみ未だですが、御縁が全くないわけではなく、その印象で云うと、なんか”ええこと”ありそうです。 何れは穴を埋めることになるでしょう。

≪    とりあえず隼:時空・2010/06/13・日本

本日休業:10/06/やきもち神馬堂    ≫

2010年5月17日 (月)

本日休業:10/05/17

この一月ばかり色々なことが起こりました。 すべてマイナス面のことばかりでした。

四月は4日の日曜日に脇腹が痛くなって休日診療のお世話になり、火曜と水曜は別件で緊急の点滴、木金までする予定が木曜8日朝又腹痛で結局入院。 胆石が原因と云うことになって手術をし二週間入って22日木曜に退院しました。 
1週間絶食点滴の効果も有ってか、とてもすっきりした形で退院し、暫く静養して月末30日には定期の受診日。 かねての病の他は別状もなく5月に入って少しずつ活動を始め、1日と5日の賀茂の競馬(くらべうま)関係は自重しながらこなし、ブログも通常ペースに近くなり、間の3日には閻魔堂狂言にも行き、合間を見て画像を仕上げて自動でアップする用意もして置きました。

そして7日午後から夕方へ掛けて、等伯展の二度目に行きました。 
一日おきに概ね半日外出していたことになりますが、其の帰り道、博物館から京都駅に出て、市バス9番に乗ろうと並んでいたら世の中薄暗くなってきて、気がついたら仰向けに伸びていました。 若い方が覗き込んで、「大丈夫ですよ、心配ありませんよ、今救急車呼びましたから」と、励まして下さったのですが、其の壺を押さえた対応からみて、あの方はきっと看護師さんだったのでしょう。 ほんとに有り難うございました。
すこし朦朧としては居ましたが、ピ~ポ、ピ~ポも聞こえたし、救急隊の方との応対もそれなりちゃんと受け答は出来ていたつもりです。 私は老人福祉乗車証の裏の欄に必要なことを書き込んでいたので、こう言ったときには役に立ちます。 先ずは氏名を聞かれ、”ああ、こうやって反応を見てはるな”位には意識は働いていて、とりわけ酸素を吸ったら頭がほぼ正常に戻りました。 そしてそのまま救急搬送で武田病院へ。
救急車というもの、初めて乗ったわけではありませんが、出先で倒れて搬送されたのは初めてで、大勢の方を驚かせご迷惑を掛けたのと同時に、まあ、格好いいものではなかったでしょうね。 
病院では若い当直医の方と看護師さんがこれ又手早く対応して下さって、点滴と吸入、およそ必要な検査一式が1時間ほどで行われて、段階的に意識も身体の動きも通常に戻り、気がついたら何時ものように減らず口を叩いていました。
結果的には一過性のもので心疾患関係ではない事が確認されて、かかりつけの社会保険京都病院循環器内科宛の書類などを貰って帰りました。
博物館を出たのが7時半前後で、病院を出たのが10時過ぎですから3時間ほど、まあ良しとすべきでしょう。
因みに家へは警察から通報があって家内が駆けつける騒ぎになりました。 結果的には大過無かったことですが、この年寄り社会の機能を動員してしまった形で、申し訳ないことでした。

土日は大人しくして火曜日11日午前主治医の先生に会ってそのことを報告し、又月末に定期の診察を受けることで帰ったのですが、午後になってうちのメイプルが急に呼吸困難になって直ぐに逝ってしまいました。 
私が気がつかない間の僅かのことで、娘が抱えて何時もの病院へ走ったのですが、どうしょうもありませんでした。 死因は解剖しなれば判らないと言うことで、そのまま家に帰り、12日の午後には葬儀屋さんが来て娘たちが送ってやって火葬にし、あれよと云う間に写真のような姿になってしまいました。
八歳ですから七つ掛けても五十六歳。 私などよりずっと若いし、後四年ほどで彼と私の実年齢が交差するので、どっちが長く持つか競争だと秘かに思っていたのですが、ことに6日のこの欄で久しぶりにブログ上に姿を現したら、皆さんから多くの声援を頂いたので、次はどんな写真を撮って載せてやるか、考えて居たところだったのに。
どういう巡り合わせなのか、居るはずのものが居ない虚ろが、今広がり始めています。 

Meipuru

済みません。 ちゃんとした姿でお目に掛かるはずでしたのに。


≪        閻魔堂狂言 2010:二人大名

葵祭10京都御苑:近衛使列    ≫

2010年5月 6日 (木)

本日休業:10/05/06

記事0:
今日4日は葵祭の斉王代禊ぎの儀、これは上下両賀茂社隔年に行われ、今年は上賀茂、ならの小川の御手洗場で行われました。 年々盛んになっていくのは慶賀すべきでしょうが、人が増えて祭事も大袈裟になり、今年は随分と規制が厳しくなりました。 ことに此の場所は狭いので大変です。 まあとにかく今年から禊ぎを軸とする内容に変わってきた祭儀を撮影させていただいて、帰って整理する訳ですが、ロートルはへばってしまい、明日5日は競馬の本番でもあることから、又此の”本日休業”を挟むことになりました。

記事1:
本日休業画面のお愛想は、とりあえず花。 
これ、藤の花ですが、バックに見えているのは閻魔堂の狂言舞台、そう、2日から4日まで、昼夜8回、23番(靫猿の子役がWキャストになったのと、二回公演された演目もあるので実際は27番)演じられた中の3日1時、3時の分を覗いてきたものです。 それの整理も出来次第アップしますが、目下は滞貨中。

_dsc8190cs3

記事2:
その閻魔堂狂言と言えばこの花。 普賢象桜です。 
そもそもは足利義満がその美しさに500石の扶持を給し、「この花の咲く頃に狂言を行え」と命じた、と言う伝承を持つ名桜。 先だっての重文十重の塔の補修工事の際にすこし数が減り、かつ今年は盛りを過ぎていますが、でも幾ひらかは残っていました。(象の牙が見えませんね)_dsc8188cs3

_dsc8189cs3

記事3:
その足元にはもっこうばら、これは又盛大な垣根になっていました。_dsc8728cs3

_dsc8184cs3


記事4;

澄まし込んで便乗しています。

もっこう薔薇には違いありませんが、実はこれは我が屋の分。
グーグルストリートのカメラが家の前を通ったのも去年かそこらの此の季節。 

プライバシー侵害絶対反対!!_dsc8185cs3


明日は営業? 斉王代禊ぎの儀の予定です。

≪        足汰 式10:上賀茂神社その1

斉王代禊の儀10:上賀茂神社    ≫

2010年5月 2日 (日)

本日休業:10/05/02

記事0:

少しずつ体を動かしています。 皆さん 「歩け!歩け!」と言わはりますし、当人もそのつもりですが、どうも思うに任せません。 壊れた部品は外したり修繕したりして使っていても、全体が古びてガタが来ているのは仕方のないことですわ。
などと言ってる内に5月。 5月もお祭りが多い月です。 ことに葵祭りを中軸とした上下両賀茂社のお祭りが目白押しです。 それに閻魔堂狂言も始まるし・・・・
以前のようには行かずとも、まぁポチポチ、出来る範囲で・・と5/1上賀茂神社の足汰式(あしそろえしき)に行きました。 五月五日の競馬(くらべうま)の言うなれば公式予行演習です。
今までは行事の一式、起承転結をお伝えするよう努めていましたが、これからは出たとこ勝負の単発的な作業が多くなる事になるでしょう。 撮った物の纏め方次第とも言えますが、そのあたりは一日模索させていただくとして、その模様は明日お送りする事といたします。
依って本日は休業。


記事1:
退院して来て日の当たるところへ出られるようになり、先ずは庭先に出てひなたぼっこ。 その辺に雑然と開いている花どもを写したのを並べています。
これは姫リンゴ。_dsc0285_2


記事2:
ランプの妖精、と言うらしいです。_dsc0289

_dsc0293t


記事3:

アプチロン、あるいはチロリアンベル。



記事4:
スミレでしょう_dsc0303


記事5:
ただの桜草。_dsc0304


記事6:
紫なずな、ダイコン草。_dsc0308


記事7:
白椿の筈です。_dsc0315


記事8:
これはネコ。 巨大ネコのメイプル君。_dsc0328arw


記事9:
お見せするようなものはまるで無し。ほんまに本日休業ですわいな。

≪    本日休 業:10/05/01

賀茂の祭:5月    ≫


2010年5月 1日 (土)

本日休業:10/05/01

記事0:   

くいしんぼブログと言うべきジャンル、カテゴリがあります。 ブログの中の一大勢力の筈ですが、当ブログには縁がありませんでした。 
年金生活やとエンゲル係数が低うて、・・・・
~~(チョウ待て! 高おて・・のマチガイちゃうんか?)  (まちごうてまへん! 小遣い銭に外食する余裕がない~~%がひくいんですわ)~~~
カテゴリが成立するだけ外で食事したり、カフエでのんびりしたりの余裕がおまへんのや。
大体昭和一桁は食い意地が張っていて、戦争中の子は”出されたものは皆食う”と言うことになっていますが、これは相当程度に事実。
本当に三度の食事に事欠いて”飢える”というような経過は、この辺りの世代でなくては先ず経験することがあり得ない・・・のではないでしょうか。 終戦後の旧制中学校でのことですが、”弁当泥棒”というのが多発しました。 お昼休みに気がつくと弁当が無い! 級友の誰か、が、級友の弁当を盗んで、どこかに隠れて食べて餓えを凌いでいるのです。 府立のナンバースクールですから、当時ではエリート校での事です。 それがこんなていたらく、・・・・戦争はやっぱり絶対するもんやおまへんで!

と言う前置きを置いて、超豪華な食事、ミシュラン星四つ。 を並べるのが本日の頁です。
(なんぼマエオキしても、こんなんの写真ではドナタもみはらへんで!!)
(そやけんど木曜日の朝転げ込んでそのまま次の水曜日まで絶食連続点滴、手術が終わって翌木曜日昼食から”餌”にありついた身には、ヤッパ、ミシュランの四つ星だっせ)

記事1:
その一週間ぶり(厳密には22食後の)食事はこれ。 お粥ですが、おかずは一人前。 根菜類の細切れ酢の物風と、鶏肉に栗の甘煮添え(一個はもうたべたもた!)。 後一皿はご覧の通りの消化に良さそうな煮物。 いやしくも臓器一つ、胆嚢を摘出した24時間後でこれです。 外科は切って取ったら病気は根治、後は傷養生だけ・・・やからですかいな。

Pict7990

記事2:
する事がない~最大の仕事が食事、の療養ですから、たまたまポケットに入って居たコンデジで全食事を記録しました。 ただ夕食はあたりが少し暗くなってきて、本来ストロボが必要なんですが、総室では遠慮。 したがって殆どがぶれてしまいました。
これは術後3日目の朝食。 この日から朝はパン、ご飯は御粥でなくなりました。Pict8010

Pict8020t


記事3:

三日目の昼食。
牛肉も出ました。 食べやすく細かく切ったものが多い点を含め、うちのメシより上等やんか!


Pict8060t


記事4:

六日目の昼食。
中食も夕食も品数内容は概ね同じ。
その時々でそれなりに目先や味付けが変わって、結構なものでした。


Pict8063

記事5:
同じ日の夕食。 週の後半、水木金の普通食は、火曜日にメニューが廻ってきて、二種類からチョイスできます。 この夜のメインはご覧のように賑やかなもの。 茄子、椎茸、筍、葺、蒟蒻、高野豆腐、チキンに福袋の炊き合わせ。 珍しく赤味噌のおつゆ。 例によって野菜の小間切れは酸味の中華風お浸し、デザートには一寸甘い寒天。 甘みと酢っぱ味を取り合わせて献立を設定するのが此処の流儀みたいです。

と、言うわけで社会保険京都病院の入院普通食、柄にもないクイモンブログに仕立てました。
ご覧になって、涎が・・・で~へんわな。

≪    とりあえず、長谷川等伯展/京都国立博物館

本日休業:10/05/02    ≫



2010年4月29日 (木)

本日休業:10/04/29

記事0:

”本日休業” というカテゴリを新規に設けました。
ノルマ氏の毎日アップ強要は先日の入院騒ぎで無効、消滅しましたが、当頁は一応 ”京都のイベントや社寺を主とした写真日記的”ブログを標榜している関係上、”日記的”部分は継続したいと思います。
内容的にはこれは正しく本日休業で、社寺イベントの話題などとは無関係に、だらだら好い加減な中味、言うなればSango-kcなる爺が生存している証明、アリバイ作りが眼目です。
まあ、今回の入院騒ぎのような事も、事前予告が出来る場合は兎も角、ある日アップが途絶えて (今回は再開時多くの方からコメントを頂き有り難うございましたが) そのまんま●●●~(某県の知事ではありませんぞ)~と言うことが当然予想できる時空に生きているわけですから、何も話題、テーマがなくても”本日休業何年何月何日”と言うタイトルだけはアップして置こうという気になったわけです。
ブログというものも作り始めた時は手探りで、二三年経って一応それらしくなりました。 この正体不明のカテゴリもそのくらい待って頂けたら少しはオモロクなるかも知れませんが、期待できないこと普天間基地問題と同じくらいなのかも・・・

記事1:
なんてこと無いですが、病院の窓から見た風景です。
烏丸通の紫明角、社会保険京都病院の7階外科病棟。 六人部屋でしたが、幸い窓際のベッドに当たりました。

Pict8014

記事2:
何れも東山の方を眺めていますが、上の写真中央に見える屋根は上善寺。 六地蔵巡りの一番で、夜には小山郷六斎が奉納公演されるあの上寺町ドンツキのお寺です。 (六地蔵と小山郷六斎へのリンクはこちら )  山は大文字で、横に長い緑は下賀茂神社の糺の森です。
下はもう少し南へ振って、吉田山の尾根の南端。 大きな屋根は くろ谷さん金戒光明寺で、その右手には同じく山門が見えています。 市街地からは高みにありますが、離れてもこんな風に見えるとは思いませんでした。 幕末、京都守護職を仰せつかった会津松平藩が本陣を構えたのも、三条粟田口を見下ろすこの立地があったからでもあるのでしょう。

Pict8015t

記事3:
急な入院でも、しぶとくカメラを持っていった?!
それほどのど根性、心掛けではありません。 実は前日前々日にも通院~これは宿阿の方の後遺症副作用関係ですが~ポケットにコンデジのコニカミノルタデマージュXgが入って居たまま緊急入院してしまったのです。 つれづれの侭に写した風景と、病院食でこの”本日休業”欄を埋めてやろう~~~(だれも見はらへんで!)

≪        2010 桜、さくら #16:石井稲荷

とりあえず、長谷川等伯展/京都国立博物館    ≫

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