カメらコレくしょん

2010年12月20日 (月)

不朽の名機:OLYMPUS-PEN-F・但しこれも初代。

さてオリンパスペンのお話は必然的にペンFへと移ります。    ペンは設計の妙によって商業的にも成功したわけですが、其れは設計者をして更なる挑戦に立ち向かうことを可能にしていました。 其の結果として世に現れたのがハーフ判システム一眼レフ オリンパスペンFと云うことになります。
ペンFはペンの兄貴分としてハーフ判と言う前提を背負っていましたが、それなくしてはあり得ない~~言い方を替えれば制約となる諸条件を味方にし、逆手にとって、既成概念に囚われない合理性を貫き、従来存在しなかった多くのメカニカルな組み合わせを創り出しました。 此は創造であり作品であるわけですが、商業的な要求にも応えられる完成された合理性を持つものでもあり、造形として見ても一級の物として現れてくることになります。 

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目下のところ我が家にいるFのご一統様です。 左端と其の右隣の仰向いているのが最初に出たペンFで、金色の華やかな髭文字で飾られています。 二台とも専用メーターをシャッターダイヤルに装着した姿です。 下の二台の内、右が露出計を内蔵したペンF、向こう向きが同じ仕様で露出計を内蔵しないFVです。
システム一眼レフとして完成の域に達していましたから、交換レンズは20mmf=3.5からミラーの800mmf=8まで15本、他にズーム二本ととマクロがありました。 もちろんその他にレンズメーカー製のものが多数有り、またマウントが小さくフランジバックが短いことから、オリンパスの35mm一眼レフレンズ用はもちろんのこと、各社のレフからライカなどに至る迄のマウントアダプターなども売り出されました。 画面内にそう言ったものも写っていますが、ちなみに一番上のFがつけているレンズは相当痛んでいますが、Zuiko Auto-Zoom 1:3.5 f=50-90mm 其の横の大きなレンズは TAMRON ZOOM 95-250mm 1:5.6です。

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 25番  「セコ」  「コレクション」  ペンF (右)  no188416  Gズイコー 1:1.4 f=40mm  no102452  ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッターにバヨネットで装着する専用露光計 ハーフ版で画面が縦長であることを利用してミラーは横向きに装着し光路はポロミラーで構成。 レバーは二回巻き上げ。

 37番  「セコ」  「コレクション」  ペンFT (左と下図の右)  no250840  Fズイコー オートS 1:1.8 f=38mm  no351212   ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッター  TTL測光シャター速度連動 ファインダー内にT記号で表示する方式。 電池HD*1 セルフタイマ付き 巻き上げレバーは一回巻きに改良された。

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 26番  「セコ」   「コレクション」   ペンFV  (向こう向き)  no100563  Fズイコー オートS 1:1.8 f=38mm  no 245451  ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッター  セルフタイマー付き  巻き上げレバーは一回巻きに改良。  Fと同様の外付け専用露出計装着可能。

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ハーフ版カメラですからカメラ本体の長辺と画面の長辺が一致しません。 此は本質的な欠点と言えましょうし、35mmのハーフ判に限らずセミ判ベビー判等という他のロールフイルムでも色々な工夫がなされて面白いものですが、此のカメラでは其の欠点問題点を全て逆手にとって素晴らしい解決に導いています。
先ず一眼レフのでっかい光学系はミラーの向きを変えて横にスイングするようにし、ペンタプリズムでなくミラーの光学系を使って全く普通のカメラなみの外観になりました。 シャッターは画面横の空間に回転する円盤を持ってきて、レンズシャター同様全速度シンクロ可能と云った具合に、与条件に合わせて新しいメカを工夫し組み合わせて今までにない造形として纏めています。 此は全くの創造物であり、創作品と言っていいでしょう。
此うしたことがカメラのみならず、自動車でも電気製品でもおよそものつくりの現場で起こって、戦後の日本を持ち上げてきた原動力だったのでしょう。
0の数合わせだけに価値を見いだして、儲けの薄い奴は売り飛ばし、どこかからCEOとやらを引っ張ってきて、親方は社業よりも団体の役員にせいをだし、なんとなく外見や与条件が似てるからと必然性もない新フォーマットなどを策定して付和雷同的に烏合の衆が集まってものつくりなどとは無関係に会議で行く手を決めていく・・・・・
支離滅裂になってきましたからここいらで止めましょう。 名前だけは引き継いだ存在理由の薄いデジタルの何代目かと同様に。

≪        不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。

夕雲:10/12/18    ≫

2010年12月19日 (日)

不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。

相当に持ってまわった嫌らしい題名ですね。 ことに現在のオリンパスの方にとってはそうでしょう。  でもこれが素直な感慨です。 
ペンが発売された時からズ~~ッとサブ機として愛用し、XAが出てからは全機種愛用し(今も全機スタンバイしていますよ、元封の侭コレクションされているXAー1を除いて)αのAFSLRが天下を取る寸前の一時期にはOMー3+AF3570を主力機にしていた者の正直な愛情表現です。

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此のカテゴリの頁もハーフ版に入ったからには、オリンパスペンが出てこなくてはどうにもなりません。 真の開発者の仕事と言える此のカメラは、1956年当時 6000円で売れるカメラを設計するように命じられた新入技術者米谷美久さんの手になる創造物でした。 つまり35mmフイルムを映画の元に帰って二倍に使うという、ある意味では敗戦国として物の無い中で復興への道を突き進み始めた日本国そのもののようなサイズを採用し、肝心要のレンズ廻りは大衆機の常識である前玉回転とはせずに、レンズ構成を保ったままのヘリコイド回転に拘り、一方フイルム巻き上げはスプロケットのギアを直接指の腹で巻き上げるという、シンプルかつユニーク方式を編み出して、単なる商品企画側の要望の域を越えるもの~創造物~作品を世に送り出したのでした。

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超コンパクトで有りながら高い性能を持つ此のカメラが世に受け入れられて、顕微鏡メーカーの高千穂光学が、ドイツに追いつき追い越せと走る戦後の日本カメラメーカーの一翼として、発展していく基盤の一つになったことは云うまでもありません。
此のカメラの優れたところはレンズのピント合わせと同じように押さえるべき箇所は押さえることに拘ったこともあると思います。
フイルム巻き上げなどはユニークな”安物”方式を採りながら、例えば左の写真のように裏蓋の開閉方式を見ても、簡単なヒンジを使わず、ドイツの高級カメラが好んで使う底蓋裏蓋一体型の取り外し方式を取っています。 操作性などに格別優れた訳でもありませんが、手に触れて扱えば確かに高級感がありますし、上に載っけた標準座金も板金曲げ物などではありません。


8番  「新」  「実用」  オリンパス ペン  No 166440  Dズイコー 1:3.5 f=2.8cm
コパル B 25 50 100 200   ファインダー ブライトフレーム付き  手動逆算式駒数計
X接点   発売S34  入手S35

30番  「セコ」 「コレクション」 オリンパス ペン No199685  (ベージュ色)
入手S 58/1  

新品で購入した方はペンタックスのサブ機として大活躍しました。 ベージュ色をした方はゴミ箱からレスキューした物で、シャッターが時々すべります。(開閉動作をしながら開いていない)
問題は此の貼り革の色がオリジナルかどうか、と云うことで、まだ未確認です。

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ところでこの優れ者は当然のことして、一族が大繁殖をしました。 レンズが30mm2.8のSを手始めに各種の自動露出機が生まれてアマチュアの間に浸透していきました。
大まかに羅列すると

ペンEE 固定焦点固定シャッター(1/60)でレンズ廻りのセレン露出計により絞りを動かす (写真右)   ペンEE2 シャッターが2速でホットシュー付き  専用フラッシュガンを乗せている。(写真左)  ペンEE3 レンズDズイコー28/3.5(写真にいません)  ペンEES レンズ30/2.8 シャッター1/30 1/250 (写真にいません)  ペンEES2 ASA400まで対応(中上と下の2台) 
これ以外に最後に全く違ったフラッシュ一体型のペンEFが出ましたが、殆ど使われずに終わりました。  (コレクションとしたら、ちょっとしたものですけど)
写真の4機は全て家族中の女性が実用にしていたものです。

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ペンは大衆機としてEE化の方へ進化しましたが、マニュアルの上級機も出しました。

 27番  ペンD  「セコ」  「コレクション」   336866
Fズイコー  1:1.7  f=32mm   COPAL X   B 15 30 60 125 250 500
単独露出計 ASA100-400  LV3~17  水銀電池HC

今これらのカメラを引っぱり出してみても、コンパクトでムダのない扱い安さもさることながら、適度の存在感と所持感が伝わってきます。  これぞツール、道具、それも人が愛着を持って扱う道具と言った感じです。
つまり此はホモサピエンスの手と目の延長上に存在する真正の”道具”なのでしょう。 人が作りだしたものの在るべきまっとうな姿そのもの、此処まで褒めたらタイトルの奥歯に物が挟まった表現も許していただけるかな?

脱線ですが、ハーフサイズというのは元々が経済的にも手頃なカメラ群で、種類や数も多いし、値段的なものもありません。  コレクションするときのターゲットととして適当です。  と云うことでやり始めたら実は大変なんですが、此の本家本元のペンにも一機種希少種が在るのです。
それはペンワイド  Fズイコー25mm/f2.8 つき。 今までに一台しか見たことがありません。
が、此は運が良ければ遭遇するかも知ません。 それとは別にもしハーフ版カメラをコレクションして完成?させようと志したとしたら、実はこういったあり得る偶然以外に物凄い覚悟・・・お金のことです。・・・が要るジャンルでもあるのです。 
実はライカとニコンにそれぞれ極めて少数のハーフ版が存在していて、どちらも世界中の所在、所有者が判っているのではなかろうか?と云うほどのレアな存在であるからです。

≪    本日も休業:光信の地獄図

不朽の名機:OLYMPUS-PEN-F・但しこれも初代。    ≫

2010年10月23日 (土)

α55:乱写乱撃

10月17日の日曜日に上賀茂神社で行われた笠懸(騎射競技)の奉納を撮影しに行きました。 
京都のイベント乃至社寺をテーマにした写真日記的ブログを標榜している以上、これが正業なのですが、この日は些か脱線してカメらコレくしょんカテゴリの為に出向いた嫌いもあります。 つまり画作りよりも新機材のテストのほうにシフトしていたからです。
私はそもそものメカ好きで、カメラと名が付けば何でも集める、をモットーにしていましたが、元もとお金がないので原資0でやってきたのが、年金生活になってからは輪を掛けてきて、必要な新鋭機を入手するためには中で稍”ゼニになる”機械が犠牲になって、現在の主力艦α900とツアイスレンズを調達するためにまともなカメラと残り少ない預金が全部流出してしまった、と云うのが正直な現状です。 
まあ、そんな現実の中で借金をしてでも手に入れたい機材が現れたのです。 
そんなに素晴らしく一世を画するようなカメラが何時何処から出たのか? と、御尋ねになるでしょうが、返答を聞かれたら皆さん呆れた顔をなさって、コイツとうとうに頭までイカレタか、とお思いになると思います。  答は既にタイトルに出していますが、α~sony、ミノルタの、位置づけから言えば ”初めてカメラ”、大衆機のα55です。
それの何処が? と、気を取り直して読み続けて下さる貴方、 此のブログの9/6~7にアップしました≪写真機史~大層な大論文:NEX&α55≫≪〃:ピントグラス≫ をお読みいただいたでしょうか。 
つまり写真の原初からある最も基本的な映像確認手段である ピントグラスよ、さようなら、 ついでに可動ミラーともバイバイで、真面目に写真を撮るための機材としての完成型=一眼レフの形をしたレンズ交換カメラに、ほぼ実用域に達したライブビユー(→過去のカメラにはない新しい画像検出&決定機構 )を加えた、此からの時代の作画用乃至報道用のカメラの原形と思えるものであるからです。
実際に使用した感想は未だオモチャ。 肝心要のビューファインダーにある未完成な混乱を引きずった、問題点も一杯在るものでしたが、オスカー・バルナックがライカを創ったのには及ばずとも、旭光学がペンタックスKを完成させた時と同じくらいに画期的な、未来指向のプロトタイプである事は確かなように思えます。

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176番 「新」 「実用」  Sony α55  SLT-A55V 0012868 Made in Thailand   

1620万画素  CサイズCMOS  4912*3264pix   iso 100~12800
ファインダー  0.46型電子式 1440000ドット  視野率100%  倍率1.1倍(50mm)
背面モニター  3.0型ワイドTFT 291600ドット  視野率100%  フリーアングル
シャター速度 1/4000~30sec B  フラッシュ1/160   内蔵フラッシュGN10
手ぶれ補正 イメージセンサーシフト  シャッター速度で4段程度補正
動画  Archd 1920*1080 70分 / MP4

標準付属レンズ  DT3.5-5.6/18-55 SAM(モーター付)  

このカメらコレくション記事の例に倣って一応のスペックを並べました。 考えたらデジでは此のブログを始めた頃の05年3月、此のページの写真を撮る機材として、ディマージュXG(目下の働き者) やクールピックス990(デジタルの主力艦(ちょっと弱い!?>)が登場して以来です。
五年間でカメラも私も進歩?変遷したものですが、此処に並べた仕様をざっと見ただけで、「えっ!何?これ!」と仰るところがあるはずです。 多くの項目でハイエンド機(キャノン、ニコンの一桁機)にしかない数字が並んで居ます。 だいたいSonyミノルタになってからは、ツールとしては最高に完成しているのに商品としてスペック上に花、売り、が無いものが続いていたのに此処へ来て売り文句に関しては全く様変わりです。 此のタイで製造の初等機が簡単に此処に到達しているのは、ピントグラスを止め可動ミラーを止めたと云う新設計に尽きるでしょう。 ピントグラスを止めて全部電子的映像で処理すると言うことはデジタルの時代ならではの未来指向、展望と言えるでしょう。 ただし私のような古典的メカ人間にとっては、実は嬉しくない傾向でもありはするですが。
ところで実機の試用記的な部分に参りましょう。 
(動画に関して現時点では其の機能の存在を無視した状態で話を進めます)
先ずものすごく小さく軽く、秒10駒での20連写でも作動音は極めて小さく、握った手には何の反応も返ってきません。 従って高級感は無くて玩具的にも感じます。 (そのくせ絞込ボタンが伝統的な定位置にちゃんと着いていて操作感グー) 各種操作は従来のミノルタ系の変化したものですが、考え方はまったく変わっていて一操作点に一操作を割り当てるのを理想とするのの対称の携帯電話的なやり方。 私の嫌いな一つの操作点に幾つかの機能を持たせてそれ等の選択を組み合わせて決定するスタイルに近く、同じ設定を出すのにアプローチの仕方が複数在って混乱しますが、カメラは電話ほど雑多な機能を持たない(GPSと世界時計は抱いて居ます~時刻設定全自動で○)ので少し馴れれば此も悪くはないでしょう。 
100%視野で等倍像(於50mmレンズ)の電子ファインダーは水準器やグリッドなども表示でき、一方では画像だけにする等の映像の見え方の選択や拡大も1アクションで出来、もちろんパララックスはありませんから、機能的には抜群で理想のファインダーと言えるでしょう。 ただしピントグラスに比べての視覚的違和感は相当に感じますす。 明るさの調節などもオート&手動で可能ですから、その辺りに馴れればまた違うのかも知れません(オートでは明るすぎました~世界最高のファインダーと云われるα900ユーザーの発言です) 当然ながらメインスイッチが入って居なければ何も見えませんし、目下の処動作的にも不安定な所があります。 
一方背面液晶によるライブビユーですが、此はミノルタの昔から搭載しているアイセンサーによって、目がアイピースを覗くか離れるかで自動的に切り替わります(手動も可)。 サイズや明るさも今までで最高でしょうし、表示の種類、切り替え操作、調節等は直視の場合と同じで、勿論常時AFが動作。(此の点他社機は疎い)そして完全なフリーアングルで縦位置でのアップやロウビユーも自在。 仕舞うときには画面を内側にしておくことも可能です。
 (そんなん、ビデオやったらアタリマエちゃうの?) (そやねん、いままでチゴタンはSonyαの七不思議やな)
さて最大のウリの秒10駒ですが、此は全くストレスなしに走ります。 ミラーが動かずシャッター音だけですから、強力な手ブレ防止内蔵とフリーアングルライブビユー、軽量小型と相まって片手で人の股ぐらから連写(上賀茂神社笠懸10:騎射)なんてことも全く簡単に出来、横にいたEOS1ユーザーに厭な顔をされました。 ただし何度も言いますが、まるきりオモチャ的で、α700の連写のような妙なる響きとは全く縁がありません。 秒10駒で19~20連写の連続も可能で、結局上賀茂笠懸では505枚撮りました。 16GメモリースティックHG、RAW+jpgサイズL(16M)4912*3264 で残りは100枚、但しバッテリーの方が544枚で死にましたが。
結論としてスタートラインに着いたばかりの新機構です。 でも此の線を洗練させハイスペックにしていったら全く新しい世界が開けるでしょうね。 今現在N、Cに比べて劣っているのはAFセンサーの数、より充実して欲しいのはISO感度の実用上限アップ(現在最大12800)位で、カタログスペック的には抜群、且つ概ね其の通りに動きますからコストパフォーマンスも抜群。 後は使用感とその辺りにある違和感の克服、操作性の洗練と云ったソフトな面がより改善され、更に新機能と其の組み合わせに起こりがちな電子的不安定さ、(不定愁訴)が克服されれば申し分がないと思います。 そして最終目標は、光画作品制作用としても完成されたフルサイズのα9D、として貰いたいものです。

私が敵の罠に填ったのは、先ず「秒10駒」ですが、 此れに依る乱写乱撃には充分満足しています。 (もし本機をオモチャとして楽しみたい向きには、此の機能に付随した自動パノラマ撮影なんてのもありますし、スマイル検出などお任せ撮影機能は満載です。)
もう一つ填ったのが「完全フリーアングルAFライブビユー」で、 実は350のAFライブビユー(チルトは上下にしか出来ません)で、スミレのような地面にくっついた極めて小さい花を地べた目線のマクロで撮る、と云うような今まで不可能に近かった映像の楽しみ方を覚えたからです。
今度は縦位置でも撮れますから、近日中に植物園でやってみるつもりです。 
結果はまた此のグログ上でご覧に入れることになりましょう。

≪        上賀茂神社笠懸10:連写

上賀茂神社境内:笠懸の日    ≫

2010年9月16日 (木)

ハーフサイズの変な奴・コニカレコーダー

本日休業で二日過ごし、無事旅行から帰ってきました。
行った先は播州赤穂、京都ではありませんが洛外カテゴリーで少し並べる予定です。 さりながら昨日の今日アップするだけの余力はありません。 そこでのワンポイントリリーフです。

今回から35mmもハーフ版、つまりはオスカー・バルナックがライカで映画フイルム二駒分をスチールに使うことを創案したのものの先祖帰りですが、昭和34年(1959)にオリンパスからPENとして発売され、其の後一世を風靡したサイズのカメラ達に移ります。

第一陣は、その中でも”ちょっと変わった奴”から。

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 92番  「セコ」  「コレクション」  コニカ レコーダー   
2305451  KONOCA HEXANON 24mm F4  ハーフ版AF,AE、自動巻カメラ
電池 単3*2 (ニッカド不可)

昭和59年(1984)発売ですが、此の時代になるとカメラは殆ど自動化されて、元の使用説明書かカタログがあればいいのですが、そうでないとカメラ本体を眺めているだけでは、スペックとして此処に書くことがほとんど無くなりました。 (末尾に説明書からのコピーを転載しておきます)
とりあえず外から眺めてフイルム感度設定がiso100.200.400と有り、手動でオンするストロボのスイッチがある以外に触るところは無く、撮影態勢でレンズ名が誇らしげに現れるだけです。 曰く ヘキサノン。 この頃にはもうレンズ名を書くことも減ってきていますが、やはり特筆大書するに足る伝統の名レンズということでしょう。
ところで、何が変わっているのか、って?
先ずは其の形態。 見たところただの平べったい箱です。 出っ張りが全くないところが携帯に便利ですが、ハーフ判として特筆するほど小さいものでもありません。 特徴的なのは此の形から撮影態勢に入った処にあります。 (写真下)

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ボデイを持って左右に引っ張ると、Z形にボデイが割れて、中央にレンズがKONICA HEXANON の刻印と共に現れ、もう一方の割れ目にはAF,AEセンサーが現れて、更にメインの電源スイッチも入ってカメラが起動状態になります。
このアイデアは残念ながら全くの独創とは言えず、”我が田に水を引く”タイプのコダックインスタマチック126フイルムを使うローライA26の影響を受けているように思いますが、結果的には次に述べる特徴と共に評価されて、グッドデザイン賞を受けています。

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其の特徴は、裏蓋を開けると判ります (写真上) 
此の時代ですからフイルムは放り込んで先端を巻き取り軸に挟むだけ。 後は巻き戻しを含めての全自動。 (なんも変わったところ無いんやない?)
ところが実は此のカメラ、横向きに構えたら横長の写真、縦向きに構えたら縦長の写真が撮れるんです!!
(一寸待って、 アタマおかしいんは、アンタかワイか?)
そもそもライカ版サイズというものは、横に巻かれた映画用フイルムに横長の写真を撮りますが、大元の映画は縦に巻いて送るフイルムに横長の絵を撮るものです。 従ってハーフサイズのスチールカメラは普通にカメラを横に構えたら縦長の写真が撮れてしまう。
その宿命的な欠点を克服するべく、フイルムは縦方向に巻かれるようになっており、それで尚且つ大きなボデイにはならないようにレイアウトした点が、此のカメラの優れたところでしょう。 
なお外装パネルは此処にあるのは黒ですが、他に赤があって表面の格子柄と共にそれなりの存在感ではありました。

 

使用説明書の要約コピー

 型式: 35mmハーフサイズレンズシャッター式オートフォーカスAEカメラ、
 フラッシュ、自動巻き上げ巻き戻し機構内蔵、ケースレスタイプ  画面サイズ: 24*18mm(公称)35mmフィルム使用  
 レンズ: ヘキサノン24mmF4 4枚4群  
 シャッター: 絞りセクター兼用ビトウィーン式プログラム電子シャッター、1/60~1/250秒無段階変速  
 焦点調節: 赤外光によるアクティブ式オートフォーカス機構、撮影距離0.9m~∞  
 露出調節: CdS使用のAE機構による自動露出調節  AE連動範囲: ISO100でEV10(F4-1/60)~EV16(F16-1/250)、ISO400ではEV8の低輝度まで。 フィルム感度目盛はISO100、ISO200、ISO400。低輝度警告輝度はLV10(ISO100)  
 ファインダー: 逆ガリレオ式透視ファインダー、倍率は0.55倍、低輝度警告用赤色ランプ内蔵  
 フラッシュ: フラッシュスイッチONで充電、フラッシュマチックに切り替え。連動範囲は0.9~4.5m。ISO感度切り替えによりガイドナンバー自動変換。日中シンクロ撮影可。充電表示ランプ付き。ガイドナンバー12相当(ISO100・m)。発光間隔は約8秒(新品の単三乾電池使用)  
 フイルム装てん: 簡単確実なコニカEL方式  
 フイルム巻き上げ: 内蔵モーターによる電動式巻き上げ、最終コマで自動停止しフイルム終了表示(R)ランプ点滅表示  フイルム巻き戻し: 巻き戻しスイッチ操作で電動式巻き戻し、フイルム枚数計窓に巻き戻し終了の赤マーク表示  
 電源: 1.5V単三乾電池2本(ニッカド電池不可)  撮影可能枚数: 常温20℃、新品の乾電池で24枚撮りを使用した場合 <フラッシュを使わないとき> マンガン電池・約40本(2000コマ)アルカリ電池・約100本(5000コマ) <全部フラッシュを発光させたとき> マンガン電池・約2本(100コマ)アルカリ電池・約5本(250コマ)  スライドカバー: スライドカバーにより電源スイッチON/OFF、レンズ、 自動測距窓、受光窓などの保護  
 その他: リストストラップ組み込み、ケース(別売り)  
 大きさ・重量: 112.5×77×30.5mm、250g(電池別)

追記:
”変な格好のハーフ判カメラ” と、言えば、あれ。 
キョーセラのサムライ達と言う辺りが一番先に出てくる筈ですが、既に登場済みですので こちら  からどうぞ。

≪    本日休業:10/09/15

赤穂御崎へ    ≫

2010年9月10日 (金)

非常持ち出し・・・・

”変な奴”が大分続きました。  だんだんそれほど変でもない奴に替わってきて、そろそろ次に移ろうと思います。

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57番 「セコ」 「実用?」  ナショナルラジカメ オートワインダーC-R3  
 B 3410793
110フイルム使用。 ストロボ付き自動巻き上げカメラ+AMラジオ

昭和58年12月15日 松坂屋で8500円  と云うメモがありました。 結構高価だと思いますが、その頃は未だ此のカメラ?ラジオ?も準現役だったのでしょう。  お遊び半分変に真面目な実用半分で中古カメラ市で手に入れたのだったと思います。 実用半分というのは非常持ち出し袋に入れておくためですが、今此の記事を書くために引っぱり出して電池を入れてラジオをつけても混信と雑音が多くて殆ど実用になりません。 最初は110フイルムも袋に入れて置いたのですが、もちろん期限切れで、切れても入ってれば未だ増しですが、それもなくなっています。 袋に入った電池が新しいものに替えてあるのだけが唯一の救いです。
カメラとしてはストロボが付いている以外全く何も操作するところのない、玩具的110カメラそのもの、それにしてはデカイ図体をしています。 これはC-R3という機種名ですが、確か1と2があっての3だったと思いますので、最新鋭機?です。

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次は余り”変”でもない奴です。

 134番  「新」 「コレクション」  ミノルタP’s (ピーズ) グリーン
94127537  レンズ名 無し  f=24mm/4.5のはず。 ボデイ色は他に赤、ブルー、ゴールド
35mmフイルム使用のパノラマサイズ(36*13mm)専用カメラ。
電池 3VリチユウムCR123A*1  デート用 〃R2025*1

カメラとしては軽量コンパクト機の一種、大きさ114.5*61.5*34mm、重さ170gは当時世界一のコンパクトさだった筈です。 パノラマサイズというのは一時の流行でしたが、35mmカメラの画面の上下をマスクして横に細長い画面を撮影し、専用の横長大サイズにDPするもので、その頃のカメラは普及機も一眼レフも皆アクセサリーとしてフイルムゲートに填めるマスクを付属させていた程でした。 プリントサイズは大体89*254mm叉は127*353mmの大きさだったと思います。
其の頃この風潮に悪のりしたのか、変な使命感でもあったのか、(確かミノルタが一番熱心だった)、とうとう専用のカメラまで作ってしまった、と云うのが此のカメラです。 
ものとしてはデート、セルフ、ストロボ付きの他は何も触るところのないコンパクトカメラ。 ただ専用ですから相応の広角レンズを装着していて、其の小さくて可愛い外観は一寸した魅力でした。
ですが、結局は一時のキワモノに終わり、私の処へ来たのは発売4年後の94年で、定価35000円の処10000円での保証書付き新品、そのせいで新品なのに始めからコレクション扱い。 と云うことで、当然今もバージンの侭です。 
でも、かわいいでしょ。 こいつ。

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次回は、この ”変なちいさいサイズ”の35mmカメラから、もっと真面目な一世を風靡した小さいサイズ、つまりハーフ版35mmカメラに話題を移そうと思います。
さりながら第1陣はその中でも”変な格好の奴”から始まります。

≪    京都植物園:10/09/06・日本の森2

重陽の節句10:内取り式    ≫

2010年9月 7日 (火)

写真機史~大層な大論文:NEX&α55

延々と述べた昨日の大論文を要約しましょう。

1: カメラは作画的芸術的な際限のない要求と、現実の確実な映像的固定や速報性(簡便性も含む)と言う、報道的な要求の両面を満たすべき宿命をもつ。
2: 其の映像を固定するのに、目で確かめる為の手段としては、従来はピントグラスを主として用いてきた。  デシタルカメラの場合にそれに替わりうるものがあるか?。

ピントと構図を合わせるだけなら、純粋なメカ的手段があり、其の方がコンパクトかつ機能的にカメラを纏められる、と云うことは、ライカ系のカメラで立証されております。
しかし写真芸術的な観点、作画という観点からは感光材料と同じサイズのピントグラスで決めるのがベストなのでしょう。
デジの場合、感材であるCCD等が受ける信号を別に流して、目にくっつけて見るファインダー的に使うことも、背面等の液晶に撮影画面よりも大きく映し出すことも自由です。
問題は液晶画面はピントグラスに替わりうるか?~作画的な要求に対して~つまりレンズの一般的な性能だけでなく光学的な微妙な個性等(いわゆる味)までも、おなじように認識可能であるのか?
此の議論に関しては私は結論をもちません、経験不足です。
ですが、少なくとも一般的な機能に関しては、ピントグラスの果たしてきた機能を代換え出来ます。 それもカメラ設計のレイアウト的な制約無しに。
こうした結果、いわゆるミラーレス一眼が成立しました。 
このネーミングの分裂症的不適当さは別として、写し取る物を大きく、且つ絞りの深さやなんかのレンズの特性を確かめながら撮影できると言うことに関しては、ローライ並と言っていいでしょうし、更に明るいところでも見やすく進歩してきた関係上、目は前を見たままでその場の全体の雰囲気を感じ取りつつ必要な部分を切り取るという、今までには出来なかった新しい創造的手法も使えます。
ただ直視ファインダー的な使い方、余分なものが目に入らず構図に集中でき、カメラの保持も確実であるような形にはなりません。 しかし此の点に関してもワイア一本でファインダー状アクセサリにデータを送って直視できるようにするのは簡単なことで、そう言う対応をしている機種もあります。
現在此の流れはオリンパスが首唱したフォーサーズ乃至マイクロフォーサーズ規格に従ったオリンパスペンとパナソニックのルミックスがあり、相当な人気を得ているようですが、画面サイズが小さいという問題があります。
そこへ同じアイデアのCサイズ機としてソニーNEXシリーズが割り込んだ形ですが、今のところ直視ファインダー的アクセサリーはありません。 

(カタログ表紙より借用)_dsc5485

さりながらレンズ交換が出来る高性能機、と云う意味でミラーレス一眼というジャンルがあるとすれば、センサーが解像度だけではなく、一定以上の大きさ、この場合は今やデジ一眼の標準サイズであるCサイズを用いていることが、次世代カメラの(主流になりうる)一形式としての”ミラーレス一眼”の必須要件になるのではないでしょうか。

此の形式は何しろコンパクトであるという点で絶対的な強みを持ちますが、しかしやはりガッチリと構えてきちんとした構図を定めて映像を切り取りたい、という要望は残ると思います。
先に述べたように目の前に広がる森羅万象の中から或る一定の対称を切りだす、と云う作業に両目で全体を見渡しながら液晶画面に映るものを切り取る、と云う今まで出来なかった、且つ極めて本質的な創作方法を採ることが可能であるという半面、在来型一眼レフのような形式が持つ確実さ等が求められた場合、どうなのかなと云ったところが出てきます。 在来型一眼レフの形態そのものはやはりツールとしての一つの完成型ですし、単に保守的な顧客のからの支持もあるでしょう。
というわけで、NEXシリーズに続いてα55&33という新機種が出てきました。 

(写真のレンズはツアイスGTゾナーで、付属のものではありません。)

_dsc2044cs3cs3web_2

実は、「ありゃまたかいな、定期的な新製品の発表かいな」 と思っていたのですが、サンプル機を手にとって驚きました。
ソニー乃至ミノルタαが意識してやったのかどうかは別にして、此の二形式の新型機は相まって完全にフイルムとおさらばした新時代のカメラの祖型になりうるもの~~と感じたからです。
α55&33は相当にコンパクトではありますが、外形的には全く在来型の一眼レフで、マウントはαそのもの、当然在来の多くのシステムアクセサリなども装着できるはずです。 
そしてレンズの真上後方にある接眼部から覗いてピントや構図を定めます。 つまり一眼レフそのものです。

_dsc2049cs3cs3web_2

が、実は此のカメラ、ミラーレス一眼ではなくて、ピントグラスレス一眼だった!

ミラーはあります。(後述) しかし上方へ反射した映像を捉えているのはピントグラスではなくて、AFセンサー。 これは350以後の”真の”ライブビユー機構を組み込んだα一眼レフと同じ発想ですが、アイピースから覗いて見ている像は素子、カタログに依れば0.46型 1.44mドット相当の画素数のものです。 其の結果視野率100%のファインダーに水準器やグリッドライン、或いは自在な拡大像を見ることなど電子的にでなければやり難いものを多数組み込んでいる優れものとなり、ピントグラス時代に理想とされながら最高級機でも100%は実現しなかった夢の機能を持つファインダー、と言ってもいいものになっています。
アイピースとの間に光路は無く、従って在来のペンタプリズムよりコンパクトな感じですが、そんなことよりも此のカメラ、ミラーは固定されていて動きません。
これは今に始まったものではなく、かつてキャノンがペリクルミラーと称して実用化したこともある半透過ミラーですが、撮影映像は真っ直ぐ正面の撮像用CMOSセンサーへ向かい、一部が上方へ反射してTTL位相差検出式のAFセンサーに至ります。
一眼レフの宿命であるミラーの上下運動が無くなり、おまけにフイルムを巻き上げる動作もない。 動くのはシャッターだけなので、つまりは全くのサイレント且つ無振動。
その結果何が出て来たのか、というと、約500gの非常に小型軽量ボデイと、10駒/秒で最大39駒という、プロ用一桁機にもない高性能連写です。
この数字はカタログ上でのことですが、実機を触ってみると、それは全く在来一眼レフ乃至全てのカメラとは異なった印象として出てきました。 
外形は在来の一眼と同じですからホールド性は完璧な上、軽量コンパクトさと相まって撮影動作を始めても連続するシャッター音以外は何の手応えも動作感も無し。 見ようによっては高級感0、玩具的とも言えます。
でも今までにない感覚で、写真を撮る、と云うことの代償に払ってきた従来のものは一体何だったのか。 正直そう感じもし、これこそ真のツール、目と手の延長の道具そのものだ、という感想にもなりました。
もちろん現今のα一眼と同じように”真の”ライブビユー機能も持っているうえに、更にミラーの振動が無くなった関係上、ファインダーを見ずにバックの液晶モニター(此が又見よい)で上下左右にカメラを振り回してスナップすることなども、今まで考えられなかった態勢や視点で自在に出来ます。 (因みにNEXシリ-ズでも頑なに変えなかった、縦位置ライブビユーが不可能という不思議なメカも今回改善しています。)

結論として此の新規発売の二つの形式のαカメラ、これこそデジタル時代に適応した新しいカメラのスタイルを指し示している・・・のでは無かろうか。
正直そう感じた次第で、これが此の文章を書きだした動機です。
何のことはない最後は我田引水のα提灯記事的になり、カメらコレくしょんの記事としても異質ではありましたが、歴史を踏まえ、未来に関する展望を述べた!?大論文を終わります。

追記 1:
オスカー・バルナックたらんとする動きはリコーにもあります。 GXRと言うシステムです。
其の志は壮としますし、製品として実現した実行力には大いに敬意を表します。 今の日本の製造業に欠けつつある美点ですから。
ただ、具体的な方法論となると、全く私には評価、同意出来ないところがある辺りが残念です。
追記 2:
此の2機種を含め、今回の話題に絡むカメラは皆動画撮影機能を持っています。 それもオマケ的にではなく、相当な性能を持ってるようです。
ただ私は三次元映像である写真と四次元(時の経過を含む)映像である動画は本質的に違うものと思っています。 これは単なる観念ではなく、若いときに多少8mm映画も囓った関係からの体験です。 従って動画関係についてはすべてこの”評論”の外にあります。
追記3:
其のオマケ的機能ですが、

Dsc00346cs3cs3web

連写機能を生かしたパノラマです。
これは結局デジカメのバッファや演算能力に余裕が出来てきた結果、或いは動画を併設できる余裕の副産物と云うことでしょう。 シャッターボタンを押したまま左から右へ振ると云う、お遊び以上のものではありませんが、一つの象徴的な仕組みですね。

≪    写真機史~大層な大論文:ピントグラス

京都植物園:10/09/06・日本の森1    ≫

注: メカに付いて認識不足の箇所(ペンタ部)があり、7日夜時点で表現を多少改めたところがあります。      (このカメラにプラナー1.4/85mmつけてウツシテみたい!)

2010年9月 6日 (月)

写真機史~大層な大論文:ピントグラス

物凄いタイトルです。 それだけの値打ちがある歴史的大論文です。
(とうとうクルタな) (ショウミや!) 

このカメらコレくしょんなる頁、手持ちのガラクタをネタにしてゴチャゴチャとカメラ数寄、メカ好きの駄文を並べているものですが、なにがしカメラ発達史的な纏まり方もしています。
一眼レフから初めて35mmレンズ交換カメラ、二眼レフ、いまは”変な奴”というサブテーマですが、未だ此の後も続けるつもりで、*ハーフ判とミニカメラ、*レンズシャターシステム35mm&一眼レフ、*限定生産機と大衆機、*OldManと4カテゴリーくらい続ける気で居ます。
(カメラは保ってもオッサン保たへんのとちゃう?)・・・・(ヤメテ!)
処でこの”歴史”はすべてフイルム機の話ですが、いまやデジタルという大命題が此処にあります。 
私自身は08年10月にα900にシステムチェンジして~本当の話はお金が足らないのでα9システムを手放して~脱フイルム宣言をしたのですが、わたしの世代ではたぶん相当な異端だろうと思います。
まぁいわば背水の陣でもあるのですが、実は半世紀前にライカのB&Wで写真を始めて暗室作業を経験し、現役時代には本業に真面目に励んでいて、実用上はネガスイルムを使用。 リバーサルフイルムというものをちゃんと理解し身につけていない、と云うハンデイを背負っており、1/3絞りのセッティングで勝負、シャターした瞬間に全てが決まる、と云う世界に馴染みが薄いのです。
簡単に云えば作品は暗室で作るもの~つまり後処理が大事~今はそれが明るいところで出来る~と云った発想の方が性にあって居る、と云うような処もあるのです。
と、言うことが背景にありますが、フイルムか、デジタルか、と云うような議論を今更するのが、この大論文?!の趣旨ではありません。 もっと大ききな、時代を画す!?ようなお話をしたいと思っています。~~(最終的にはあるカメラの提灯持ちに終わるかも知れへんけども)

そもそも写真機というものは暗箱を通ってくるレンズの光を集約して画像として写し取るもの。
最初はそこに磨りガラスを置いて映像を見ピントを合わせ、感光材料に置き換えてシャッターしました。 ダゲレオタイプの湿板から始まって乾板カメラの時代です。 
其の後連続して写真を撮るためにロールフイルムというものが出来、フレームとピントはメカニカルな手段で押さえるようになりました。  その代表がライカとローライフレックス。
これはつまり光学ファインダーで構図を、レンジファインダーでピントを、と云う全くのメカに頼り、その代わりに軽便性や高速連写を実現する方向(ライカ)と、それらはやはりピントグラスに写す像で決めて本来の写真の質を生かし、その為に幾つかの不便さは我慢する(ローライ)、という二つの流れです。
(下:ライカのデッドコピー機の一つ、ミノルタ35)

Minolta35_2

ライカの軽快さ、利便性というものは圧倒的な魅力で写真の可能性を大きく広げました。 一方ロールフイルムを使いながらピントグラスでピントと構図を見るために撮影レンズと同じものをもう一つ載せているローライ、つまり二眼レフは、大きさ重さは兎も角、撮影レンズとビユーレンズが別なために起こるパララックス(視差)の問題が宿命的に有り、またレンズ交換が大変、と云った問題がありました。
(下:ローライタイプの二眼レフミノルタオートコード)

Ac_2

そこで中をとったような形の一眼レフが出てくるのですが、こちらはレンズと感材の間にミラーを置き、45度上方にピントグラスを置いて、撮影するときにはミラーを跳ね上げる構造です。 画像がより直接的に観察できるのはいいのですが、シャターボタンを押してから実際にシャターが動くまでの間にミラーが上下するなどの複雑な動作が必要なせいで、時間的パララックスが生じますし、またライカ版のような正方形でない画面の場合は縦位置では事実上使えないと言ったような欠点が出てきます。
それらの問題を全て解決したのは、ピントグラスの上に光路を曲げて後方へ送る五角形のプリズム~ペンタプリズムを載せ、且つミラーの上下とシャッターの動きを連動化したクイックリターン機構を搭載したアサヒペンタックスで、丁度戦後復興期の日本の製造業の熟成と相まって、自今カメラのスタンダードになり、且つ日本のカメラが世界を席巻する元にもなったと言えるでしょう。
(此処で一寸した自慢。 私は此の形式の優位性をいち早く認識したので、発売直後に入手して自今主力機として愛用してきました)

Pentax

 (上:世界初の完成型35mm一眼レフ アサヒペンタックス&ペンタックスK)

さてハードの方は基本的に完成して次の飛躍はオートフォーカスの実現でしたが、何れにしても”作画”と云う観点からは、感光材料に転写されるレンズからの光の状態を出来る限りそのままに目に捉えるためにピントグラスと云うものに頼るという、写真機が誕生して以来の手段~それだけ本質的な手段を用いています。
そして感光材料としてのフイルム以外に電子的な画像の留め方、CCDとかCMOSとか、そう言ったような物~~
(白状しますが、私は感覚的に捉えどころのないエレキ関係がどうしても馴染めなくて、フイルムの替わりに置かれたそれがどう言ったものなのか、なんかアルファベットの記号が並んでるだけ、と云う以上には全く理解出来ていない、ということです)~~が現れると、フイルムをそれを置き換えた一眼レフが現れ、そして主流になりました。
此処で指摘しておきたいのは成果品の残し方で、片方が化け学的手段で一枚の”もの”の形にして留めるのに対して、もう一方はエレキ的方法で”データ”として集積する、と云う違いにあります。


此処から本論に入ります。  (~どくしゃはここで皆にげはる)

現今の一眼レフはカメラとして完成形です。 これ以上の飛躍はありそうにありません。 構築された膨大なシステムなどの遺産に縛られていると言うことも含めて、フイルムというものを前提として進歩してきた過去を背負い込んで動けなくなっても居ます。 
もうフイルム室も巻き取りスプールもゲートも要らないのに、外形に関してはまったく変わらない辺りもそのせいでしょう。
私は少し前から声を大にして言っているのですが、  (ち~ともキコエてへんでぇ)
それは 
  「今こそ、オスカー・バルナック出でよ。 カメラの歴史に設計者としての名を残せ!」 
 (イウことがデカイやろ?)
と云うことです。
つまり今やカメラ設計というものの大転換が必要なとき、そして技術的ベースとしてもその機が熟してきたとき、過去のしがらみを離れて全く新しい構想で写真機というものを再構築するべき時、つまり新しい時代のライカが生み出されるべき時だ、と云うことです。
映像を視覚的の固定する方法として、ピントグラスに写る映像即ち固定化されるべき映像を直接に目で確かめる。 これが一眼レフのポイントですが、そうしたデリケートな画像或いは映像美と云ったものとは別に、もっと一瞬を切り取って固定したい、と云う要求もあり、それがライカのような純粋のメカに頼る機材の存在理由でもあるのでしょう。
ところでこのピントグラスなるもの。 
そのもの自体も進歩し研究され尽くして、レンズのもつ極めてデリケートな性能、高性能をもリアルに映し出される、従って撮影映像を確定するのにこれ以上のものはあり得ない。・・・・多分写真をきちんと極めた方は、こう言われるのだろうと思います。 
尤も私のように生来の乱視ではその辺が実感できないところがあって、早い話がα900にはAF微調整機能があり、具体的に使用するレンズ箇々のピント位置を微調整して登録できますが、私の目では全くついていけません。
とは言っても実際に撮影するレンズの映像を直接見る、と云うことにはライカのレンジファインダーとは全く違った優位性があることは間違いありません。
ではピントグラス以外にそういった手段は無いのか? 
今までは無かったと思います。 
処がデジタルの場合、感光材料自体が電子的なものですから、写るものと同じものを見る手段は幾らでもあります。
物凄く具体的、或いは愚劣な話、コンパクトデジカメ、いや携帯電話さえも背面の液晶画面で其の要求を処理しています。
「何で一眼レフは後ろの液晶でピント合わせやなんかが出来ないの?」  
これがデジタル一眼レフを最初に手にしたときの多くの方の反応だったと思います。 「今はそれ出来るよ」 と云う答が二大メーカー始め各社から帰ってきましょうが、実際にはフイルム一眼のメカを引きずって居る関係上、はっきり言えば間に合わせの実用性の低い機構である、と云うのがα系を除いて全てに言えることです。
この辺りで少し旗幟を鮮明にしておきましょう。 
此の大論文は非常に高尚な、カメラの歴史と未来に渡る大変革について論じているのですが、この先話を進めると急に不偏不党性を失います。 簡単に云えばミノルタαと其の後継であるソニーαの提灯持ち的な面が出てきます。
具体的に言って、最近流行の”いわゆる”ミラーレス一眼の一種であるαEマウントのNEX5&3、そしてこの10日に発売になる在来のαマウント一眼レフα55&33という2タイプの新しいカメラによるソニーα(=ミノルタの伝統と技術を下敷きにした)シリーズの構成が意味するもの、の、考察、と云う形になっていきます。
 (ナンヤ、きゅうにハナシのレベルがおちたな)  (ここでダレも読まなくなる)

は、ともかく、余り長くなるのでこの辺で明日に繋ぎます。
 (まだノルマ氏の呪縛イキテるんかいな) 

≪    本日休業:10/09/05

写真機史~大層な大論文:NEX&α55    ≫

2010年6月14日 (月)

我田引水:その2

我田引水が続きます。 
とにかくコダック社、あるいはアメリカという社会がか?は、しょっちゅうこんな新型の感材と専用機材、それ用のシステムを出して居て、かつ結局は長続きせず生き残れないのですが、この「我が機材には我が消耗品を」と言う、言うなればビズネスモデルは今も厳然と存在し、典型的な例がインクジェットプリンターとインキの関係でしょう。 
そして最近になっても未だカメラとフイルムの新規格を作って顧客を取り込もうとする動きが散発します。

_dsc0612cs3

 147番  「セコ」 「実用?」   キャノン EOS IXE (左)  APSシステム一眼レフ 
ボデイNO 9615419   装着レンズはCanonZoomLENS EF 28-80mm 1:3.5-5.6 Ⅱ
実は最近店頭ゴミ箱から救出した機械の一つです。 最早フイルムの供給が怪しくなってきたせいでしょう、完動品でスペック的にも操作感も最近のEosフイルム一眼レフ機と同じレベルで、一回り小型軽量という美点もあるのにボデイのみ¥3000でした。 その辺にあった同時代のレンズをくっつけて遊んで、画面に写ったフイルムが既に三本目。 結構楽しませて貰いましたが、でも道楽はもうこの辺で終わりでしょうね。
 
 175番  「セコ」 「コレクション}  Canonflex RP (右・参考) 
此も救出機に類するもので、時代的には数十年の差があるオールマニュアル時代の標準的一眼レフの一つ。 スピゴットマウントという、キャノン一眼が最初に採用した独自マウントの底部レバー巻き上げ機なのですが、これも一応完動。  APS機と従来機のボデイサイズの差を示す為に並べたのですが、カメラアングルが不適当で、此の写真では余りよくわかりません。
ただAPS機のボデイサイズ、ことにペンタの出っ張りの少なさはそれなりに良いものです。 このままデジ化したら?・・・・今でもいけるかも?

まだ耳新しいAPSフイルム~そらそうですわ、大きな店では未だ売ってますもん~の功績はCサイズと言う名をデジタル世界のCCDに引き継いで残したことか も知れません。 いまは35mmフルサイズ機もいますが、今後ともデジ一眼の標準サイズはAPSーCから来たCサイズなのでしょう。 そして今回のテーマの我田引水傾向がデジになっても続いている一例は、より小さなCCDのフォーサーズやマイクロフォーサーズシステムの策定にも見られま す。
この”我がシステム”開発の努力自体は素晴らしいことだと思い、肯定しますが、現今のコマーシャルにある、”ミラーレス一眼”というのはいったい何なんで しょう。
日本語の言葉の意味的にも完全に分裂症的表現だと思うのですが、これはレンズ交換式コンデジ、というべきものではないのでしょうか?

此処にあげた以外にも小西六~さくらフイルムが出した、コニレットと言う裏紙付き35mm判(の耳穴がないもの)大衆機がありました。 
戦後の”ものの無い”時代に、35ミリフイルムの耳穴部分が”勿体ない”という感覚もあって、其の部分も有効画面に取り込んだものですが、蛇腹式のプラスチックボデイでそれなりに善く写り、カメラ本体は現在でも時折中古市場で見かけます。
ただ何故か御縁が無くて、残念ながら我がコレクションには居りませんので、今回は割愛です。

≪     我田引水: その1

とりあえず隼:時空・2010/06/13・日本    ≫

2010年6月13日 (日)

我田引水:その1

カメラコレくしょんカテゴリでの”変わった奴”シリ-ズで我田引水~我が田に水を引く~ 
あんまりカメラの話題とは関係なさそうな諺ですが、そうとも言えません。
現在実用上入手可能なロールフイルムは35mmとブロニー判。  ついこの間までベスト判というのが東欧の何処かで細ぼそと命脈を保っていたようですが、事実上絶滅です。
このフイルム達には記号番号が付けられていて、それはそれぞれ135、120,127です。
この内135フイルム、つまりライカ版はもともとが映画用のフイルムを流用してその二駒を横に使って一齣としたものなので一寸事情が違いますが、120と127は遮光用の裏紙と一緒にフイルムが巻軸(スプール)に巻かれている基本構造は同じです。
120ブロニー判フイルムはもう1世紀以上の歴史を保っていて、127はベスト判といい、どちらもそのフイルムを最初に採用したカメラの名を取っていますが、要するにワールドワイドな規格として長年世界中で愛用されたものです。
ところでこの数字は何か? 
実はロールフイルムの規格というものは実に多種多様でした。
世界一のフイルムメーカーを自認したコダックがあるとき管理上の都合からそれらの規格に片っ端から(かどうかは知りませんが)整理番号を付けたのが生きている、つまりこれらの番号の間に挟まった多くの番号のフイルム規格が実在していたのです。
では何故そんなに色々なフイルムがあったのか?
お待たせしました、やっとこさ、我田引水になります。
(あんたなぁ、だいたい此の文章じたいがガデンインスイやで)(うるさい)
フイルムカメラの草創期、世界中の多くのメーカーが我こそ、此こそ理想のカメラ、世界基準になるべき機械だ、と、精魂込めたカメラを設計制作して世に出しました。
理想のカメラには当然理想のフイルムが使用されるべきでした。 と、言った次第でカメラ毎に違うフイルム規格が提案創出される状況が生まれます。
ただし今の説明は純粋な技術屋職人的動機を語っていますが、此は一方では売った製品が使用する消耗品も我が社オンリーに囲い込もうとする儲け主義とも繋がっています。
つまり我田引水、此の東洋の諺ピッタリの事象なんです。
しかしながらVHS対ベータ、近くはブルーレイの場合のように此は困った結果をもたらします。
何もかも大が小を飲み込んで、画一化してしまう世の中の風潮には基本的に反対ですが、フイルムなんかに関しては群雄割拠は困ります。
と言うことで現在は135と120という、キャラが違う二つの規格のみが存在し、せいぜい220という120フイルムと外形上の規格は全く同じでいて裏紙が始めと終わりにしかない為に、倍の枚数撮れる変種がある程度です。
そう言った中でシステムそのものを開発し、かつ何故か頓挫して折角作った新形式のカメラ何百台かがお蔵になると言う悲劇的なお話は既に これぞ幻! でして来ました。
そこ迄ではなく天下のコダックが現実に発売し、ある程度は売れたのですが、結局は”独りよがり”に終わった、”変わった奴”の一例を挙げましょう。

コダックのディスクカメラ。
カートリッジに入れた円盤状のフイルムを回転させて撮影する大衆機。 と言うか、ドイツや日本の感覚ではオモカメ~オモチャカメラに毛の生えたものですが、DPシステムを含め、我が社に囲い込む目的にはピッタリの新機構でした。

_dsc0602cs3

174番 「セコ」 「コレクション} KODAK disk8000 (左)  76番 々 4000 (右)
アメリカのカメラらしく、レンズの名称はおろか明るさ焦点距離、シャッター速度などの(一般ユーザーには不要な)スペックは何処にも書いてありません。  左の8000が最高級機?で、金色!をした前板にはグリップをかねた前蓋が被さっていて、写真ではそれが開いて撮影態勢です。 前蓋には時計がついており、カメラは山マークの∞と、人形マークの近距離が切り替え可能(近距離はアップ用の凸レンズとファインダーのパララックス補正カバーが繰り出される仕組み)自動発光のストロボとセルフタイマー付き。 写真は商品販売時のスタイルで立派なアクリルショウケースに入り、フイルムが同梱された形で店頭に並んでいたわけです。
フイルムの形状は右上の化粧箱上に乗ったようなもので、円盤状のカートリッジに見えている四角い窓がフイルムの露光面。 真ん中の丸い軸を中心にシャター一回毎に一齣分回転します。 動力の電池はカメラ封入式でユーザーは触れられませんが、今でも働いては居ます。 ISO200の円盤状のフイルムには8.2*10.6mmの画が15枚撮れますが、もちろん其の現像プリント自体も我がシステム専用のものと言うわけです。
右下は4000の裏蓋を開いた状態を示していて中は8000も同じです。 4000は普及機で、スライド式のレンズカバーを開いてシャッターボタンを押すだけで、その他一切触るところは無く、レンズやシャッターボタン、ストロボの配置などは8000と同様、表面が銀色をしています。

(我田引水続く)

≪    御田植祭:上賀茂神社2010

我田引水: その2    ≫

2009年7月 7日 (火)

変な奴?・・・ではなく、真面目な話

minolta V3

変な奴シリーズが続きますが、今回のは見たところちっとも変じゃない?  なんかの試合でミノルタが3連勝でもしたことがあるの?
だったら、結構変な話ですが・・・・  実はこれミノルタの中級35mmレンジファインダーカメラの中にあったVシリーズの3番目です。
二眼レフブームが終わったあと、ライカタイプまでは行かない一般的なカメラとしては、露出計内蔵~乃至AEのレンジファインダー式レンズシャッターカメラの時代になりました。
セレン露光計をレンズの周りに巻いたAEのはしり、キャノネットなどがその代表ですが、ミノルタにはハイマチックという対抗馬が居ました。
これが宇宙船フレンドシップ7~ソ連のスプートニク(1957/10/4)に対抗して10ヶ月遅れで打ち上げられた~に搭載されたことから、その改良型(cds露光計付き)にハイマチック7というネーミングを与えてヒットし、以降7はミノルタのラッキーナンバーとして中堅製品のシンボルになったのです。
今日のV3は機構的にはハイマチックと同類で、カメラグレードとしても大同小異、一つ前にはV2という先行機が居た・・・・・
~~何にも変わったことはないじゃないの。

Web_dsc8040psl

 66番 「セコ」 「コレクション」  ミノルタV3
ボデイNO 106791  ロッコールPF 1:1.8  f=45mm  1104756  最短撮影距離0.8m   最小絞22  
オプチパーHSシチズン  B、1,2,4,8,15,30,60,125,500,1000,2000,3000
MX接点切り替えドイツ接点  V(セルフ)  レバー巻き上げ(2回)クランク巻き戻し  
パララックッス連動補正付きブライトフレームレンジファインダー    追針式セレン単独露出計EV1.7~20.5 (ASA10~1600)

わかりましたか? この変わったスペック。  
空前絶後と言ってもいい、1/1000、1/2000,1/3000 のレンズシャッター。

「それがなんやね」  「なんぼでもあるがな」

しょうがないので、少し説教しましょう。 但し坊主ではありませんから、少々いい加減なことを言うかも知れない点はご容赦を・・・
そもそもカメラのシャッターは大別してフォーカルプレイン(焦点面)式とレンズシャッターがあります。
シャッターはレンズの光学系内、光が集まる点に組み込まれるのが理想で、レンズ内に絞りと並んで設けられ、何枚かで構成された羽根が中心から開いて行ってまた閉じるのが、レンズシャッターです。
それに対してフイルム乃至CCDの直前に置かれて縦または横にスリットが走るのがフォーカルプレインで、レンズ交換をするライカタイプや一眼レフカメラに用いられます。
シャッター開閉速度の調節ですが、この場合は走るシャッター幕の速度と間隔で調節します。 スローシャッターの場合は先幕が走り終わって全開状態になった後暫くして後幕が走りだし、高速になると先幕後幕が少しの透き間を空けて一緒に走る、と言ったような具合です。
走らせる速度には技術的な限界がありますが、隙間を詰めれば容易に高速シャッターが得られます。
ただし厳密に言うと写った被写体に左右(または上下)の時差が生じます。  写した自動車が走った方向によって実際より短くなったり長くなったりして写るのです。
またフラッシュは先幕も後幕も画面上に居ない全開している間に光らさねば、画面に露光ムラを生じます。
これがシンクロ速度の上限で、最高シャッター速度より低くなります。 
低速シンクロで松明の炎が後ろに曳くように写す、後幕シンクロとか言う設定があるのも同じ原理からです。
それに対してレンズ光学系内で中心から周囲へと開閉するレンズシャッターにはこれらの問題がありません。
特に全速度でシンクロが出来る(原理的に照明ムラが生じない)という理由から、ハッセルブラードのようなスタジオ作業も多い大型プロユースカメラでは、レンズ交換式でも各レンズにレンズシャターを組み込んでいるのです。
ところがレンズシャッターの泣き所は最高速度にありました。
レンズシャッターは羽根を開閉するバネの力だけによって速度を変えます。 一般に1/25辺りが基準で、バネを段々締め上げ、1/500ではバネをもう一本追加するなどして、この辺りが限界だったのです。
ドイツのコンパーシャッターにも出来ない、それをなんとかやってやろうじゃないか~~、 
技術屋魂と技術屋馬鹿が一緒くたになってトライしました。  シチズンシャッターとミノルタがタッグになって、そしてやってのけました。  
始めは1/2000まで、これがV2。 1/3000迄至ったのが、V3です。
但し此の技術的突破には、些かカンニング的要素があります。
f=1.8の大口径レンズですが、1/2000ではf=4、 1/3000ではf=8以上の明るい方が使えないのです。
1/1000まではバネの力など在来の方法を極めて速度を上げたのですが、その先は些かインチキで、シャッター羽根が全開せずに途中まで行って戻ってくる。
その途中というのが絞りに換算すると、f=4、f=8の位置になる。 つまりシャッターが絞りの役目も兼ねてしまうのです。
もちろんそれよりも絞った場合は絞りの方が働いてきますが、此のシャッター速度では限界以上に絞りを開けても意味がない。
これは絞りそのものを止めてしまってシャッターにその役目もさせ、簡易化されたフルAEメカを目指そうという考え方の試行錯誤の一環でもあったのですが、結果的には単なる”変わった奴”で終わったようでした。

注: シャッターボタンの上に乗っかって居るのは、汎用品の水準器です。 また赤いフイルターは白黒フイルム時代にあった、赤外線フイルム用のものです。

追記:

昨日カメラ屋さん(京都のフオトステーションムツミ)で冷やかしていたら、フジのGF670という新製品がありました。
本来私なんかが泣いて喜ぶブロニー判フォールデイングカメラのリバイバルです。
基本的には6*7または6*6版でレンジファインダー付き絞り優先AE 蛇腹カメラ。 
但しどうもいけません。 テイスト的に合わないのです。 簡単に言うと古き良き此の形式のカメラのいいとこがない。 なんだって畳んだ時前蓋があんなに出っ張るの? なんて言っている内に不思議なことに気がつきました。
此の記事で書いた通りのちゃんとしたレンズシャッターが、フジノンf=80mm 1:3.5を抱き込んで蛇腹の先端に付いている。 絞りリングも(当然)そこにある。 なのにシャッタースピードのダイアルが無い!~~それはフイルム巻き上げノブ反対側のボデイ上にある!
ジョーシキが混乱して蛇腹の横に繋がってあるであろうボデイとシャターを繋ぐロッドやなんかを探しました。
笑われました。 
レンズシャッターには違いないが電子制御、メカは要らない・・・のでした。
此のブログの文章の存在理由が失われてしまったような気がしてきてがっかりです。

2009年2月25日 (水)

びゅうん~~ッ

「 びゅうん~~ッ!」

今日の”変な奴”は其の名の通り、正式に名乗れば ”フジ カルディア ビューン16”と言う、いわゆるオモカメ~オモチャカメラの一種です。
と、書いてしまうには、少々本気なところもないではない。 しかしやっぱり生まれ性からしてお遊びカメラ。
写真をご覧になって、「何じゃ此れ」 
そうなんです、パッケージにゴルフボールが3個、同梱されている。

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109番 「新」 「コレクション」 フジ カルディア ビューン16  50803710
フジノン1:9.5 f=27mm 8列2段16眼レンズ 
16連ロータリーシャッター1/250  (ステッピングモーター使用)
撮影条件: 晴天iso100 薄曇iso400 曇iso800 カラーネガフイルム使用
フジ迫力ビジョン(HV)指定DPで、独自の専用プリント仕上げ
撮影モード 16連写ノーマル2.5sec/16コマ ファースト1.5sec/16コマ
ほかに15+1齣撮影 1齣撮影 セルフタイマー、三脚穴つき
電池 CR123A*2

カメラとしてはF=1:9.5の単玉レンズで固定シャタースピード、露光調製は専ら天候に合わせてフイルム感度を選ぶという、全くのオモチャカメラですが、16個のレンズ(ちゃんとフジノンを名乗ってる!)を上下二段に八個ずつ並べて16枚の連写をするのが専門のカメラです。
ゴルフボール三個(ピナクルゴールド)がついてきて、値札は25000円。
手に入れた時が幾らだったか記録していませんが、保証書には今は無き名門河原写真機店阪急三番街店のハンコがあって、日付は14,6,26とあります。
つまり高度成長華やかなりし頃のゴルフコンペの一等賞品かなんかを想定したパッケージで、売れ残ってたたき売りをしていたのを此の”変な奴”が手に入れて、そのままモスポールしていた。
つまり全く真面目に扱われたことの無い”可哀想な奴”でもあるのです。
たった一つの目的、つまりゴルフスイングの分解写真を撮るために生まれた奴ですが、それなりにちゃんとしていて、ファインダーには二重のブライトフレームがあり、外側では全体構図を、内側は被写体であるゴルファーを一杯に入れて決めるようになっていて、16眼のレンズカバーを閉じるとちゃんと赤い指標が現れるようになっています。
撮影モードとしては連写の高速低速のほかに、4組16人のコンペの全員が撮れますよ、という一齣取りモードや、15齣連写して最後の一枚は一齣撮りの記念写真にするというモードまで持っています。
但しプリント仕上げは特殊処理で、35ミリフイルム2齣分に上下二段16枚撮り込んだものを一枚のプリントに仕上げると言う、勿論フジのラボでしかできません。
私自身些か馬鹿にしてそのままにしていたのと、入手したとき果たして此の”迫力ビジョン”プリントが出来たかどうかも怪しいと言う訳で、残念ながら実写プリントがありません。

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ビューン16はフジがラボのシステムまで組み込んで作った、大まじめなオモチャカメラですが、同じ趣旨の完全な玩具が一台我がコレクションに紛れ込んでいます。
4眼の此はまったく同じ発想で同じ目的の為に作られた品物で、ports35と銘打たれた台湾製です。

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スプロケットで一齣巻き上げてゼンマイを巻き、シャッターを切ると、「びゅ~~ん」と、四つのレンズのシャターが順次切れます。
一つの穴がレンズの前を回転する仕組みです。
画像はフイルム一齣分ですから、もしその気になればこれは今でも撮影が可能、ということになりますね。

 


2009年2月 4日 (水)

植える田~稔る田

目下”変な奴”の連載中ですが、一寸割り込みです。

久しぶりに楽しい話題が出てきました。
この頃お祭り現場でお会いするカメラマンN氏が、此のカテゴリをご覧になって意気投合し、京都のお祭りにご一緒するようになりました。
彼は京都にロングステイしての取材中ですが、ひょんなことから、こんなカメラがある、貰ってくれるか、と言う話になりました。
いやしくもカメラですから、ただ貰うわけには行きませんが、大体私のコレクションは原資0での集合体だと言うことは既にご承知の上でのお申し出でした。
まあそれから色々あって、如何にも京都風なお礼をして、わたくし方にやってきたのが此のカメラです。

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172番  「セコ」  「コレクション」   ウエルタ・ウエルチ

Stelnbell  muncben (これは花文字で書いてあります) Cassar  1:2.9   f=5cm   No 483639     絞り 2.9   4    5.6   8   11  16   
COMPUR    A454115      B   1  2  5  10  25  50  100   300
前玉回転  最短撮影距離 1.2m-(概ね1mか)
自動巻止め  二重撮影防止
筒形光学式ファインダー付き35mmフォールディングカメラ

ファインダーは前側にヒンジがあって後方下部にバネが仕込んであり、ロックを外すとお尻が持ち上がって近距離パララックス補正が可能。
フイルム巻き上げは写真下部前寄りにあるボタンを押すことで巻き上げのロックが外れ、ノブを巻くとスプールの力でフイルムが巻かれてフイルムの耳穴がスプロケットを回し、一齣分巻かれたことを検知してストップします。 
シャッターチャージは単独で行いますが、ボデイレリーズなのでシャターを切るとシャッターボタンがロックされ、フイルムを巻かないと解除されません。


ご覧のように蛇腹のクラシックカメラ、それもブロニーやベスト版フイルム使用ではなく、35mmです。
作ったのはドイツのウエルタ。 1938年発売と言いますから昭和13年、第二次大戦直前です。
当時はライカやコンタックス、ローライ、フォクトレンデルと言ったドイツカメラの全盛期で、蛇腹の35mmカメラには名機コダックレチナがありますが、これも実はドイツコダックのものでした。
ウエルタという会社はツアイス・イコン等と同じくドレスデンにあって、もう一つのバルダというメーカーと共に押しも押されもせぬ二級メーカーでありました。
但しその基準でものを言えば、アメリカのカメラは三級品で、わが国産機は六桜舎~小西六を除いて四級品と言ったところだったでしょう。

二級メーカーというのは些か言いすぎですが、この辺りのメーカーのコンセプトはしっかりした普及品を生産供給すると言うことにあるようで、ツアイスなどの何も言うことのない技術屋天国的設計とは一線を画した実質的な製品が主でした。
フイルムの巻き上げ方などもその一例で二重撮影防止は完全ですが、ボタンを押してフイルムを巻く動作そのものはシャッターと関係がありませんので、撮影しないで無駄送りをする失敗は、やれば幾らでも出来る構造です。
ライカなどのようにフイルムはスプロケットで送り、スプールはただ廻っているだけと言うのよりも直接的で簡単、但し精度は少し?と言うものですから、特にアメリカのカメラに多いもので、それをウエルタがやっているとは知りませんでした。
でもさすがにドイツらしくかっちりとした作りです。
そのほか折り畳み式二眼レフなどと言うニッチ的製品も作ったりして、その技術力は高いものであったのです。

ところで此のウエルタという名前、何処かでひっかかりませんか?
かってレオタックス、とかニッカというカメラがありました。  
何れもバルナックライカのデッドコピーですが、もちろんコンタックス、ライカのネーミングをもじり、あやかっているのです。
そして今や世界に冠たるニコンとは、つまりはニホンのツアイス・イコンでありたい、と言う願望から始まっています。

そうなんです、稔る田は植える田に繋がっているのです。

 

2008年10月24日 (金)

αSLR・Dの系譜-その3

タイトルとは少し離れますが、新しいαフルサイズデジタル用レンズの切れ味です。
受け止めるボデイはα900。
どのみちWeb上は72dpiの世界ですから、こんなことやっても意味はありません。
ましてやブログ作りに2461万画素は狂気の沙汰でナンセンスの見本です。
ですが、やっぱり凄いです。
フイルムで言えば6*7か4*5”位の実力らしいです。
A3ノビ以上の作品を作ったことのない者にはやっぱりオーバースペック。
でもブログ用のメチャ撮りに馴れてしまった今日この頃、原点に返ってがっちり写す修練をするのも良いのかも。

因みにデータは350dpiで出てきました。

Dsc09494web

Carl Zeiss   Vario Sonner  2.8/2.4-70    70mm側     f4  1/160   iso200

元データ 4032*6048pix   350dpi   69.8M   web上 533*800pix   72dpi

Dsc09496web

Sony  4.5-5.6/70-300 G    70mm側      f5   1/125   iso200

元データ など 上記と同じ

Dsc09494t100web_4

Carl Zeiss   Vario Sonner  2.8/2.4-70      70mm     f4  1/160   iso200

元データを64倍に拡大

Dsc09496t100web_2

Sony  4.5-5.6/70-300 G     70mm    f5   1/125   iso200

元データを64倍に拡大

2008年10月23日 (木)

αSLR・Dの系譜-その2

もの扱いされず、ご主人様の愛着も薄いデジカメでしたが、時代の流れか、ついに我が家にもDSLRが現れました・・・・さすがに帳面には載っていて137番となっていますが、実はこれ、ハッセルの番号なんです。
ハッセルと交換の形でうちに来たので、その台帳上の番号を襲ったのですが、此を皮切りにデジタル時代の実戦配備機は全て何かの生贄の上に存在するようになりました。 リタイア老人の現実のしからしめるところです。
(それがなんで福老なんてなのるンヤ?)(福がタランのや)
このコニカミノルタαスイートDですが、ミノルタがやっと一人前のDSLRとして参戦したα7Dと殆ど同じ性能で、価格的に納得がいく水準まで来た。
と言うことが導入の動機で、もちろんαであればおおよそのシステム一式は整っている、と言うことが最大のポイントになります。
但しレンズは7Dと同時に出たフルサイズ対応の17~35mm F=2.8。
Cサイズと言えども広角側は24mm程度は欲しいと言うことで無理をしたのです。
結構活躍して当初のB#96505344号機はへたってしまい、保証期間内とて丸ごと交換されたのは00520095号機。
どうやら内部留保の量産試作機みたいな番号ですが、此が現在も居て、新デジタル空母機動部隊の二番艦として位置づけられます。
旗艦との性能的落差が大きいのですが、結局この角張った形にKONICAMINOLTAの看板がいつまでも生き残る原動力になっています。

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写真は現在の標準装備です。 軽空母機動部隊として余りしゃちこばらないところに出没する構えで、20mm(換算30Mm)f=2.8をつけ、50mm(換算75mm)f=2.8マクロを従えた、単レンズ編成。 勿論αマウント機2台編成が要求される、いざというときには、サブレンズを装着して働くのが任務です。

では現在只今の旗艦はと言うと、α700。 
こちらは一応カールツアイス Vゾナー16~80/3.5~4.5を着けていて、このレンズはさすがの描写力です。
システムのサブのレンズとしては主にアポ100~300/4.5~5.6、それに100マクロや1.4の50mm辺りの古強者が控えています。

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Pict8498cs3_2

このカメラ、カタログスペックには必要にして充分な全てが並んでいるだけで、目立ったアッピールポイントがなく商品として花が無いのが問題でしょう。
(ボデイ内手ブレ補正は今更でもありません)
だが最大の特徴はその操作性の良さにあって、実際に使えば放せなくなります。
先ず小振りでバランスよく、操作点が良く練られた配置にあって、縦グリップを着ければ縦横とも全く同じの操作感で味わえます。
撮影モード選択はダイヤル、一番日常的な露光補正、ISO、WB,、ドライブモードの設定は単体ボタンで選び、ファインダー内又は背面液晶で確認すると言うダイレクトでシンプルなやり方のなのですが、そのほかに全ての機能と設定が背面のジョイステイックと液晶画面の表示で瞬時に行え、極めて明快なので普段余り使わない機能を使うときなども迷うこともなく扱えて、勿論説明書を持って歩く必要などありません(実際問題として持っていないと真価が発揮できない機体のなんと多いことか)
そしてこの辺りは全て900にも引き継がれていてより洗練されており、ほんの少し大きく重くなる他はフルサイズ2460万画素の中判カメラ並の高性能を支えます。

此処へ来るまでの間にはα100が居て、一年間フルに働き約二万五千枚撮りましたが、700の下取りになってしまいました。
今やデジタルSLRに愛着がないのではなく、現実の厳しさでそうならざるを得ないのに過ぎません。
そのくせ、次の話に心だけは動かされています。
α900は 10/23が発売日ですが、前日の時代祭に試用機が借りられるので、お祭りを写すと共にその実写フイーリングなどを速報したいと思って居て、それがこの特別編の存在理由の一つにもなっています。

                ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昨日書いたとおり、ネームプレートがマスクされたカメラを持って京都御苑の南よりへ、時代祭に行ってきました。
応天門正面のカメラマンが集まるところを一寸彷徨いてみましたが、α900と気がついた者はなし。
子供っぽい期待は外れましたが、もっと大きく外れたのは天候の方で、京都あたりは夜まで持つはずが、織豊時代が終わる頃からポツポツと来て、室町時代では本降りに近く、当ブログの今年の時代祭は超短編になりそうです。

それはそれとしてお約束の写真、特急アップをしておきましょう。

SONY  α900  フルサイズ2450万画素 視野率100% 優れた操作性とインテリジェントプレビユーなどを搭載。 実勢価格328000円

_dsc9248cs3_3  

祭が始まる前の九条池です。
厳島神社の京都三奇鳥居が見えています。

50mm  iso200  f=5.6  1/80

ZEISS Vario-Sonner  2.8/24-70


平安時代、最初の征夷大将軍坂上田村麿麾下の武将です。

210mm  iso1600  f=5.6  1/250

MINOLTA ApoTele  4.5-5.6/100-300

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2008年10月22日 (水)

αSLR・Dの系譜-その1

さて、”もの権”を無視された連中の名誉回復なんですが、改めて愕然としました。
記録も写真も、そして記憶にさえも曖昧なのがいるのです。
複数居るのですが、はっきりしないところもあり・・・さっさと下取りに出されてしまったのもあり・・・・
(つまり、デンキヤのモンは人格やない物格をみとめていなんだんですわ)
いまさら悔やんでもしょうがないので、せいぜい成仏するように祈って、DSLR以前のデジカメ達を振り返ります。

(多分)一番古くて且つしっかりしているのが、キョーセラのDA-1。
此は今も居て、平成9年9月にうちに来ています。
その頃京都にマスセールスの大規模店に対抗して、安売り競争を仕掛けていた個人商店(カメラ屋さん)がありました。
流通のニッチやそのほか、あの手この手で仕入れてきた大抵の物はダントツに安かったので、よく行ったのですが、そこに出ていたのです。
希望小売価格10万円超のところ、¥19800(もちろん新品で複数在庫しました)
  「デジとか言うものナンヤいな」、と言った程度の気持ちで手にしました。
京都のキョーセラ、先端企業です。
ヤシカを抱き込んでコンタックスブランドを使うようになったのは83年、カメラから撤退したのは05年ですから、丁度真ん中辺りの元気のいい頃です。
何故か知りませんが、見切られて叩き売られていました。
カメラとしての作りは、すごくいいです。  
惚れ惚れするほどかっちり作られた、これぞ高級精密機械、と言った感じのダイキャストボデイは、上品なカーブと色彩に包まれていて、ものつくりの土性骨が入って居り、性能的にはバカチョンクラスですが、カメラの出来はコンタックス級です。
B#009718 KYOSERA LENZS f=8.4mm 1:3.2付き   前面のスライド蓋を下げるとレンズとファインダーが現れ、1/3"CCDで27万画素! 私がこの特別号を書こうと思い立ったα900に較べれば二桁下です。
そして面白いのはメディアで、 ”裏蓋を開けて” マイクロフロッピイデスクを入れます。(写真後方)  電池は123A*2。 

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此に前後して、実にコニカのデシカメを手に入れています。  今も居れば国宝的珍品だったでしょうが、その頃私はウインドウズ3.1で、95でないと対応していないようなので、すぐ返品してしまいました。
小西六さんは素直に応じて販売店に引き取るように指示しましたが、此は街の電気屋さんの特売でした。
でっかいフツーのカメラの格好をしていたと思います。

そして大分経ってから、つまり当頁が立ち上がった四年前頃はこのカテゴリ当初に出てくるミノルタデマージュXgとニコンクールピックス990が実戦機として活動し、デマージュの方はその屈折光学系を生かしたコンパクトさで今も実戦配備中です。
但し990は依り小さいクールピックスS10にその座を譲っています。
このニコン独自のスイバル(液晶面とレンズ部との間が回転する)機構は、実はお祭りカメラとして~つまり群衆の後ろからハイアングルで撮るため~用のサブとして今も生きているのです。 (α300~350 あるで!)
一時990はデジタルの主力艦として其のシステム?一式を備えていました。
W、T、コンバータ、外付けストロボなど。  未だデジタル一眼の時代ではなかった(私のところでは)のです。

その間に又たたき売り見切り品が転がり込みました。
ニコンクールピックス100 です。  ニコンデジタルの記念すべき1号機?なんですが、商品として在庫したものが僅かの年月で時代遅れになるデジの悲劇で、ムツミ堂のデジ専門店寺町店でイベントの目玉にされたのです。  確か10000円
100年持っていたら、ニコンがその100倍で買いに来るかも?

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ご覧のような変わった形、此はグリップであり電池ケース(単3*4)である下の部分を引っこ抜くと、PCカードTYPEⅡが現れて、そのままノートパソコンの横っ腹から差し込み接続出来ると言う、ユニーク且つ簡易で便利なシステムを取っているからです。
カメラ主体部は右写真上部の一塊りが全てで、
1/3"CCD33万画素、1Mの内蔵メモリにJPGFineで21枚撮り、単レンズ、単焦点(マクロ切り替えのみ有り)ファインダーとストロボ、セルフ付き、上部に小さな液晶表示があるのが全てと言う極めてさっぱりした内容で、97年年初の発売です。 
持ち運び等にはいいのですが、実写性能は最悪で、10人の団体を撮ったら顔の判別が付かない~まではいかないか。

こうした中で、下取りに出されてしまったクールピックス980や、名前も覚えていないリコー製のカメラが何台か居て、なかで実用的には重宝し評価したのが、これ又一寸変わった形のリコーRDC-7です。
寸法的にW135*D74*H27mm位の出っ張りのない長方形で、携行姓は抜群。光学系をD方向に納めて居て、ビデオカメラのような回転する液晶を持ち、縦位置ではグリップしてファインダ又は液晶を見る片手写しが標準、横位置では水平に構えて何れの場合でも自由に回転する液晶が自由な撮影位置を保証し、ファインダーも見やすくて、シャッターボタンも縦用横用の二つあります。

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B#107947  RICOH ZOOMLENS f=7.3~21.9mm  1:2..6~3..4    1/1.8”CCD 334万画素 スマートメディア  専用電池使用 リモコン&インターバル撮影機能付き 2000年6月発売

使い勝手に癖があり、品物として多少出来の悪いところもありましたますが、特に写真を撮るぞ!と言うことでなく、サラリーマンがビズネス用に常時携帯す る、等というのは最適で(録音もできるし)現役であったその頃は重宝していました。

(なんていうて、しごとにカメラもっていきよりますにゃ)

私んとこのデジタル紀元前後、歴史の始まりの闇?を自身で整理するのが目的のこの長大駄文を終わります。
本論のDSLRについて、このあと少し続ける予定です。


        ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Pict8515cs3cs3wb 10/22 追記

今日10月22日は時代祭、ノルマとしては当然出向かねばなりません。

一寸したことで予定が変わり、右写真の器材で行くことになりました。
ネームプレートにマスクをしたのは私ではありません。
おおやけには明日23日の発売日以降でないと街に居ないはずのボデイだからと言うことで、メーカーさんの仕業です。
撮影結果を提示する約束で借用です。
時代祭を纏めてアップするのは少し先になりましょうが、出来れば明日一、二枚でも結果をアップしたいと思っています。

(そやけど、ち~ともかわらへんで・・・・きっと) 
(あんまりホンマのこというな!)

2008年10月21日 (火)

αSLR・Dの系譜-その0

カメラコレクションカテゴリは目下”変な奴”を特集中ですが、一寸割り込みです。
αSLR.・Dの系譜とはアルファの一眼レフ つまりミノルタの血脈、そのD即ちデジタルに関しての特別編です。
いま何んで? それは後ほどとして、私自身AF時代に入ってからは、その先駆者であるミノルタのαでやってきました。
ミノルタはAF第一世代のα9000の時から、システムとしてデジタルバックを装着することを目指し、実際に発売もしましたが、実用的なものとは言えなかったようです。
ですが現在でも実現していないこうしたもの迄を含めた、そのシステム構想の雄大さ、先進性は絶賛されるべきものだろうと思います。
ミノルタという会社は時々やりすぎ空回りを起こす、まことに愛すべき会社だったんですが、そのせいか、R、G、Bを三つのCCDで分担する3CCDカメラなんぞという、回り道ばかり多くて、商売ではデジタル時代に些か乗り遅れていました。
それかあらぬか、私も一眼レフ、つまり主力艦のデジタル化は結構遅かったのです。
デジタル時代の始まり頃は自身も未だ現役でしたから、冷やかし的に (ちゃう!せんしんてき、しんぽてきに、や!) 単体デジカメを触ったことはありますが、あくまでサブ.。
退職し健康に問題を抱え、それでブログを始めた頃、やっとその為の実戦機というものを持つようにはなりました。
それがこのカテゴリ始めの方のページに出てくる、ニコンクールピックス990 と、デイマージュXg とです。
そして時移り (おおげさなひょうげんやな) 機は熟して、SLRのD化がわたくし方でも始まりました。
第一号はミノルタαスイートD。
ところが肝心のミノルタと言う もの作りやさんは、ホ-ルデイングスとやらいう金持ちやさんに名門小西六と諸共に乗っ取られてしまい、カメラ屋は儲けが薄いからと売り飛ばされてしまいます。~~〔今日この頃の金融資本主義の終わりの始まり??にあたって、このやり方は将来どうなるんでしょうね。~~やっぱり”世にないものを世につくりだす” ものつくりやが、だいじなんとちゃいますかな〕 
ただし、幸いなことに、世界のソニーが拾ってくれました。
ホンダと並ぶ、敗戦国日本のサクセスストーリーの主役。 ものつくり屋さんの星が、です。

で、やっと本論に入って、解題です。
この23日、目下の処のハイエンドが世に送られます。
(あくまで目下のところ、らしいですよ、これでおわりじゃない。)
ソニーα900。
私は提灯持ちやコマーシャルは打たない主義ですが、一寸そうした傾きも容認してこの話題をブログネタにしようと思い、かつ此をしおに私の連合艦隊の中で、アウトサイダーとして冷や飯を食わしていたDの連中にその場所を与える。
つまり大艦巨砲主義に完全に決別して、空母機動部隊編成に衣替えをする。
と言う決断をしたわけです。
(ほんまはだいぶまえから、ウチにフイルムはおまへんにゃけどな)
と、言うことでαのDのSLRに関して、このカテゴリの中にその場を設けようと言うのが、主題です。

(そら、ええけど、なんで、その0 なんや?)

今言ったようにデジタルカメラは、私のような先進的な人間でも(ホンキでいってよりまっせ)冷や飯を食わしていて、メカカメラはどんなに壊れていてもつまらん奴でも我が家に集まり、かつ出て行くことはないのに、デジは簡単に手放され、リストアップさえされていませんでした。
つまり”もの”として一段格下で、人権じゃない物権を無視されていたのです。
今回デジタルに天下を譲るに当たり、デジタル一眼レフ以前の我が非正規軍を見直し、その辺りを再整理してみようと言うことで、”その1”として書き始めたのですが、この長広舌。
優に一回分の適量を超えてしまったので、急遽αの元祖、9000を登場させて、本日は〆ようと言うことに変更した、と言うことなのです。

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100番  「新」  「実用」  ミノルタ α9000 
B#72204508  縦走りメタルフォーカルプレイン(電子制御) B 1/4000~30sec
撮影モード P  M  A  S    中央部重点測光、スポット測光、 オートフォーカス EV2~19(iso100)  フイルム感度ISO6~6400(自動感度設定) 各種表示は上部ダイアル内の小さな円形液晶及びファインダー内  ペンタ固定、スクリーン交換可(アキュートマット)視野率94% レバー巻き上げ巻き戻し 電池単3*2 裏蓋交換可能

世界初の実用オートフォーカス機として発売され、一世を風靡したα7000の上級機として同時開発されました。(発売は後)
ミノルタとしてはライカRの手本になったX-1以来のハイエンド機で、作りの良さ、レスポンスの確実さは今でも絶対の信頼感を与えます。
最初にして最後の手巻きAF機ですが、モータードライブMD90(最速5齣/秒)を備えています。 尚このカメラの巻き戻しレバーの構造は数多あるカメラの工夫の中でも最も秀逸なものではないかと思います。 
写真では50mmf1.4を付け、ボデイ底面にある接点からのコードレス専用ブラケットCG1000上にプログラムフラッシユ4000AFを載せています。 
余談ですがストラップはα伝統の縦吊りになっています。
巻戻しレバーの辺りと、フイルムゲートに設けられた10箇の電子接点~一般的にはプログラムバックスーパーなる露光の演算機能等まで積み込んだ液晶パネル付きのデジタルシステムバックを取り付けるのですが、デジタル撮影バックの取り付けまでも睨んだもの~、及びモードラの裏側など(此もミノルタ伝統の縦位置シャッターボタンが設けられています)は、もう一枚の写真でご覧下さい。


明日は”その1” 
デジタル紀元前後のガラクタ、つまり物扱いされず、カメラコレクションに正規に登録もされていなかった連中の復権です。

 

2008年10月 1日 (水)

Canonである!

Canon

カンノンカメラから始まって、今や我が国のトップカメラメーカー、即ち世界のトップ。
そこに至る道程に関しては、敗戦国日本の再生、サクセスストーリイそのもので、ソニー、ホンダなどと並ぶ物作り王国の代表者です。
〜〜もっともお隣の大国に脅かされる上に、少々大会社病に冒されている嫌いのある今日この頃ですが。

そのキャノンが長い歴史の中で、少しばかり脱線して見せたカメラを二つ並べてみましょう。
何れも大衆機ですが、格好で、「どや、これ」 (かんさいべんはみのるたやで)
と、言ってる見たいなお遊びです。



 39番 「セコ」 「コレクション」 キャノン ダイアル35
ボデイNo 303468 Canon Lenz SE 28mm 1:2.8 最小絞り22 最短撮影距離0.8m 自動巻連写35mmハーフ版カメラ

連写に強い、と云うことはカメラの持つ付加価値を高めます。
高級機はアクセサリーとしてピストルグリップやモータードライブなどを持ちますが、専業?のカメラも戦前からありました。
ドイツの35mmスクエア版、ロボットが代表で、これは予め手巻きで巻いたゼンマイを動力にして連写するものですが、昭和38年にキャノンがハーフ版のゼンマイ巻き連写カメラを出しました。
それが此のダイアル35です。
ネーミングの由来は見ての通り、電話機のダイアルに似たレンズ回りの格好です。
10箇並んだ小さいレンズは露光計の調節用で、このダイヤル?を回して使用するフイルム感度に合わせると、CDSの正面にその感度に合ったレンズが回って来てAEが制御されます。
飛び出している円筒は内部にゼンマイを内蔵していて、これを一杯に巻き上げて置いてシャッターすると、自動的に連写が可能、と云うわけです。
実は此の機体、ジャンク置き場から救出した物で、肝心のゼンマイがいかれています。
メモを見ると、発売当時¥13800,ケース¥1000,
手に入れたのは20年後の昭和58年で¥1000でした。



 138番 「セコ」 「コレクション」 キャノン オートボーイジェット
ボデイNo 2109187 Canon Zoom Lenz 35-105mm 1:2.8-6.6
ズームストロボ パワーズーム リモコン付き AFAE自動巻35mmカメラ

時代は変わって、約30年後、キャノンが展開していた大衆機オートボーイの中に変種が出現しました。
目指している事に似たところはありますが、動力源は既にバッテリー(2CR5)の時代、そしてAFAEは当然として、ズームもパワー、セルフタイマーではなくリモコン、(受信窓がピョコンと上に飛び出して。四周へ回転するようになってます)デートはもちろん5種類のキャプションが焼き込める等、お遊び一杯。
基本的な形態はパワーズームレンズの単体のお尻に自動巻連写機能有りのフイルム室をくっつけた物で、秀逸なのはレンズキャップを開くとその裏がオートズームストロボになっている、と云う点です。
結果として小型軽量ではありませんが、35mm一眼レフのズームレンズだけ持って歩いているような感覚で、ホールド性や携行性は悪くありません。
レンズのみが歩いているような此のカメラ独自の機能は、何と反射ファインダーを持っていることで、直視ファインダーの光路を切り替えて上面から覗いて構図を決められます。

 
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2008年9月10日 (水)

私のカメラは左利き〜:サムライ達

さむらい~侍~サムライ~武士

色んなイメージが涌きます。  でもカメラの名前にはどうにも結びつかないのですが。

ところが京セラがそれをやりました。 ユニークなカメラで、それなりに存在価値はあると思いますが、ネーミングはやっぱり???です。

京セラ、京都セラミック、京都の瀬戸物屋さんではなく、今をときめく先端技術の大会社。
確かに京都にでかい本社を構えて居られますが、我々との接点はカメラです。
それも一時はバルナックタイプのレンジファインダーカメラなどを出し、二眼、一眼レフでも一方の雄だったヤシカを吸収して、ツアイス(を名乗る)高級レンズとコンタックス(を名乗る)高級カメラを売りにしたハイソ路線を突っ走ったユニークな会社です。

当ブログは京都発であり、このページはマニアックカメラコレクションを標榜していますから、ここぞと長広舌を吐くか、と言うところなんですが、いかんせん当コレクションは原資0でカメラで有りさえすればなんでも寄っといで・・・と言うキャラなもんですから、今言った高級路線にはとんと縁がありません。
ツアイス(を名乗る)レンズの話はほかでお聞き頂くとして、
(~ちょう、まて! いまツアイス(をなのる)レンズつこうてるやないか!)
あれは、一寸ラインが違いまして、ソニー系列で実はミノルタ製。~~うそ、でたらめ、不確実情報・・・・・・

本論に戻ります。  (かってにせい)

 左: X3.0

 中: 4000ix

 右: Z2L (レフテイ) 

 

 


121番「新」「コレクション」 京セラ SAMURAI X3.0 (赤)  171967 
kyocera ZooM LENS f=3.5-4.3  Date付き35mmハーフサイズカメラ  電池リチュウム2CR5 

155番「新」「コレクション」 京セラ SAMURAI 4000ix  (ブルーパール) 123178
KYOUCERA ZOOM LENS f=30mm-120mm(f4.5~9.9) 3sec~1/500
撮影距離 0.6~無限 リチュウムCA123*1 ワイアレスリモコン付き APSカメラ  

168番「セコ」「コレクション」京セラ サムライ Z2L Left hand type
016961 Kyocera 3XZOOMLens f=25mm-75mm 1:4.0-5.6
Date付き35mmハーフサイズカメラ 電池リチュウム2CR5 

SAMURAIシリーズの共通コンセプトは、ワンハンドカメラ、と言うことに尽きます。
つまり両手で構えるのでなく、片手だけで構えて撮影できること、 多分ビデオカメラなんかに触発された形なんでしょうが、片手だけで写せる、と言うことはそれなりのメリット、使用環境によっては絶対的なメリットがあることでしょう。
その考え方の延長上にあるのが、ここにあるZ2Lのような左手用、つまり標準製品と全く同機能で居て全く”裏返し”に作られた、と言う、考えようによっては変わった奴のチャンピオンの誕生ということになるわけです。
因みにZ2Lは最初のX3.0を小型化したものですが、此の左手用は最初から設定されていました。
普通の型の場合、右掌をビデオカメラのようなハンドストラップに通して握ると、人差し指が自然にシャターボタンの所へ行き、ボデイの形状は握った時の他の指の位置に合わせて両側面が凹んでいます。
大きなX3.0の場合、電動ズームボタンの操作は上から被せる形で左手を添えますが、小さく改良されたZ2Lの場合はズームボタンもシャッターボタンの横にあって完全なワンハンド撮影が可能です。
私は右利きですが、実際上此のカメラを使うメリットはレフテイの方にある。 つまり利き手で何か他の作業をしながら左手で映像記録をする。 と言う使い方にあると思っています。
X3.0はハーフサイズにしては大きすぎるのが欠点ですが、1988年のカメラグランプリを獲得していて、その記念モデルというのが専用のグリップとケース付きのキットで販売され、その売れ残りが私のところへ来たものです。 尚このカメラはレンズ回りとボタン類に色がついて居て、赤のほかに緑ともう一色あったと思います。
APSカメラである4000iXは使い勝手から言うと最も此のコンセプト向きなんでしょうが、APSシステムそのものが長続きせず、使われなくなってからの新品たたき売りで、私のところにやってきました。(そんなのばっか、なんです。うちは) 

実は此のシリーズにはもう一つ、腹違いの弟が居ました。
腹違い・・つまりデジカメなんです。
此のコンセプトを引き継いだもので、大きさはフイルムの末弟くらい。 画素数は覚えていませんが今の水準から言ったら物の数ではなかったでしょう。
これもある時あるところで叩き売りをしていましたので、此のシリーズコレクションを完成するべく買い込もうかと思ったのですが、買いそびれました。
先立つものは兎も角、格好がどうも良くない、つまりコンセプトは同じなんですが、デザインに直線的な雰囲気が混じって、此の侍達のようになんか一癖ありながら何処か格好を気にしてる~その意味ではサムライである連中と、一寸反りが合わない別種のスタイルを感じたせいでした。
でも今こういう風にして並べると、やはり居るべきだったなぁ、と思います。
因みに今のところ未だデジカメ類はコレクションとして成立していませんし、そう言う覚悟もありません。~なんとなく現役から落伍したのは何台か居ますが・・・

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2008年7月29日 (火)

ブログ移転のお知らせ

こちらのブログは、下記のURLに移転いたしました。

http://sango-kc.blog.eonet.jp/

2008年6月24日 (火)

スケスケの矛盾

ムジュン 矛盾、と言う言葉があります。
普通に会話でも使いますが、字に書くと結構難しい。
〜〜私なんかもワープロだから平気で使っていますが、手で書けと言われたら〜やっぱり止め。
で、その言葉の意味は兎も角、字義ですが、読んで字の如く、ホコ矛と、タテ盾。
昔、中国で武器商人が王様のところに売り込みに来た。
いわゆる死の商人という奴ですね。

売り込みの口上に曰く、
「此の盾は如何なる矛を以てしても破る事は出来ません」
次に矛を取りだして曰く、
「此の矛は如何なる盾でも突き破ります」

何を講釈しているのかというと、
「フイルムは絶対に暗い所でしか扱ってはいけません」
と云う大原則に反して、世の中にはトーメイ、透明なボデイを持ったカメラが存在するからです。
Muzyun1

正面左下のレバーを横に引くと、レンズキヤップがスライドして全ての機能が動き出します。
半分埋め込まれたストロボは必要なとき自動で90度回って立ち上がります


裏蓋とフイルム室は勿論遮光された普通のプラスチックですが、何故か電池室は囲われています。
その他は全部すけすけ、メカが動くのが見えて楽しいです。

127番 「新」 「コレクション」 リコー FF-9SD Limited

ボデイNo 03383/20000  Ricoh Lenz 1:3.5 f=35mm  
自動巻揚巻戻し35mmカメラ AF,AE ストロボ、デート、セルフタイマー付き
電源CR−P2(6Vリチュウムの小さい方) スライド式のレンズキャップ(この場合これも半透明)で電源入り切り

リコーのFF−9SDと云う、プラスチックボデイの極めて標準的な大衆実用機、大きさも性能も価格も手ごろ、と言う事は何にも特徴がないが、何にも文句を言うことのない、極めていい子である機体をベースに、リコーの皆さんが遊んだ?同業他社の鼻をあかした?ものです。
そしてLimitedを名乗っているのは全世界限定20000台、国内販売2000台の限定生産である、と云うことで、透明なボデイ前面右下に
The Limited Edition Fully Automatic See Thru 35mm Panoramic Camera
と書いてあります。
パノラミックというのは一時流行った焦点面にマスクを入れて横長写真が撮れる〜ファインダーにも表示がある〜と云うものです。
裏蓋は不透明で、勿論フイルム室は囲われていますが、天地左右正面から見ると内蔵物のメカや配線が全部透けてみえます。
勿論フイルムを入れて、ちゃんと写す事が可能です。


ところで、もっと極端な奴も居ます。
こいつは母体自身が、とても変な奴。
缶カメラと称して、性能的にはオモカメ〜おもちゃカメラですが、缶ビールの格好をしていて寸法も同じよう、仲間に赤い缶のコカコーラが居ましたが、好評に付きバリエーションが出ました。
その中になんと透明な奴が居たのです。
Muzyun2
外観的には、よく見ると平らに埋め込まれたシャッターボタンとストロボスイッチがありますが、殆ど判らず、ファインダー部を引き起こす手がかり(麒麟の麒の字の横)の凹みが僅かに判るくらいです。

145番(麒麟ビール)147番(透明) 「新」 「コレクション」 トイカメラ
f=10 単玉 単速シャツター ストロボ付き(電源単3*1) 
35mmフイルム使用(焦点面は単玉レンズに対応して湾曲しています) 

おもちゃカメラですが、なかなか良くできていて、畳んだ状態では全く缶ビールです。
僅かにある手掛かりから引き起こすと、左のようにファインダーとストロボ部が立ち上がり、レンズが現れます。
缶の蓋のギザギザを持って回してフイルムを巻きます。
秀逸なのは巻き戻しで、飲むために缶を開ける時のプルアップ部を引き起こすとギザギザの回転方向が逆になってフイルムが巻き戻せます。
透明の場合はさらにお遊びが激しくて、メカの歯車が五色になっていて華やかです。

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2008年1月25日 (金)

これぞ幻!

変な奴の第3弾、極め付きの変な奴です。
何しろ製造はされたものの、システムそのものがポシャって発売されなかった、と言う奴です。
その名は フォトクローム。
アグファアンスコのフオトクロームシステム(正確に言うと、になる筈であった)カメラです。

昭和40年頃の製品です。

10枚撮りのフイルムは下の長方形部分に装填し、レンズとの間には45度のミラーが入ります。
普通のカメラの焦点面像は逆像になるので、フイルムが即プリントになるカメラでは、こうした対策が必要になります。
露光計はレンズの廻りにリング状につくセレン。
キャノネットなどで一世を風靡したやり方ですが、絞りだけが変化する簡易なものです。
背中のメッキ部分はボタンを押すと持ち上がって、中にピーナッツ球の閃光電球が取り付けられます。 蓋の内側は鏡面で反射板になっていますが、此もこの頃良くあった手法です。
レンズ手前にあるのはファインダー。

背面から見ると、右に巻き上げノブ、左にファインダー接眼部が見えます。
レンズ右にある白いのがシャッターボタンで、大きなスライド式蓋はフラッシュ用の電池ボックス。(単3*2)


下は裏蓋を明けたところ。 なかのミラーが見えます。
一応三脚穴も用意されています。

43番 「新」 「コレクション」 フオトクローム

フオトカラー105mm f=4.5 レンズno271726 目測式焦点合わせ前玉回転 無限〜5feet  セレン露光計によるAE 
シャター 1/30のみ  M3閃光球用ソケット(反射板付き) 
専用アンスコプリントンフイルム(6*9cm)10枚撮り 自動巻止め 

カメラのスペックとしては如何にもアメリカらしい簡単な、と言うよりも貧弱なもので、かつ図体は大きいです。
使用するアンスコプリントンフイルムというのは、ポジ〜ポジタイプ、つまり撮影した原版が現像すると直接ポジ印画として仕上がるタイプのフイルムでした。
ネガをもう一度焼く、と言うプロセスを無くす、と言う発想で、ポラロイドなどに似ています。
その為レンズからの結像を反転する必要があり、光学系としてはレンズ〜フイルム間にミラーを挿入しています。
その結果フイルム面とレンズが90度食い違うと言う、このような奇妙な外観になるわけです。
此の点もポラロイドと同じですが、こちらはロールフイルムを使うので、巻き上げノブを持っています。
此処まででも変わったカメラなのですが、此のカメラの最も”変な”事は、商品として発売されなかった、ということにつきます。
カメラ自体はUSAフオトクローム社が日本のペトリカメラに発注し、数百台が海を渡ったのですが、肝心のフオトクローム”システム”が完成しなかった。
どう言った事情があったのかは判りませんが、此のカメラ用のアンスコプリントンフイルムが結局供給されなかったのです。
まさしく幻のそのまた幻と言うべきカメラになってしまったのですが、此の完全に死んでしまったカメラの在庫がどこかから発掘されて里帰りし、物数寄の手に渡った、と言う次第です。

参考までにポラロイドを2機種。

左 SX70

右 スペクトラ

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2008年1月18日 (金)

濡れても〜現場監督

〜〜はじめに:
   当ブログはいつの間にか一日1アップがノルマ!になってしまいました。
そんな積もりでタイトルを付けたのでは無いのですが・・・
その上内容的に写真日記と此のカメラ狂のページが併存しています。
カテゴリ分けして、日記部分を毎日アップ、カメキチ部分は並列してアップ、と言うやり方でしたが、冬枯れでしんどくなりました。(実は一泊で旅行してます)
それで本日はカメキチ部分アップでノルマ達成と致しますので、京都の風物写真をご期待の向きには背を向けることに相成ります。
宜しく御斟酌の程を・・・

     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

変な奴の第二弾はそれほど変でもありません。

道路工事の現場でよく白板を立てて写真を撮っている姿を見かけます。
監理する役所に提出するためでしょうが、要するに指定された場所で指定された工事を何時何時行った、と言う記録でしょう。
一番固いことを言えば、役所の人が見に来て目で確認すべき事を、現場の数も多いしetcetcで、省略しているわけです。
写真の持つ記録性に絶対の信頼を置いているわけですが、この頁をお読みのカメラマンならどうやって誤魔化すかは簡単に思いつかれることでしょうし、場所を差し替えたり日時を誤魔化したりなら誰でも何時でもやれることです。
監理するお役人の方も所定の枚数写真が貼ってあれば中味なんぞ見ない・・迄言うと言いすぎになりますか。

さりながら工事現場の記録に写真は必須です。
セメントまみれの軍手で握って少しくらいの雨でも撮らねばならないものはある、野天の現場では当然そうなります。

あれはコニカでしたかね、はっきり工事現場用と謳った馬鹿チョンを出したのは。
そして何処かが”現場監督”という名のカメラを出しました。
その流れはデジタルの現在も受け継がれて、何機種か存在しているはずです。
(尤もデジになると、さっきから言っている嫌みがもっと激しくなります。
宴会に出ては居ない、同じ時刻に他の会合に出ていた、と某大臣が日時入りの写真を示すと、野党はそんなものどうにでも作れる、と応酬する・・・ついこないだのことでした)

脱線ばかりです。 今日のテーマは馬鹿チョンの進化の過程でで出てきたタフガイについてです。



65番 「新」 「コレクション」 HD−1 フジカ

ボデイno 2046861  フジノン1:2.8  38mm (3群4枚) 1/8~1/500 電子式プログラムシャッター
電源 LR44*2 
35mmAE、感度設定ASA64,100,200,400 距離目測式無限、3,1.5,1m(feet表示あり)にクリック付き シャッターロックレバー付き レバー巻き上げ巻き戻し
作動部分全て防水構造、レンズ部も保護硝子付き、裏蓋開閉は二重ロッキング 
専用ストロボ 光リレーによるシンクロ接点、スイッチオンでモード自動切替。

世界初の全天候カメラと称するプラスチック製の簡単カメラで、水中カメラではありませんが、汚れたら水洗いが可能。
黒の他にフイルド用のグリーンがありました。
此のフジノンレンズ、凄くシャープで操作性もよく、ストロボは勿論、フード、ストラップなど付属品も秀逸で、日常用としても結構なカメラなんですが、もうひとつ売れなかったようです。
一つには私が惚れ込んだ普通のカメラ離れした簡潔でいて美しく如何にもタフガイ、と言った外観が、此のクラスのユーザーに受け入れられなかったのでしょう。
直ぐにストロボ一体形の普通のカメラの格好をしたHD−Sと言うのに引き継がれてしまいました。
そのせいか発売4年後の昭和59年、新品のまま新宿の量販店で山積みされていたのを買ったものです。
実に定価の72%曳き、\12200でした。
元々セコ(23番)を持っていたので、使うのはこっちにして、丸ごと元封のままコレクションしました。
所がこの間この頁のために明けてみたら、なんとシャッターボタン及び巻き戻しクラッチボタンのシールゴムが溶解していて、今更部品も無かろうし修理不能と相成りました。
ストロボですが、側面にあるゴム製のシューにスライドさせて装着します。
本体との間には電気的な繋がりはなく、カメラ側の小さい窓から信号光が出て、それに正対しているストロボ側の受光窓が受けて発光する、他には余り無い機構です。
勿論防水性を確保するための工夫でしょう。
下の写真はストロボ装着時、巨大なラバーフードはフイルター枠もかねていて、受光部を覆いますからフイルター装着時の補正は不要。のっかっているのは専用のチェストハーネス。
走ってもカメラが振れないためのバンドです。
布製のストラップもなかなか具合良く、よく他のカメラのお供をします。


ついでですが、こうした防水性付与の動きの一種、”濡れてもピカソ”を乗せておきましょう。
ピカソと言うのはオリンパスのストロボ内蔵馬鹿チョンのネーミングですが、其れの”濡れても”良い奴、
ウオータープルーフでなくウオータープロテクションと言う腕時計の発想に刺激されて出来たのでしょう。
しっかりした作りで、それなりに便利に働きました。


99番 「新」 「実用」  ピカソAF−1 クオーツデート ”濡れてもピカソ”
#1524559  ズイコー35mm 1:2.8
電子式プログラムシャッター セルフタイマー、クオーツ
フイルム感度自動設定 ストロボ内蔵自動巻揚げ35mmAFAEカメラ
電池 リチュウム BR2P2P

注:
”マニアックカテゴリは、タイトルにある”マニアック”をクリックして下さい。
カメラ関係の記事(カメらコレくしょん)のみ連続して表示されます。

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2007年9月19日 (水)

水中カメラだぞ〜!

今回からは”変わり種”と言ったカテゴリでしょうか。
何しろカメラと名が付けば何でも集める、その中には当然こういった奴が混じります。
一寸変な奴。
どっか変な奴。
無茶苦茶変な奴。
何しろごちゃごちゃと、普通ではない奴、一芸に秀でた奴?を、暫く並べて見ようと思います。
一回目のこのタイトルは、実に平凡です。
ニコンの名機ニコノスかなんかが出てくるとお思いでしょうが、その辺り当ブログは素直ではありません。
負け惜しみを言うと、ニコノスの各タイプと地上、水中交換レンズ一式にストロボでも持っていれば、これぞコレクションでしょうが、貧乏人の代表(いばるな!)である、此のページではそうはいきません。


写真1(上)
写真2(下)

写真3(上)
写真4(下)

89番  「新」 「実用」  キャノン アクティ  AS−6

ボデイno119800  キャノンレンズ 35mm 1:4.5
(水中では 33.6mm相当) 
電源 単4電池2本
ブライトフレーム付の(陸上用)ファインダーを持つ、ストロボ内蔵型35m/mフイルム用AEカメラ、固定焦点、自動巻揚巻戻し。
つまりは普及型プラスチック製の馬鹿ちょんです。
ところが、

付属品
1:アクセサリベース AS
2:スポーツファインダー AS
3:ストラップ
4:レンズキャップ
5:スペアOリング
6:スペアパッキン
7:クローズアップレンズ AS
8:々用ケース
9:クローズアップフレームAS(地上用)
10:クローズアップロッドAS(水中用)
11:フイルムケース AS 
12:ソフトケース
13:システム用ウエストポーチ

以上一式希望小売価格46800円の所を、28100円で買いました。
昭和51年9月、京都のムツミ堂が三条店をメディックビルに建て替える売り尽くしバーゲンでです。
本体と付属品全てが、背景が水中光景になっているボードに格好良くレイアウトして張り付けてあって、全体が50cm*30cm*20cm位もあったでしょうか、透明ビニールカバーで密封包装された、従って手にとって弄ってみることは出来ない、言うならば玩具キット的なパッケージの商品でした。
多分、そう言った構えに対して5万円近く、と言うのが災いしたのか、残り物のたたき売りになったのでしょう。
私も半分冷やかし、何でも集める主義で、たまたま懐具合が良かったので買ってしまった。
持って帰ったはいいが、パッケージは前記のような物なので、明けたらバラバラになってもう元へ戻せない。
それでそのままフリーズドライコレクションにしていました。
所が平成9年ですから11年後、たまたまインドネシアの島々に旅する機会がありました。
クルーズって奴です。
そのツアーの中にコモド島のピンクビーチで云々と言うのがあり、絶海の孤島の超プライベートビーチでピンクの砂というのは珊瑚の粉。
余り泳げない私でも、潜らにゃなるめぇ。
で、はじめて出動とあいなりました。 

所が所がこの馬鹿チョン、飛んでもない優れ者だったのです。
先ずさっき書き並べた、合体モデルよろしきアクセサリー類ですが、
これ全て、本体も含めて比重が1以下。
つまり手から放しても沈まない!!。
カメラ自体は簡単でも、Oリングやパッキンは予備もちゃんとついていて、水密性は完璧。
私くらいがお遊びで潜るには、全く真面目に良く造ってあるのです。

写真1:
陸上用のベーシックな姿。
動かせる物はシャッターボタンとそのロックレバー。ストロボのオンオフスイッチだけ。
絞りと距離の調節はありません。
ストラップについているのはフイルムケース(2本用、勿論フイルムを入れた状態でも沈まない)と、ケースに入ったクローズアップレンズ。
裏蓋をあけるには、二段ヒンジのスライド式ロックレバーを曳きます。 バッテリケースはコインロックで締め付ける水密式。
写真2:
写真1にアクセサリベースを装着、これはゴムバンドで本体に固定され、上部にアクセサリーシュー、下部に三脚穴があります。 レンズキャップは本体にでもこちらにでもつけられて、填めるとファインダー視野を塞ぐ警告用の突起付き、そしてストラップの先に繋がれているので、失うことはありません。
上に載っているフレームが水中用ファインダー。 これが標準的な水中スタイルです。
写真3:
クローズアップロッドとレンズを装着。 陸上での接写用。
ロッドの先がピント位置で画面下端も示しています。 フレーミングはアバウト、水中用も陸上用もファインダーは当てになりません。
写真4:
水中用の接写スタイルです。 
フレームバーの先がピント位置で、囲われた範囲が写ります。
因みに付属の大きなウエストポーチは、これらシステム全部を入れて水の中を動くための物で、水抜き穴まであいているキャンバス製、勿論沈まない、色はシステムカラーの黄色というものです。

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2007年7月 2日 (月)

セミミノルタとミノルタセミ

セミ判カメラと言うのがありました。
ブロニー全判よりは後、二眼レフやシックス判よりは前、と言った時代の主流を占めたカメラです。
つまり戦前から戦後直ぐまでの間、ライカは既に登場していましたが、35mmフイルムはそれほど一般的ではありませんでした。
当時の白黒フイルムで35mmサイズと言うと、やはりそれなりの”腕”(と¥)が要求され、ファミリーユースには向きません。
結局ブロニー半裁(セミ=半分の意)16枚撮り辺りが、コストと性能の折り合いが一番良いことになりました。
揺籃期の国産カメラメーカーにとっても、手にあって居たのでしょう。
勿論当時は舶来上等で、国産は(自他共に認める)安物ではありました。
沢山のメーカーが生まれ、無くなりましたが、その中で抜きんでていたのは六桜社、後の小西六、つまりコニカです。
4枚玉のヘキサーはツアイスのテッサーに迫るもので、カメラの名はセミパール。
そして阪モンと悪口を言われながら、それに追随したのは大阪の浅沼商会、つまりミノルタです。
奇しくも両方が一緒になって、且つカメラから撤退してしまいました。
”もの作り”の精神よりも、何とかホールディングスの、0が幾つ残るかの勘定が優先するショウもない世の中になったわけです。

左:ミノルタセミP
右:セミミノルタ�型
(後期型)

70番 セミミノルタ�型 「セコ」 「コレクション」
セミ判(6*4.5cm)スプリング式フォールディングカメラ  ボディNO 無し
Coronar Nippon1:3.5f=75mm Nr76659
最短撮影距離1mr 前玉回転式ピント合わせ(目測)
CROWN TB510 25 50 100 200 常時セット式
折畳式光学ファインダー 赤窓式(一つ窓)フイルム巻き上げ
ボデイレリーズ アクセサリーシュー付き

聞いたことのない用語ばかり・・と云う向きもありましょうから蛇足を。
スプリング式フォールディングカメラ:
このカメラの一つ前までの蛇腹カメラは、前蓋を開けてレンズボードを摘んでレールの上に載せて引っぱり出しました。
ボタン一つ押すとバネの力で前蓋が開いて、レンズボードが自動的に所定の位置に来る〜此がスプリング式。
前玉回転式ピント合わせ:
通常レンズは無限遠を基準に設計されています。
近くにピントを合わせるには蛇腹を伸ばせば宜しい。
スプリング式で無いときは自然に出来たことが出来なくなりました。
今のカメラのような鏡胴をくっつけると畳み込めなくなりますし、第一コストが大変。
そこで最も簡単な方法として3枚乃至4枚の玉の一番前だけを繰り出すのが主流になりました。
此は繰り出し量は少ないのですが、レンズの構成を変えるので当然性能低下を招きます。
この難問を距離計連動という面を含めて解決する一つの(凄い)方法が、前回のマミヤシックスが行ったバックフオーカシングなのです。

112番 ミノルタセミP 「セコ」 「コレクション」
セミ判スプリング式フォールディングカメラ
NO 5466389
Promar.s� 1:3.5 f=75mm
NO137637 CHIYOKO  最短撮影距離1m
前玉回転式ピント合わせ (目測)
KONAN-FLICKER B 2 5 10 25 50 100 200
セットレバー付き コダック式シンクロ接点付き
固定式光学ファインダー  アクセサリーシュー付き
右手ボデイレリーズ

セミミノルタは発売が昭和15年、100円から185円
とメモがありました。
高い方はドイツのコンパーシャッターつきのようです。
全体として当時の標準的なものですが、アクセサリーシューがあるのは先進的?です。
此は別売りの単独距離計を装着することを目的としています。
そして面白いのはレンズに刻まれた文字の扱いです。
1: japanとせずにNIPPON
当時の国粋主義的高揚の世相を反映しています。
2: レンズの製造番号はNoでなく,Nr
カメラの先進国はドイツで、おまけに同盟国、英米は敵ですから、こうしたのかも。

そしてミノルタセミですが、此は戦後のもので、アメリカ規格のシンクロ接点を持っています。
そして幾つかのユニークというかへそ曲がりというか、自己主張をしています。
先ずネーミング、 一般に逆らってセミの字を後ろに持ってきました。 このカメラ以外はないはずです。
次にシャターを切るボデイレリーズ、
レンズシャッターのレバーを直接手で操作するのではなく、カメラを保持したままシャッターが切れるようロッドを介してボデイ側にシャターボタンを持ってくるのは早い頃からのトレンドでしたが、伝統的な向きの蓋を開けるとボデイシャターボタンは左手で押すことになります。
人は右利きが多いし、第一ライカは右手で切るじゃないの。
このカメラはファインダー毎反対側へ持っていって、右手で切るのを一つの売りにしていました。
もう一つ、細かいですが、この手のカメラには前蓋に起倒式の足がついています。
卓上に置くときのためのものですが、このカメラはわざわざ向きを変えて独特の形状にしています。
奇を衒っただけの詰まらないことですが、決算書の数字に一喜一憂するより、遙かに人間らしいと思うのですが。

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蛇腹カメラを終わって、次回から変わり種を拾います。

2007年4月28日 (土)

シックス判:マミヤとフジカ

此のカテゴリ、暫くアップをサボっていました。
その間にこのブログでは、二眼レフの”マミヤCシリーズ”の頁が、ブログ内アクセスベストテンに入ってきて、あれよあれよと云う間にNo4、累計830アクセス頂くようになりました。

二眼レフというのは今の方の関心が高いようで、殊に此のCシリーズは、言うなればシステム2眼ですから、十分今でも戦力になります。
大判のフイルムカメラを”修行”したい方には、打ってつけな所があるのでしょう。
それは良いのですが、昨日”二眼レフの中核(ミノルタオートコードRG)”の頁が、以前から居た”今宮さん2題”(〜今宮神社の焙り餅や何かの記事ですが〜)に入れ替わって10位に入ってきました。
643アクセスです。
ただ1位は不動で”大徳寺聚光院”と言い、今3524アクセスで、これはグーグルやヤフーの検索でも大体1番上に載っています。
因みに当ブログ全体では4/28朝7時現在で、328686アクセス、延べ136925人がご覧下さっています。

と、随分脱線しましたが、此のカテゴリをサボっていたのに大した理由はありません。
ただ書いている本人も1眼レフやレンジファインダー、それに二眼レフに比べて蛇腹のカメラは些か熱がない、のかも知れません。

一応公約いたしました分を2回ほどこなして、次は”変わり種”と行くつもりです。


上 フジカシックス
下 マミヤシックス


132番 スーパーフジカシックス 「セコ」「コレクション」
シックス判(6*6センチ)レンジファインダー付きフォールディングカメラ  最短撮影距離4feet
No.863884  FUJINAR 1:3.5 f=7.5cm 775846
SEIKOSHA RAPID  B 1 2 5 10 25 50 100 250 500  X接点

1眼式レンジファインダー
距離計主窓がファインダーになっているものをこう言います。
構図を決めるファインダーと距離を測るレンジファインダーが別窓なのは、古いバルナックライカが代表的です。
此の方が両方の精度を上げられますが、撮影中に覗き変えねばならないので、今はまずありません。
距離合わせはレンズシャッター基部の鏡胴を回して行うので、前玉回転式のようにレンズ構成が変わるものではなく、レンズの性能は損ないません。
ただ折り畳み部分を通るロッドを介してボデイの距離計内部を操作しますので、精度上問題があり狂いやすい宿命を持っています。
スタートマーク式自動巻止め
フイルム裏紙にスタートマークが印刷されるようになってからは、これをボデイのポイントにあわせて裏蓋を閉め、巻き上げることで自動的に1枚目が出て巻き止められるようになりました。
但し此のカメラの場合、巻き上げとシャッターチャージが連動して居らず、フイルムを巻くことと、シャッターをチャージすることは、別々の操作になります。
古いカメラでは当たり前ですが、これは二重写しという致命的ミスを犯す可能性があるので、メカ的にはフイルムの自動巻止めより先に装備したい機能です。
此のカメラは流線型のボデイがユニークで、レンズ、シャッターその他についても申し分ない中級機なのですが、此の点だけは頂けません。
少し話が逸れますが、この時期同じぬるりとしたデザインで造られたフジカフレックス・オートマットと言うカメラがありました。
これはマミヤフレックス・オートマットに迫る、と言うことはローライフレックス・オートマットに匹敵する素晴らしいカメラでしたが、高価で余り売れず、現在幻のカメラになっています。

68番 マミヤシックス・オートマット 「セコ」「コレクション」
シックス判(6*6センチ)レンジファインダー付きフォールディングカメラ 最短撮影距離0.9m
NO 313786 
DズイコーFC 1:3.5 f=7.5cm 110786
SEIKOSYA−MX B 1 2 5 10 25 50 100 250 500 MFX接点

マミヤシックスというのは間宮精一氏造るところの数々の名機の代表格、比較的長く売られて多くの機種がありますが、これは其の中核的なスペックです。
(済みません、持ち主本人が型番を確認していません)
そして国産カメラの最高峰の一つとして君臨したものです。
何がそんなに凄いのか?
フイルムはただ入れて巻けば一枚目が出てシャッターが切れます。巻かねば次のシャッターは切れません。
そしてそれを12回するとフリーになって巻き上げることが出来るので裏蓋を開けてフイルムを取り出します。
このフイルムの焦点面は普通のカメラと全く違っています。
カメラは固定した焦点面があってそこへフイルムを押しつけるプレッシャープレートと言う板が裏蓋に付いていますが、此のカメラにはそれが無くフイルムが通るゲートがあるだけです。
そしてファインダーを覗き、カメラ背面にあるギアを回して焦点を合わせると、何とフイルム面が前後に移動します。
此のカメラはピントを合わせるのにはレンズを移動させるという常識を捨てて、フイルムを動かします。
このバックフォーカシングという機構によって、レンズのピント位置と距離計の照準との間に狂いが生じることが無くなりました。
可動部分が近接していて強固な形に作られるからです。
メカだけでなく工作精度も高く、良いレンズとシャッターを備えてあらゆる点で優れた此のカメラですが、些か高価な点で大量に普及はしなかったような感じです。
しかし同時代の対抗馬、と言うより追いつけ、追い越せのターゲットであったツアイスのイコンタB、日本名スーパーシックスより明らかに進んだ高級機であったと思います。

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2006年12月28日 (木)

二つのネッター

二眼レフは一応終えて、次は蛇腹のカメラを三回ほど。
但し蛇腹と云っても2Bフイルム、ブロニーサイズのフイルムを使う〜と云うことは、今日でも弾薬が供給されている〜カメラで、ベスト版などは、後ほど”オールドマン”とでも云うべきコーナーで登場させるつもりです。

さて今回はブロニー全判のネッターと、6*6番のネッターです。
何れもドイツ、ツアイス・イコン製。
私のコレクションは国産機ばかりですから異色です。

通常カメラコレクターというと、ドイツ製機、それもライカやローライの最高級機を集める人を指しています。
単純明快に云って、私はカメラとメカが大好きですが、お金はありませんから、そちらにはついていけません。
カメラと名が付けば何でもがらくたを集める、自然国産機、そしてこのブログでは、戦争中にカメラを始めた私と共に進化してきた過程を追うのがメインとなりました。

其の中で何で?
これ又極めて単純明快、ツアイス製ながら私の手に合うところにいたからです。
なぜか?
ネッターブランドは其の名の通り、ツアイスイコンが作るカメラの最末端、最貧乏人向けのブランドなのです。
勿論大いに売りまくるつもりなど無く、一応のポーズでしょうが、大ツアイスイコンが、プライドの限界でぎりぎり作る普及機とは如何なる物か。
こう考えると物凄く興味が湧いて、例外的な存在として我が陣営に加わっているのです。

上 ネッターシックス
下 ネッター

16番 ネッター 「セコ」 「コレクション」
ブロニー全判(6*9センチ)フォールディングカメラ
No J42848 
〔裏蓋貼り革に刻印されているツアイスの機種コードはNettar 515/2〕
NETTAR-ANASTIGMAT 1:6.3 F=10.5cm 前玉回転式手動距離セット、∞〜2m 
TELMA T,B、125、100、50、25  セットレーバー付きボデイレリーズ セルフタイマー付き

スペック的には最低限で、レンズ、シャッターとも余り名を聞かない特別製?の低級製品
フイルム巻き上げが赤窓を見てオール手動で行うのは、この頃としては標準的なものですが、当然二重写しや空巻きなどは自己責任で、自動巻止めとか二重写し防止などは、この上にラインナップされる、イコンタ、更にスーパーイコンタなどの領分です。
ですがシャッターはチャージレバーを持っていて(安物は常時チャージ式が普通でした)しかも複雑なボデイレリーズ式シャッターボタン、及び前蓋を開いてレンズ部が飛び出す時のクッション付き襷を持っています。
省く物は省くけれど、やることはやるよ、と、ツアイスが嘯いているのが判ります。
写りですが、現在の基準からは全く何とも言えませんが、何しろライカ版の6倍以上のフイルム面積ですから、その辺で稼いでいるわけです。
しかも折り畳んだら、実にポケットに入る!
パンケーキレンズだの何だのと言っている現在のカメラ、真似できる物ならやって見ろ、と云いたいところです。
(何処かこうしたカメラ、復刻しないかなぁ)
なおボデイ短辺上部には古典的な手提げ用革バンドが付いています。

125番 ネッターシックス 「セコ」 「コレクション」
ブロニー6*6版 フォールディングカメラ
N79290
〔裏蓋貼り革に刻印されているツアイスの機種コードはIKonta 521/16〕
NOVAR ANASTIGMAT  1:4.5 f=7.5cm 前玉回転式手動距離セット、inf〜4feet(弱)
KLIO 200,100,50,25,10,5,2,1、B セットレーバー付きボデイレリーズ セルフタイマー付き シンクロ接点付き
折り畳み式の光学ファインダーと反射ファインダー用のアクセサリーシューを持ち、フイルム巻き上げは赤窓式手巻き
但しフイルムが巻き上げられていないとシャッターが切れない、フイルム巻き上げノブとシャッターボタンが連動して働く二重撮影防止装置つき。

製造された時期ですが、具体的には把握しておりません。
ただ色んな点でシックスの方が二世代ほど新しいと思います。
勿論シックス版という物自体が新しく、最初はブロニー全判6*9セント8枚撮りで、ベスト版の半裁ベビー版に倣って6*4.5のセミ版16枚撮りが現れましたが、スクエア版といのは美的ではないとされていて、ローライなどが普及してから認知されたものでしょう。
此のシックスですが、最も有用で且つ簡単なメカで出来る二重撮影防止装置を加えた他はネッターと基本的に同じです。
ただ作る手間は掛かるが実際的な効用が薄いクッション付き襷は廃止し、レンズ及びシャッターは何れもツアイスのラインナップにある最下級ブランドに揃えるなど、近代的な合理化の雰囲気は感じます。
革製の手提げは消えて、吊り環に変わりました。
そしてドイツ式シンクロ接点を持っています。
と云うことは、此のカメラは戦後製ということになります。
そして此処でネッターシックスと称しているのは、多分日本国内での通称で、本当はイコンタBの最下級機と云うのが正しいのかも知れません。
なお両機とも三脚穴は大ねじのドイツ式で、裏蓋を開けると”ツアイスイコンフイルム”を使うように促すラベル又は刻印を持っています。
ハードを作った者がソフトも独占しようとする図式はロールフイルムの初期からありますが、この期に及んでも、と言う感じです。


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2006年10月 2日 (月)

レディ向き二眼レフ? (ヤシカ4x4)



18番(左) 42番(右)   「セコ」  「コレクション」   ヤシカ4x4
 #127(ベスト)判フイルム二眼レフ

18番(左):NO 38121690 yashikor 1:3.5 f=60mm  452244(ビューレンズ444881) 最小絞り22 最短撮影距離1M   レンズ周り内外バヨネット付き(フイルターフード等用)
COPAL−SV NO58348110  B.1.2.4.8.15.30.60.125.250.500  セルフタイマー XM接点  単独チャージ式
クランク式巻き上げ、赤窓付き自動巻止め(非セルフコッキング)  照準ノブにASAとDINのフイルム感度表(ASAカラーで10〜32,B&Wで50〜100)根本に焦点深度表 アクセサリーシュー付き 
 ピントフード、ルーペ、直視ファインダーは一般的なもの

42番(右):NO 38113290 レンズ374030(ビユーレンズ375027)シャッターNO58169326  その他は全て同じ

(注)#127フイルムは既に生産がうち切られ、比較的近年に東欧製のフイルム(B&W、ネガ、リバーサル)が専門店に入荷しましたが、現在は又途絶えているようです。


一時全盛を極めた二眼レフですが、最大の欠点は、”ローライごろごろ弁当箱”と揶揄された携行性の悪さでした。
その対策としてかどうか、当時はブロニーフイルムと同じくらいに一般的であったベストフイルムを使用する二眼レフが作られました。
ローライフレックス4x4が本家ですが、早速コピー機が出来ました。
現在お隣の国が盛んにやっていることは、この頃の我が国の特技であったのです。

当時地力を付けてきたヤシカが作って世に問うたのがこれで、自動巻き上げセルフコッキングでは無いとはいうものの、作りもしっかりしていて小さく可愛らしく、それなりに存在理由がありました。
今の時代ほど女性カメラマンが居たら、相当にもてはやされたことでしょう。
ご覧のように外装色も黒一色ではなく、甘いパステルカラーのツウトーンですから尚のことです(右の42番)

処が此処でクレームが付きました。
本家ローライ、フランケウントハイデッケからです。
極東の同じ敗戦国がようやるわい、と思っていたかどうかですが、本体自体はともかくも、塗色、貼り革までのデッドコピーは許せん、と、いちゃもんをつけてきました。
実際現在も時々中古市場に出ているローライ4x4を見れば判ることですが、見た目は全くうり二つです。
文句を言われるのが当たり前ですが、ヤシカは平身低頭して(したかどうかは知りませんが)外装色を変更しました。

当然?多少野暮ったくなったのですが、これが左の18番です。
各種の製造ナンバーを見てもそんなに違っていませんが、この間に”国際紛争”があった、と言うわけです。
なおフイルムが手に入る頃二機とも実写しましたが、結構な写りでした。
4*4センチの原版はライカ版の1、8倍の面積があるのですから、当然と言えば当然です。

手元で実測した寸法を書いておきましょう。
ピントフードを立てた状態で、w=88 d=84 h=170mm
出っ張りを含むアバウトですが、6x6に比べて何れも85%程度でおさまっています。


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2006年7月30日 (日)

二眼レフの中核 (ミノルタオートコードRG)

78番  「セコ」  「コレクション」   ミノルタオートコードRG



NO 362211 ROKKOR 1:3.5 f=75mm  2442443 MINOLTA  最小絞り22 最短撮影距離1M   レンズ周り内外バヨネット付き(フイルターフード等用)
照準レンズ  VIEW ROKKOR  1:3.2  f=75mm  2014423 
CITIZEN-MVL  B.1.2.4.8.15.30.60.125.250.500  セルフタイマー XM接点
クランク式巻き上げ、赤窓無し(スタートマーク合わせ式) フイルムは上から下に進行 ハンドル根本に焦点深度表 アクセサリーシュー付き T目盛付き ピントフード、ルーペ、直視ファインダーは一般的なもの

(注)1:上部レンズが僅かに明るいのは深度を浅くしてピント合わせを容易にする為
   2:フイルムを上にに巻き取ると、撮影前のコマが屈曲部に掛かって平面性を損なうので、通常と逆方向に巻き取ることでこれを避ける。(120フイルム専用)


アルファベットの全てがある、とまで言われた2眼レフですが、ブームが過ぎてからも真摯に製品を送り続けた幾つかのメーカーがありました。
このミノルタオートコードはその代表でしょう。
全体の構成はきわめて標準的なもので、ネーミング通りオートマット巻き上げでローライコードクラスの仕様(多少へりくだっています)
少しユニークなのは焦点の繰り出しをノブに依らず、下部前面にあるレバーに依っていることです。
ローライのフレックスとコードはレンズ、シャッターで差別化されていましたが、フレックスはフイルムをクランクで巻き上げる(この方が迅速且つスムース)関係上、焦点調節ノブが反対側にあり、操作するのに一々カメラを持ち替える必要がありました。
コードの方は両方ともノブで、同じ右手側に近接して存在してボデイは左手で確実に保持できます。
このことは当時随分議論されたことですが、オートコードはこの問題を独自のやり方でクリアしたわけです。
つまり右手でフイルムを巻き、左手でカメラを保持しながら同時に焦点調節が出来るわけです。
絞りとシャッターは撮影レンズ両側にあるレバーを動かして照準レンズ上部の小窓に出る値を見てセットできます。
これらはともすると機動力を失いがちな二眼レフの特性をカバーする有効な設計でした。
(ただ現在の標準からすると、全ての表示が細かすぎて見にくいのですが、これらが今のような大きな文字になったときは随分野暮に見えたものでした)
このミノルタオートコードは最初ミノルタフレックスの弟分、ミノルタコードとして出発しましたが、この形態になってから長く作り続けられて広く愛用され、最終的にはCDS露出計をネームプレート内に内蔵するところまで発展しました。
私の所のこの機体はある先輩の所で長く働いた後来たのですが、今でも何時でも出動可能な万全の状態です。

2006年6月29日 (木)

レンズ交換式二眼レフ (マミヤCシリーズ)

どうもリコーフレックスを最初に出したのは失敗でした。
二眼レフというカメラ形式は、現在もローライから供給されているとしても過去のもので、余り一般的でなく周知もされていないのに、いきなりユニークな形式のリコーフレックスを持ち出したのは、如何なものか、と言うことです。
もうやってしまったことなので、今度は又逆の方向でユニークなカメラへ飛ぶことにしました。
そしてこのカメラは最近まで生きていたのです。


11番  「新」 「実用」 マミヤフレックスC220 (右)
 B 83113  (撮影レンズ)MAMIYA−SEKOR  1:2.8 f=80mm  No 828957 最小絞り32
   最短撮影距離約22cm(レンズ面から) フイルタ径46mm    (照準レンズ) No829880 (絞り無し)
   SEIKO   B、1.2.4.8.15.30.60.125.250.500  MX接点  
 120,220フイルム切り替え可、*2
(押し板を回転させることで切り替え、フイルムカウンター手動切り替え)
オートマット式自動巻止め(赤窓無し)、*1
二重撮影防止(解除可) セルフコッキングは無し
 ピントフード、ピントグラス交換可、 ペンタプリズムまたはポロミラー式直視ファインダー取り付け可  
 巻き上げノブ式  アクセサリーシュー付き


69番  「セコ」 「コレクション」 マミヤフレックスC330 (左)
 D 38783  レンズ11番と同じ 撮影レンズ No387438 照準レンズ No392249 フイルタ径40.5mm
 シャッターも同じ、但し外装が白く、ネーミングはSEIKOSHAーS 
330はクランク式巻き上げ、撮影レンズに伴う距離バー交換可能、ボデイレリーズ付き 等が異なり
全てのレンズと多くのアクセサリーは共用できる。
通常C330は標準レンズとして上部にも絞りの付いた105ミリ3.5を用いているのですが、なぜかこの機体は220と同じレンズを着けていた。


二眼レフは基本形式、つまりローライコード辺りの形を取って、実に多数のメーカーから供給されました。
これはある程度の技術があれば容易に成果が上げられる、と言うこの形式に由来します。
そしてそのことは海鴎と言う中国製のカメラがあるように、今日でも所によっては通用しているのです。

そうはいいながら、多数の中には変種も出てきます。
大きくゴロゴロしているのを、折り畳もうとする試みをドイツの2社がやりました。
そしてレンズ交換をする、と言うことにマミヤがトライして完成し、これは世間に受け入れられました。
マミヤはかつて一つの究極のピークに挑み、これを完成させています。
マミヤフレックス・オートマットというこれはローライフレックス・オートマットと同じくフイルムの全自動装填、セルフコッキングチャージ、二重撮影防止などの機能を盛り込んだものです。
その成果の上に立って、前人未踏のレンズ交換式2眼レフに挑みました。
撮影レンズだけ替えるような試みは他にもありましたが、上下同じ(品物として同じ)レンズを共通ボードに着けて、ボードとレンズシャッターごと交換をする。
ボードを外したときに光が入らないようなシャッターとそれらが連動する安全装置を付ける。
フイルム巻き上げ関係はスタートマーク式オートマット。*1
フイルムゲートは通常のL型を止めて直線的にしてフイルムの平面性を高める。
そしてレンズボード座と本体は蛇腹で繋ぎ、蛇腹を繰り出すことによって長焦点交換レンズを取り付けると共に、標準系レンズでの接写を可能にする。
二眼レフだから上下レンズ(ピント、視野用レンズと撮影レンズ)の視差(パララックス)は不可避だが、一眼レフのような時間的パララックスは生じず、撮影の瞬間の像は消失しない。
つまり多くの課題を克服した理想に近いカメラの誕生でした。
大きく重いことだけ目をつぶれば・・

写真右の11番、C220は実は今も実戦用として我が方の戦列に居ます。
もし6x6判が必要な場合は出動できる体制ですが、実際には今やその機会はまずありません。
上部にはポロミラー式直視ファインダー装置、つまり現在多くのエントリデジ1眼が採用しているものを着けてアイレベルの正像撮影が可能、下部には専用ピストルグリップ(レリーズボタン付き)を装備し、スタンレー製という変わったグリップガンを装着して機動的大判カメラの出動スタイルを取ったところです。

写真左側のC330は、蛇腹をいっぱいに伸ばした状態を示して居ます。

*1
フイルム裏紙に印刷されたマークとカメラ側のマークを合わせてから巻き上げると、後は自動的に1枚目が出るもので、フイルムにスタートマークが無い時代に、何もしないでただ巻けば1枚目が出る、と言う驚異的なメカが本当のオートマットです。
*2
ブロニー判フイルムには120と220があります。
220というのは遮光用の裏紙が先端と後端のみにあり、中程はフイルムベースのみにしたものです。
巻き取る厚みが減った分長さが長くなって、120フイルムの倍の枚数(この場合24枚)が撮れました。

2006年6月 3日 (土)

空前のベストセラー (リコーフレックス�)

今回から、二眼レフに入ります。


10番(左)、83番(右) 「セコ」 「コレクション」 (10番は一時実用)  
リコーフレックス�

10番: ボデイナンバー  なし  RICHO ANASTIGMAT 1:3.5/8cm  NO 418968
     上部レンズ RICOH VIEWER 1:3.5/8cm
     リケン B、25,50,100  シンクロ ドイツ接点
83番: レンズNO  501830   シンクロ アメリカ式接点  他は同じ

写真右側に独特のフイルム装填方式を示しています。
ブリキ?製の取り枠にスプールをはめてフイルムを装置し、巻き上げノブを引っ張り上げてボデイに挿入し、ノブを戻す。
蓋をして(安全ロックあり)赤窓を開き、1が出てくるまで巻く。
シャッターは一本のレバーを上に持ち上げてセットし、下に押し下げて切る。
ピントフードは自動折り畳み(前後左右の板を一枚宛手で折り畳む・・と言う式ではない)
大型ルーペ付き、直視ファインダーは独特のもので、ピントフード前板に切られたスリットを介して見る。

以上が全てで、全く写真を撮ることだけに機能する感じです。
画面サイズは公称の6x6センチよりもやや小さく、通常より5mm長い焦点距離と共に、この辺りでレンズ性能をカバーしている面もありますが、同時に他機に比べて非常な小型軽量であったことも事実です。
画面下に置かれたものはクローズアップレンズで、
上部用レンズは凸レンズ+プリズムとなっており、視野を下に下げる作用もしていますが、この場合はレンズが回転するので、プリズムのみ回転しないよう上下クローズアップレンズの連結に工夫がしてあります。
本体が簡易化された煽りを付属品が受けたわけです。


二眼レフの全盛期は一眼レフが完成する前、35ミリ機はライカタイプの時代です。
ライカ版という小型画面の高級機は性能、価格的に一般的でない戦後の時代、ブロニーと言う依り大きな裏紙付きロールフイルムを使って、6x6という密着焼きでも見られる画面を撮影すると言うことから人気があり、大衆に受けました。
ただこれにもライカと同じくドイツ製の高嶺の花、最高級機がありました。
フランケ、ウント、ハイデッケのローライフレックスです。
これにはローライコードという弟分があり、またツアイスなど他社もイコフレックスなどで追随しましたが、ライカ同様に先頭を譲る事はありませんでした。
その最終機である、ローライフレックス・オートマットはそのメカニズム、レンズ性能とも卓越したものであり、後発の日本メーカーにとっては神のごとき存在でした。
(ライカ同様現在もその姿で存続しています)
そしてその神様に挑んだのは、マミヤ光機、間宮誠一でした。
マミヤフレックス・オートマットは同じレベルの機構を持ち、更に改良された存在で、殆ど同じ性能のフジカフレックス・オートマットなども世に出ましたが、これ等が完成したときは既に一眼レフも完成されてきた時代でした。

”ローライごろごろ弁当箱”と当時言われた形態が、このカメラの根本的な弱点ですが、とはいうものの、その基本構造は箱にレンズ二つくっつけただけの、ライカ型などに比べて遙かに簡易なものですから、多くのメーカーが乱立製造して、メーカー名+フレックスと言う名前で発売し、頭文字のアルファベットで無いものはない、とまで言われました(実際には二つか三つ無いそうですが)

そしてマミヤなどと正反対の方向を指向して成功したのが、このリコーフレックスでした。
つまり徹底した簡易化、必要な機能のみに絞ったのです。
ダイキャスト(鋳物)ボデイは止めて鉄板折り曲げの外箱、フイルム装填は別の鉄板製枠に入れて填め込む。
上の焦点用レンズと下の撮影用レンズの連携は、通常のように共通台座に着けて同時に繰り出すのを止めて、ボデイに直接取り付け、ギヤを介して上下レンズの前玉のみを回転させて照準する。
きわめてユニークな発想の集大成で、ロープライスを実現し、市場を席巻しました。
ただこれはコダックなどのやり方の影響を受けていて、同じ敗戦国ドイツの事大主義よりもアメリカ的実用主義を優先した、とも言えるでしょう。(つまりやすかろう、わるかろう?)

ここにある7型は最盛期のもので、恐らくもっとっも多く出た型かと思われます。
簡易な構造からどの型も基本的には余り変わらず、3型で地歩を確固たるものとし、最終はホリデイと言うネーミングになったと記憶しています。
そしてその後は全く普通の形式をしたリコーフレックスを発売、同時に埋没してしまいました。



2006年5月20日 (土)

もう終わり?(ベッサR)

このBlog、もう終わり? 
そうなんです、レンジファインダーレンズ交換式35ミリカメラ(バルナックマウント)に関しては。
既にお断りした如く、170台あまりのカメラのなかにライカMマウント機は一台もおりません。
(と、言うことは170台纏めて売ってもMライカ1台買えない、と言うことを意味していますが・・・)
私にとって、ライカ、とはスクリューマウントのもので、それもほんとは原点に戻ってD3のエルマー付き、を意味しているわけです。
そんなこと言っても、スクリューのライカでは、やはり実戦にはもう無理です。
事実一時3Gのエルマー2.8付きを手に入れて使ったこともありますが、通常ベースでの使用はやはり駄目でした。
つまり要介護老人である訳です。
そこへ出てきたのが、此のベッサR。
飛びつきました。
うまい戦略で、始めファインダー無しの機体を出され、それを眺めた連中は間違い無しに上に距離計が乗る、と、踏んで、お金を貯めた〜少なくとも私の場合〜のです。
京都のムツミ堂で予約して、例のごとく入荷第1号機を手に入れました。
レンズは”山のようにある”から「不要!」。
と言って、手にとって眺めていて、
「ちなみにノクトン1.5をくっつけたらどんな格好?」
と言ったのが運の尽き。
衝動買いというか、どうにも手放せなくなりました。
クレジットという便利不便なものを使ってボデイとジャスト同価格のこれを購入。
ノクトンとか1.5(イチハン)とか言っても1,4が標準の現在何の感興も湧かないのが普通でしょうが、その昔のF1.5は神棚にあげてお賽銭を上げ、土下座して拝むくらいの存在ですし、フォクトレンデル、ノクトンと来ては水戸黄門の印籠くらいの威力はありました。
脱線しますが、フォクトレンダーとエイゴ読みする人は、筋金入りマニアではありません。
此のブランドが日本国内を闊歩していた戦前は、フォクトレンデル、とドイツ語読みでした。
そう、フォクトレンデルベッサはツアイスのスーパーイコンタと並ぶレンジファインダーブロニー機の両雄で、
もしもそれにアポ・ランターなどが付いていようものなら、正しく神様の持ち物でした。


149番 「新」 「実用」  フォクトレンデル・ベッサR

B# 00001526  VOIGTLANDER  NOKTON  50mm F1.5  ASPHERICAL
9950320  最小絞り16 最短撮影距離0.9m
B1.2.4.8.15.30.60.125(x)250.500.1000 縦走メタルフォーカルプレン(機械制御)
ホットシュー及びX接点  パララックス矯正変倍式ブライトフレーム(50.35&90.75 手動切り替え式)付きレンジファインダー  TTL単独露出計内蔵(ファインダー内三角マーク合わせ、電池LR44*2) ISO25〜3200  セルフタイマー(機械式) 手動巻き上げ巻き戻し(何れもレバー)
接眼部横に VOIGTLANDER GERMANY Since1756とあり、底面にCOSINA CO、LTD  MADE IN JAPANと記入。

と言うことでパナソニックの小型ストロボをつけた実戦配備の姿ですが、横にあるのは前回のキャノンVTDxについていた35ミリf1.8。
当時の感覚では広角大口径レンズですが、これをベッサに使うつもりでレンズは注文してなかったのです。。
ここで又脱線。
前回分の読者は、「これ、岩にぶっつけて使えなくなったんじゃないの」と言われるはずです。
そのとおりで、鏡胴が楕円形に変形して回りませんでした。
それを名人が直してくれました。
どうするのか?
部品取りなんかではありません。
叩いて直すのです。
木槌で根気よく叩いて元に戻すのです。
これが精密機器製作なるもののもう一方の極にある技、人間の業であり神業なのでしょう。
鏡胴は一カ所渋くなりますが完全に回り、レンジファインダーで使用できるのです。

もう一つ、久しぶりにライカ型カメラに戻って、はっと気が付いたことがありました。
一眼レフという、究極のファインダーに慣れてしまって、被写体を見なくなっていることでした。
ベッサのようなカメラを使うとき、自分の目で対象を見、切り取る範囲を想定し、そこでの露光と距離をはかります。
そしてベストチャンスがきた時、カメラを構えてシャッターを切ります。
一眼レフでは始めからファインダーで世界を見、被写体を探しています。
どちらがより正しいか、読者のご判断に任せましょう。


(次回より2眼レフに参ります)

2006年4月27日 (木)

「珍品だよ〜」 (キャノンVTDx)



17番 キャノンVTDx 「セコ」 「コレクション」 
No.542615  CANON lENS 50mm 1:1.8 No.299912
最短撮影距離 1m  最小絞り f22
横走り布幕2軸フォーカルプレイン
B  1000,500,250,125,60,X、30 (上面 持ち上げて設定、エンドレス、回転)
T  1,2,4,8,15,30 (前面) セルフタイマー
XF、FPM接点切り替え、ロック付きドイツ式接点  自動復元順算式カウンター  
(パトローネ専用)
視野変更付き1眼式レンジファインダー
ライカ(バルナック)マウント

前回のミノルタ35と基本的にはあまり変わっていません。
マガジンを捨てた、ニホン版ではなく本来のライカ版、フイルムカウンターが自動設定になった、
辺りが新しいのですが、シャッターは未だバルナックライカ以来の2軸式です。
フォーカルプレイン(焦点面)式シャッターは、そもそもの元になったソーントン式シャッターが、先幕と後幕の間隔、及びそれらを走らせる速さ(バネの強さ)で速度調節をしているのと同じで、低速側の調整が出来ませんでした。
ライカDに至ってスローガバナーなるブレーキを付け加えて、前面のダイヤルで設定するようにして此の問題を解決したのですが、これはその成り立ちから、スローシャッターを使うときは上面の高速側を最低速度にしておく必要がありました。
又この形式のは大抵が高速側のシャッター速度の変更をするのに、ダイヤルを持ち上げて回して落とし込むやり方で、かつハイスピード側から低スピード側へはエンドレスに回転出来ないものでした。
その上シャッタードラムの回転がそのまま高速側調節リングに伝わって、シャッターを切るごとに回転する、と言う不都合(巻き上げが順調に行われている確認になる、と言う良さ)もありました。
最終的にはこれは1軸不回転エンドレス等間隔目盛りとなりますが、こうした細かい点の改良を競い、積み重ねて現在の一眼レフなどの完成されたシャッター形式に至ったのです。

ところでこのキャノンVTデラックスですが、昭和32年の発売で、戦中戦後の観音カメラから始まったキャノンが、ライカのデッドコピー(角が丸でないと言うだけの違い)を経て、Mライカを睨んだ”新しい追いつけ追い越せ”を始めた、いわば第2世代のキャノンです。
マウントを始め、中身の殆どはバルナック世代ですが、ファインダーに関しては35mmと50mmに視野を切り替えることが出来、更に長焦点レンズ用のRF(レンジファインダー専用)にして拡大二重像を使用することが出来ました。
そして当時の多くの国産ライカコピー機と同じく、レバー巻き上げに挑戦し、巻き戻しもレバー化しました。
(余談ながら数多あるフイルム巻き戻しレバーのなかの最高の作品!?でしょう)
キャノンはV(5型の意味)で一つの独自性を打ち出します。
レバーを装備したLと、トリガーを装備したT型を同時に送り出したのです。
底面にあるトリガーはライカのアクセサリであるピストルを標準装備として固定したもので、より迅速な巻き上げを求めたものでした。
この頃発売しだした一眼レフにも装備して、相当な執着を見せましたが、結局このVTと次の6Tでおわり、その後継機であるポピュレール(P)には引き継がれませんでした。
只此処にはキャノンを含む日本工業の一大変革期がありました。
名人芸のハンドメイドから精度の高い生産管理による量産への移行です。
昔はカメラには”当たり、外れ”が付き物でしたが、それは許されなくなり、同時に神業もなくなりました。
キャノン6Lは、人間が作る精密機械の最終金字塔と言っていいでしょう。
そしてPによって、
”ユーザーの望みと生産技術がマッチングした時、高度の製品を破格の価格で大量供給して市場を支配する”という、キャノン伝統の手法が成立したのです。

ここで写真の説明です。
前に置いてあるのはキャノンの135mm/3.5 此のカメラより一世代前の製品ですが、ここではRFマークを使用することで、長焦点に必要な精度を確保できました。
右にいるのは私の自慢、ヘキサー50mm/3.5(発売当初のままの新品)
乗っているファインダーは、間に合わせの135mm用コムラー製のジャンク。

ところで此のカメラ、本来付いていたレンズは此処に写っていない キャノン35mm/1.8 でした。
此のカメラは知人のU氏の父上がキャノンから贈られた、と言う履歴で、山歩きの時に岩にぶっつけて鏡胴が変形してしまい、使用不可能になっていたものでした。
その所以で私の所へ来たのですが、そのレンズは次回に登場いたします。
もうひとつ、非常にカメラ〜キャノンに詳しいお方が注意深くスペックを読まれると、おや、おかしい、と言われることがあるはずです(下線を引いておきました)
VTDX(VLにはDX無し)と、VTを見分ける相違点で重要な一つに、シャッター幕が布幕から金属膜に変更になったこと、というのがあります。
ところが本機は布幕です。
破損時にどこかで修理したのか、?とも思いましたが、出所がはっきりしている以上、変なことは起こりにくい。
随分悩みましたが、ある時あるところでキャノンの社史を立ち読みして解りました。
VTDXは最新の技術、金属膜シャッターを装備したのですが、製造発売のごく初期にVTと同じシャッターのものがあった、ということです。
大抵の中古カメラ通もご存じ無いことで、私が生活に困ってこれを売るときの価格に影響しないよう、此処に明らかにしておきます。
「珍品だよ〜〜」

2006年3月27日 (月)

バルナックライカを追っかけろ

SLRはAFの手前でとどめて、レンズ交換式レンジファインダー35ミリに行きたいと思います。
但しお断りですが、通常カメラコレクターというと此のジャンルの、中でもM型ライカを収集する人である・・ような趣があります。
最初に申し上げたとおり、わたしのコレクションは原則原資タダで、カメラと名が付くものは何でも、と言う主義ですから、Mライカ主義とは全く相容れません。
必然的に此のジャンルは僅かで、多分2.3回で通過することになるでしょう。


45番(左)ミノルタ35�型 No21948 スーパーロッコール 1:2 f=5cm 1200901
最短撮影距離1M  最小絞りf16
128番(右) 々�B型   No109475 スーパーロッコール 1:2.8 f=5cm 1510196
最短撮影距離 3.3ft 最小絞りf22
いずれも(セコ)(コレクション)
横走り布幕フォーカルプレイン 2軸回転式
T、1.2.4.8.X.25(前面) B、25.35.50.100.200.300(上面、持ち上げて回す式でエンドレス回転可) セルフタイマー(三段階調節可) X接点(ドイツ式、及びホットシュー) 手動セット順算式カウンター 底部キイ回転式裏蓋解放(マガジン使用可能) 
視度補正付き一眼式レンジファインダー
ライカ(バルナック)マウント
画面サイズ 24*34.5mm

�型と�B型の相違点;
レバー巻き上げ(従ってフイル巻き取り向き変化)に変更、
視度補正無し、巻き戻しクラッチ等形状変更
二台ともCHIYODA KOGAKU と言う社名が刻まれています。

改めてスペックを書き出すと、現代SLRの走りであるペンタックスよりさらに一回り古いことに気が付きます。
今の方にはちんぷんかんぷんの所もあると思いますが、つまりはバルナックライカを基準にして、�f、�Gに追いつけ、追い越せ、と言うことです。
距離計の基線長が同じにも関わらず、一眼式にしたのは測距性能の低下を招いていますが、利便性を追い、裏蓋開閉が出来る辺りは進歩です。そしてMライカを睨んでバー巻き上げに直しています。
注目点のひとつは画面サイズです。
ニコンが始めてニコン判あるいはニホン判と称したサイズで、要はライカ版の2:3を黄金比に近づけて枚数を稼ぐものです。 大体40枚は撮れますが、この頃はすべて手焼きプリントで、フイルムも長尺を切って使うのが普通だったので出来たことでした。もちろん動機は戦後の物資の欠乏ゆえにです。
自慢してもいいのは、ホットシューの採用でしょう。ただし発売されたのはストロボでなく専用フラッシュガンでした。
閃光電球はあっても、ストロボなどはまだ雲の上のものだったのです。
それと右側の機体が装着しているものはオートアップと言い、専用クローズアップレンズに合わせて、突き出したプリズムで距離計の光路を曲げて、近いものに二重像を合わせられるようにしたものでした。
もちろん各機種専用のもので、35ミリに限らず例えばマミヤシックス用などもありました。
じつは私は親父からもらったライカを食いつぶして写真を続けました。〜つまりライカがミノルタ35に化けたのです。
それはこの2台よりさらに古く、オキュパイドジャパンでした。
詰まらぬことでこれも手元にありませんが、在れば超々レア。ミノルタが元気なら大金を積んでも貰いに来るでしょうが・・

2006年3月12日 (日)

そんなのないよ



103番 「セコ」 「コレクション」 ミノルタX−300 
B# 8943242 MINOLTA MD 50mm 1:1.4 japan φ49mm  7030686
最小絞り16 最短撮影距離0.45m
AUTO B 1.2.4.8.15.30.60(x)125.250.500.1000 布幕横走りフォーカルプレン セルフタイマー(電子式) 専用ストロボ接点付きホットシュー フイルム感度設定12〜3200 底面にワインダー接点あり 電池G13*2

何の変哲もないカメラです。
SLRがオートフォーカスに進化する直前の標準的な装備で、且つ大衆機レベルスペックだ、と言うことで、何でこれが此処に登場するの?と言う疑問を持たれる方もおいででしょう。

話は変わりますが、戦後の焼け野原のなかで再起した日本のカメラは最初進駐軍の土産用でした。
この頃のカメラには MADE IN OCCUPIED JAPAN と言う刻印がありました。
そして朝鮮戦争でライフのスタッフがニコンを認めましたが、その頃のカメラ王国ドイツ、なかでもその帝王であるツアイスイコンは一顧もしませんでした。
やがて日本のメーカー(乱立でしたが、激しい競争をして勝ち抜いたものが残っていきました)を無視できなくなったツアイスはニッコール1,4を調べて、F1.5しかない、と発表します。
その頃までのカメラは大衆機がF4.5高級機がF3.5のもので、ライツのクセノン、ツアイスのゾナーF1.5は光学技術の到達点、化け物のような存在だったのです。
この問題はドイツのDINと日本のJISの工業規格の僅かな違いから起きた事で、日本光学は直ちにDINの規定に合わせた改良を行った、と聞いています。
そしてついに帝王ツアイスがカメラ製造から撤退する日がやってきました。
ただしアメリカのビッグスリーの未練さ、愚鈍さと対照的なのは、ツアイスははっきり日本との品質競争に敗れた、と宣言したことでしょう。

さて、本題に戻ってミノルタX300ですが、このネーミングはα以前のミノルタの定型で、7というミノルタにとってもラッキーナンバーである(アメリカの宇宙船フレンドシップ7に乗って世界初宇宙を飛んだ・・から)を軸に後ろに0を加えていきました。
α7000が出たときは、迂闊にも内容を認識せずに、とうとう番号が一杯になって0が三つか、と思ったくらいです。
300という数字は頭の数字が7,5,3と下がってくる一番下の大衆機で、0が二つですから割に新しいことは解ります。

でも、非常に詳しい方は、これなに?そんなのあった?
と言われるはずです。
そうなのです、この番号のカメラ、X300 は存在しない筈なのです。

答えは次の写真のなかにあります。


このカメラが1987年の暮れ、偶然私の所へ来たとき、このマークはマイナーでした。
今は世界的ブランドです。
そして折りしもコニカミノルタ=六桜社+浅沼商会が舞台から退場していきました。

これは三星製 サムスンのミノルタX300です

2006年3月 8日 (水)

オリンパスの挑戦

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48番  「新」 「実用」  オリンパス OM-30(ブラック)
NO 1080640  ZUIKO AUTO-ZOOM  35-70mm  1:4  101972
最小絞り22 最短撮影距離0.7m  単4バッテリ*3 
モード:  SINGLE AF  SEQUENCE AF  POWER FOCUS
1000.500.250.125.60.30.15.8.4.2.1  B
(シャッター速度制御リンクはマウントの周りにあり、Bは露光制御スイッチ側にあってMANYUAL,OFF,AUTO,CHECKと並んでいる)
横走り布幕電子制御フォーカルプレーン  シャッター幕に測光用斑点(ドットパターン)付の絞り優先TTLダイレクト測光  ASA25〜1600  露光補正1/3ピッチ+−2EV
マイクロスプリット、シャッター速度ダイオード表示、専用フラッシュチャージE&同調信号 ホットシュー(のみ) 電子セルフタイマー
電子ピント検出
モータードライブ接点あり  G13電池*5

仕様を読んでおられても、耳慣れない、あるいは想像がつきにくい言葉が並びます。
実はこのカメラ、長く使ったペンタックスとはME−Sを最後に別れを告げ、時期主力機に選んだものなのですが、やがてミノルタアルファが出るに及んで、たちまちその座を奪われました。
それかあらぬか、私自身(当時も今も)使いこなせておりません。
それゆえ此処に言葉を並べて書く性能を、ちゃんと説明せよ、と言われると大いに怪しいのです。

オリンパスは昔も今もそのキャラクターに挑戦者と言う面を持っています。
このカメラはシャッター幕にフイルムと同じ反射率のグレイパターンを付け、その反射で露光中も含めてリアルタイムに露光量を積算すると言う、究極のTTLを装備しているだけではなく、きわめて初歩的なAFを搭載しました。
最初のAFはやはりペンタックスのME−Fでしょうが、試作の域を出ずに消えました。
OMシリーズは今も愛用者がいる名機ですが、OM-1,2,3,4の一桁番号と普及型の10.20.30,40の二桁番号に分かれます。
さらに派生形が何種類か出ましたが、元々の大本にM1という機体がありました。
これは実質的にOM−1と同じものですが、発売とたんにライカからクレームが付いて改名しています。
ところで此処にある30ですが、勿論普及クラスの廉価版です。
但しとんでもない試みが搭載されておりました。
オートフォーカスです。
実際上は合焦点したときに信号が出るいわゆるフォーカスエイド的なものでそれもほとんど実用にはなりませんでした。
ところが更に同じ機構を用いたズームレンズも発売されて、この両者を組み合わせると、”待ち受け撮影”が(条件がよいときは)可能でした。
更にOMシリーズは一桁がモータードライブ、二桁はワインダー(巻き上げ速度の差ですが、数字的には現在把握しておりません)が装着でき、30のみは二桁ながらモードラ装着が出来ました。
写真はその形で、専用ストロボを載せています。
このストロボもただ者ではなく、このままでバウンス出来またグリップと結合してグリップタイプにもなるというものでした。
ところでこの状態で稼働するときは水銀電池が5個、単三4個、単四3個を必要とし、勿論モードラの専用電池も必要というありさまです。

これはs58/10保証書付き新品を定価64800の所、¥38700で購入したものです。(発売s57/11)
威張っているわけではなく、只のサラリーマンが主力艦を交代させる時はこのくらいの努力が必要、と言うだけのことでして相手はあのTカメラさんでした。
一応主力艦ですから追々装備は揃え、写真の組み合わせの他、ズイコーmcオートw1:2 35mm Gズイコー1:3.5 21mm トキナー1:3.5 70−210mm などを装備しましたが、あまり活躍せずに終わりました。

昨日今日、E330というデジ一眼が発表されました。
一眼レフとコンパクトデジの合体した?ものです。
これは究極のカメラになり得ます。
未だリファインはされていませんが、オリンパスはやはり挑戦者です。(喝采)

2006年3月 2日 (木)

パンケーキレンズ

Zoxshf33

15番  「新」 「実用」  PENTAX ME Super
1642685  smcPENTAX−M 1:2.8  40mm  6001200
最小絞り22  最短撮影距離 0.6m
L AUTO M 125x B  フイルム感度設定iso64〜1600 露出補正1/4 1/2 1 x2 x4
縦走りメタルフォーカルプレン  セルフタイマー(機械式)  専用オートストロボ接点付きホッとシュー
G13*2

リコーのサンキュッパとは時期的に多少前後しますが、Kマウントペンタックスの主力製品で、私のメインでもあった機体です。
MシリーズはKシリーズを小型化したもので、当時世界最小と称していました。
MESuperは全自動露出が基本で、シャッタースピード表示は外からは見えず、ファインダー内にダイオードで表示されました。
L=ロック、AUTOで絞りに応じたシャッタースピードが自動で決まり(絞り優先AE) Mにしてボデイ上面の二つのボタンを押してファインダー内のダイオードの表示を変えることにより手動セットが行えます。
この速度制御は全部電子制御で、次の125xとBのみがメカニカル制御でした。
(電池が無くなったときは、此処へ逃げ込みます)
小型軽量で自動化が進み、使いやすい機械でしたので、初代K形を20年近く使ってからこれに変えました。
今リストを見るとレンズが7本、ワインダー、ストロボ、マグニファイアー、クローズアップレンズなどなど、主力として恥ずかしくない重装備でした。

写真の状態ですが、余分な一切を外して、いわゆるパンケーキレンズのみを着けています。
当時から一癖ある?ユーザーの注目を集めていたレンズで、今のIstにも似たものが供給されたとか、しないとか。  高級高性能ではなく、ぺちゃんこのコンパクトさが身上です。
実は私の主力がαシリーズに変わった後も、この格好でずっとスタンバイしていました。 
実際に出動する機会はそうは無かったですが、触れ込みは 、”ポケットに入る一眼レフ!” というもので、目立つ装備をせず且つある程度しっかり撮らねばならない場、例えば結婚式場などというのに向いていました。
(あまり実際的ではないレアケースの設定を空想して楽しんでいるのが、カメラ数寄と言うものです。)

2006年2月26日 (日)

リコーのサンキュッパ

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49番  「セコ」 「実用」  リコーXR-500
B# 37 28390  TAMRON 35-70MM 1:3.5  CF MACRO 64゚-34゚ BBAR MCφ53
17A NO.2033894  最小絞り32 最短撮影距離0.9m(70mm側で0.35m)
500,250,125,60x、30,15、8、B 縦走りメタルフォーカルプレン(メカニカル制御のみ)
1軸不回転  セルフタイマー付    X接点ホットシュー(のみ)
斜めスプリット+マイクロプリズム  Kマウント
追針式TTL解放測光  ASA12〜3200(DIN12〜32) G13水銀電池*2(アルカリ不可)

ペンタックスがトップを走っていたころから、少し時代が下がります。
その分現在の一眼レフに近くなりました。
このリコーXR-500は、発売当時 「リコーのサンキュッパ」 と、(誰でしたっけ、当時の人気者ですが・・)テレビコマーシャルで喚きたて、一世を風靡した機体です。
クイックリターン、順算式自動復元カウンター、レバー巻き上げ巻き戻しはすでに常識となり、追い針式でTTL(レンズを通った光で測光する)半自動露出搭載も当然、
そしてシャッターはボデイ内に一々組み込んでいく従来の布幕式に変わって、レンズシャッターメーカーによる工場量産品に代わっていました。
(これがセイコー製だったか、シチズン製だったか今わかりませんが多分シチズン製)
そしてそういった仕様の一眼レフの大群に対して、必要な性能に絞り込んで価格破壊を仕掛けたのが、リコーのサンキュッパ、すなわち¥39800だったのです。
リコーは既にこの一時代前の二眼レフ全盛期に、簡略設計のリコーフレックスを投入して大成功を収めましたが、二匹目の泥鰌も相応の成功を収めたのです。

写真はs58年にレンズ付で¥22000で入手した中古ですが、主目的はレンズにありました。
タムロンをはじめとする交換レンズ専業メーカーは戦後早い時期からやっていて、安かろう、悪かろうと疑われながら、考えてみるとこの業界での最長不倒距離をマークしています。
このころズームレンズの時代が始まりかけていて、35〜70の二倍標準系が主流でしたが、このレンズのようにズーム系のレンズ移動を利用して近接撮影(マクロと称しました)にも強いものが多くありました。
実際にはいろいろ制約が多く、性能も今ひとつでしたが、この頃の一つのスタンダードでした。
それらの中でタムロンは、タムロンマウント+各種マウントコンバーターと言う形式をとって、複数の機種に装着できるのが売りでした。
このやり方はAF時代に入って制御系が電子制御になるに及んで消滅しましたが、一種便利なものではありした。
実はこのレンズのKマウントをOMマウントに変えて、そういった使い方もしていました。

2006年2月17日 (金)

ペンタックスもバヨネットに

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36番  「新」「実用」 PENTAX KX(ブラック)
B#8387021
1000,500,250,125,60X,30,15,8,4,2,1,B 1軸不回転布幕横走りフォーカルプレン
ペンタプリズム固定,クロスマイクロプリズム、TTL解放測光、ホットシューおよびX、FP接点、自動復元順算式カウンター,セルフタイマー(時間調節可)、絞り込みボタン、ミラーアップ可能、絞り直読式、ASA目盛8〜6400、 Kマウント

他社が全てバヨネットマウントの中で,ペンタックスは長くスクリューマウントを守ってきました。
どちらがベターかと云うのは自明のことですが,プラクチカが始めた此のマウントは,ペンタックスの成功に依って国際規格になり,無数の交換レンズが生まれます。
とは言うものの、マウント以外は完全に完成された機体が次にマウントに手を付けるのは必然でした。
これがKマウントと称するペンタックスのバヨネットマウントで,基本的には今日のデジ一眼にまで引き継がれて、これまた国際的な規格になりました。
これを装備した最初のペンタックスはKE及びKXで、KEは露光が自動化されたESの系統,KXは名機スポットマチックの流れを汲んだ半自動露光機でした。 此の後はボデイを小型化し,当時世界最小と称したME、MXとなり、最後にオートフォーカスを搭載したME-Fに至ります。
そして此の時点以降,なぜかペンタックスは”世界初”どころか迷走を始めて脱落して行きます。
さて写真の機体ですが,S58/2新品保証書付きボデーを購入したもので、発売は50年、定価52100円のところ26000円でしたから今で云う処分品.其のお店は今もありますから内緒です。
それにF1.4/50mm新品9800円をつけ,更に中古のF1.8/85mmを10000円(もっともこれは後で整備費が6600円掛かりました)
「昔は良かったなァ」・・・,と云うお話です。
回顧談はさて置いて写真の機材の状態ですが,ベローズ付きのベローズタクマー100mmF4を着けています。
此のべローズは後部マウントが交換出来て,スクリューにもバヨネットにも対応し、1:1撮影から無限まで撮影出来る優れものです。 前部マウントはスクリューですが、マウントコンバーターでどちらのレンズでも装着できるので、拡大撮影なども含め、応用範囲はとても広いものです。 そしてカメラ本体のスペックは、絞り込みやミラーアップまで可能で,此の後出て最近まで作られ続けたフラグシップのLXとほぼ同様ですから、実用性と云う点では相当なものと云えましょう。

2006年2月 8日 (水)

トップエンド

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24番  「セコ」「実用」  NIKON F フオトミックFT
B# 6540776 NIKKOR-S AUTO 1:1.4 f=50mm No407072
1000,500,250,125,60x,30,15,8,4,2,1,2,B 1軸不回転布幕フォーカルプレン
フオトミックファインダーTN(CDS 銀電池*2) ペンタ交換可能一眼レフ 
 X接点 レバー巻き上げ巻き戻し 自動復元順算式駒数計 絞り込みスイッチ ミラーアップ 
 セルフタイマー(変速) 独自型ホットシュー付き
フイルムマガジン使用可能 
(かつてはストリップフイルムを自分でマガジンにつめて使うのが主流で、使い捨てのパトローネ入りフイルムは贅沢品かつアマチュア向けのものでした) 

ペンタックスの”歴史”で来ましたが、同時代の他社製機をミノルタとニコンで見て頂き,次にペンタックスがバヨネット化した辺りからの完成型一眼レフの種々相を少しばかり続けてレンジファインダーに移りたいと思います。
ニコンFは昭和38年発売ですから、ペンタックスAPに遅れること6年ですが、最初から完成したしかも最高スペックの姿で現れました。 此のボデイはあるベテランがF3が出る迄使い倒したもので、いわゆるプリズムマーク(NIPPONKOGAKU TOKYO)の時代のもの、フオトミックファインダーはついてきたのですが、当初からのものかどうかは判りません。レンズは別途トキワカメラで驚異的ロープライスで入手。全体ががたついていましたが、ニコンで修理したら完全に元に戻りました。(チャンとしたのを買うくらい掛りました)
猫可愛がりで押し入れの奥深く仕舞ってあった、見かけだけ綺麗なのよりも、こうしたものの方がきっちり働くようです。
其の後更に別途プリズムファインダーを入手。 当時フオトミックファインダーのCDSが“死に”始めていて(此れのはまともに動きましたが、今は?)単独プリズムファインダーはニコンFユーザーにとって超レアな必需品になっていたようで、だいぶ憎まれました。(勿論既に製造終了)(写真の左)
余談ながら私のへそ曲がりで、トップメーカーのニコン機はこれだけ、車はトヨタでなくホンダ、タイガースでなくても良いが、ジャイアンツが負けたら機嫌がいい方なので・・

2005年12月30日 (金)

マニアックカテゴリ、カメらコレくしょん再開御挨拶

Blog;ノルマ!!のsangoです。
昨年来病のため、ホームページの維持が怪しくなったので始めたブログですが、おかげさまで目下の所は、両方とも成立させることが出来る程度に体調が維持できております。
もともと”カメらコレくしょん”なるカテゴリは、雨の日など一日一アップの「内規」が守れない時のカンニングコーナーとして設けていたのですが。一日の撮影の話題を複数日に展開するに及んで、其の意味では必要なくなりました。
それにカメラを引っ張りだして撮影するのはともかく、データの類いを判っている範囲で正確に記載しようとすると、此れは結構大変なノルマになるせいもあって、中断しておりました。

ところが現在僅か8項目、初期の一眼レフ、それもスクリューマウントのペンタックスの間だけなのに、今でも何日か置きにアクセスがあります。
多くは検索にかかったものですが、”お気に入り”に入れて頂いて、そこから当ブログを頻繁に訪れて頂いているらしき方もございます。(12/19現在115回)
一方で、季節の良い間は野外での話題に事欠かなかった”ノルマ!!”ですが、寒くなって冬籠りとなると、また”穴”をあける恐れが出てきました。
と云った身勝手な理由もあって、ぼちぼち再開させて頂こうと思います。

休んでいる間にeoのブロッグも相当機能が充実しました。
そこで”カメらコレくしょん”は、「マニアック」のカテゴリに移動させて頂いて、本来の写真日記と区分いたします。
(ただし此のカテゴリにしか、アップの無い日もあるかもしれません)

此の後は、まずAFの手前迄SLRを辿り、次にレンジファインダ−35ミリ、二眼レフ、蛇腹、変わり種、ハーフサイズ、レンズシャッター万能機、限定生産機、大衆機、AFSLR、Old Men、と、「目次」だけは出来ております。
コレクションのカメラ達による戦後写真機史〜と迄は行かずとも、一応ほとんどの機械の同時代に生き、誕生に立ち会った年代の者として、感慨を並べてみたいと思っております。

ただし、すべてはsangoの体調如何に依って決まることなので、どうぞ期待せずにお待ちください。

追随者たち


46番  「セコ」 「コレクション」  Minolta SR-1
 B#1264774 Auto Rokkor PF 1:1.8 f=55mm #2425472
500,250,125,60,30,15,8,4,2,1,B  セルフタイマー内蔵  ペンタ固定
  1軸不回転(等間隔エンドレス)布幕横走フォーカルプレン 自動絞り(絞り込みレバー付)
 FP,X接点  レバー巻き上げ巻き戻し  自動復元順算式駒数計
 アイピース溝付き 露出計着装シュー シャッターにlv,絞りにsv値記載

ペンタックスで第1世代のSLRの進歩を追いましたが、その成功は多くの追随者を生みました。
中でもミランダはその先進性で抜きん出ており、ニコンFとコニカFがハイエンドを目指しましたが、残念な事にミランダとコニカFは消えてしまい、特にコニカFは幻のカメラになっています。
此処にはその他大勢の代表として、ミノルタSR-1を登場させました。
その他大勢と言っても、各社それぞれに工夫を凝らした機体ばかりで、この切磋琢磨が日本のカメラをしてカメラ王国ドイツを抜き去る原動力になったのです。
面白い事にミノルタの最初の製品はSR-2と言い、1があとから出ています。
写真ではアイピースの溝に付けたアクセサリーシューに、ナショナル製の小型フラッシュガンを載せ、ボデイ前面右にある専用露出計シューに専用のセレン露出計を装着しています。
この露出計はシャッター軸に連結しており、針を絞り値に合わせる事により自動的にシャターが決まるようになっています。 勿論絞りの値は先にレンズ側でセットし、その値を露出計に移し替えるもので、連動しては居ません。
それでも当時としては画期的な進歩で、素晴らしい機構であったのです。

2005年3月23日 (水)

スクリューマウントでAEに到る

Kdz7tkhc


24番  「セコ」「実用」  Asahi PENTAX ES2 (黒) 
B# 6692254 SMC-Takumar 1:1.8/55 7056627(マルチコーテッド)
1000,500,250,125,60x,B AUTOMATIG 1軸不回転布幕フォーカルプレン
TTL AE(解放測光)(CDS 銀電池G-13*4) 固定ペンタ一眼レフ 
 Fp、X接点 レバー巻き上げ巻き戻し 自動復元順算式駒数計 絞り込みスイッチ 
 セルフタイマ= アイピース溝付き  ホットシュー付き    

ペンタックスはボデイの輪郭とスクリューマウントを変えること無く改良を続け、ついに全自動露光、即ちAEに到りました。
絞り開放測光で、シャッターをAUTOMATICにして切ると、設定した絞りに合わせてシャタースピードが決まります。
速度制御(スロー側)は電子制御で、マニュアルで機械式(高速)シャッター部分を利用出来るようになっています。
此処迄一眼レフの世界をリードしてきたペンタックスですが、後発のライバルはすべて交換が素早いバヨネット式であり、かつAEを含む諸性能もそれぞれに優れたものを持つようになってきた為、ついに新しいマウント規格に移転します。
これがKマウントと呼ばれるものですが、スクリューマウントのレンズを装着するアダプターが用意され、自動化は殆ど無効になるものの装着は出来、旧レンズ資産が生きるようになっていて、此の精神は今も引きつがれて、最新のデジタル一眼にさえも(其の気になれば)装着可能となっているそうです。

2005年3月22日 (火)

名機誕生!

21番  「セコ」「コレクション」  Asahi PENTAX SP  (スポットマチック)
B# 1499245 Super-Takumar 1:1.8/55 2417968 自動絞り
1000,500,250,125,60x,30,15,8,4,2,1,B 1軸不回転布幕フォーカルプレン
TTL測光(絞込測光自動復元)(CDS 水銀電池HB*1) 固定ペンタ一眼レフ 
 Fp、X接点 レバー巻き上げ巻き戻し 自動復元順算式駒数計 絞り込みスイッチ 
 セルフタイマ= アイピース溝付き(写真はそこにアクセサリーシューを装着)    

140番 (写真無し) すべて同形のもの、 露出計故障 
 B# 2760149  ボデイのみ

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ペンタックスはメカ関係が次々洗練され(上記のスペック欄を仔細に比べて見てください。判らないことがあればコメント欄で質問のこと)外付け式の専用露出計などが準備された後、昭和39年7月にレンズを通った光を測光して露光を決める画期的な機構を持つSP型が出現します。
セレン光電池では無く、CDSと称する明るさに依って抵抗値が変わる素子をペンタ光路内に設けており、シャッターまたは絞りを操作してファインダー右側にある”蟹の鋏”に針をあわせるやりかたで、ここに露光関係の半自動化が完成します。
その他すべてが熟成されたペンタックスSPは大ベストセラーとなり、名機と謳われて長い間愛用されました。 140番の機体は数年前中古屋さんの店頭のゴミ箱から1000円で救出してきたものですが、露光計以外は完動品、多数の交換レンズやアクセサリーもあって今でも実戦出動可能です。
此の後ペンタックスは全自動露光に挑戦し、其の後でマウントをスクリューからバヨネットに変更します。 スクリューマウントはペンタックスの独走ではなく、別名プラクチカマウントと呼ばれる通り世界的規格ですし、バヨネットのKマウントも膨大な数のレンズが存在して、最近ではベッサがこれらを利用するボデイを新作しています(フォクトレンデルブランドのコシナ製新鋭レンズも供給されています)。

お断り: 初期の一眼レフは、自動測距の最初の試みであるペンタックスME-F迄、ほぼすべての(世界初の)技術的進歩が旭光学(現ペンタックス)の手で行われました。
それで此処何回かは、ペンタックスの話ばかりになっています。
(注1:TTL測光の内、フイルム面での明るさを直接計る方式はトプコンが始め、オリンパスに引き継がれました)
(注2:自動測距即ちAFはミノルタのα7000に依って実用段階に入り、暫くミノルタの天下が続いて現在に到ります)

2005年3月17日 (木)

ローマは一日にしてならず・・

20番  「セコ」「コレクション」      Asahiflex 2B
B# 59049 Takumar 1:2.4 f=58mm No66096 プリセット絞り
500,200,100,50x,25,B 回転持上式布幕フォーカルプレン
 F、X接点 ノブ巻き上げ巻き戻し 駒数計手動セット 直視ファインダー付き一眼レフ 

30番 (写真無し) すべて同形のもの、故障 
 B# 57652  Takumar 1;2.4 f=58mm No66657

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ペンタ付きクイックリターン一眼レフを完成した旭光学ですが。ローマは一夜にして出来たものではありません。
其の前身として、以前から上から覗く式の一眼レフを作り続けていたのです。
正直言ってバルナックライカのコピーにミラー部をくっつけたものですが、此の2B型は既にクイックリターン式です。
最初の1型は昭和27年5月発売、他に1A型2A型があり、スローシャッター付きでした。
写真の機械は大学の研究室で学術研究用に、2台セットで働いていたものです。
専用のアクセサリーとしては近接撮影用の延長鏡胴などがあります。

2005年3月12日 (土)

SLRの誕生

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6番  「新」 「実用」       Asahi PENTAX K  (奥)
B# 155246 Auto-Takumar 1:1.8 f=55mm No159249 半自動絞り
1000,500,250,125,60,x,30,B 30,15,8,4,2,1,T 2軸回転持上式布幕フォーカルプレン
 FP、X接点 レバー巻き上げ巻き戻し 駒数計手動セット 固定ペンタ 全手動機

73番 「セコ」「コレクション」  Asahi PENTAX (通称AP型)  (手前)
 B# 132579  Takumar 1;2 f=58mm No132083 プリセット絞り
 500,200,100,50,x,25 25,10,5,2,1,T 2軸回転持上式布幕フォーカルプレン
 FP、X接点 レバー巻き上げ巻き戻し 駒数計手動セット 固定ペンタ 全手動機

現今カメラと言えば、一眼レフを指すと言っても言いでしょう。
小型カメラの歴史の中で、完成型と言える形式だと思いますが、そこにはライカから始まった35ミリフイルムカメラの諸仕様が完成の域に達していた上に、クイックリターン、即ちシャッターを切るのと連動してミラーが自動的に上がり下がりして、撮影時に画像が消失するという従来の一眼レフの欠点の克服と、撮影画像と同じものを直視正像で見ることが出来るペンタプリズムの搭載と言う技術的突破があった訳です。
昭和32年旭光学がそれを成し遂げて、コンタックスのネーミングにあやかった、ペンタのついた・・クスを完成させたのです。
(因に此のコンタックスはライカと張り合ったツアイスのコンタックスで京セラではありません)
最初に作ったのが現在コレクターにAP型と呼ばれるもので、(写真手前)絞りはプリセット式と言う撮影時に手動で絞り込む形式でしたが、一年後にバネを使って撮影前に絞りを解放にしておく半自動絞りを搭載したK型が完成、現在の一眼レフのほぼすべての機能が搭載されました。
これが私が十数年使い倒した機械で、次の進歩は露光の自動化、更にピントの自動化へと進む訳ですが、それはまだだいぶ先のステップになります。

2005年3月11日 (金)

最長老、百歳

Ybzezdye

1番  「セコ」「実用」

 The Lily   B# 不詳

Wollensak Vinco-Anastigmat F6.3 No52341 Focus 5.1/4" (最小絞りf44)
no2 Optimo T,B,1.2.5.25.50.100.200.300

ウオレンサック製リリー  正2段伸ばし あおり付き乾板カメラ  1902年製造
(今年で100歳+)
木製ボデイ、革蛇腹、取枠(両面式3枚付属)はベークライト?製で引き蓋はボール紙に黒い何かを浸潤させたもの=軽量化の為に先進的な工夫がされている。
レンズ、シャッターとも製造当時としては破格の高性能品。
水準器付きの反射ファインダーの他、後付けの直視ファインダー(凹レンズ1枚に接岸部は針だけのもの)

このBlogでの実用機ご紹介の後は、我が艦隊の最長老のご紹介です。
昭和26年頃(当時既に40年前のカメラ)入手. 
カットフイルムを乾板取枠に入れて、実際に大サイズ撮影用に使用。
高校の文化祭で演劇部の公演を撮るよう依頼され、これを左腕に載せて(当時の報道カメラマンがスピグラで構えた時のまね)右手で山盛りのマグネシュウムを炊く。
劇のラストで決まったところを切っているから、写真写りは良いし、演じていた奴らも結果に大満足だが、実は其の(劇の)決定的瞬間には、観客は皆ポカンと口を開けて(舞台は見ずに)マグネシュウムのキノコ雲を見ていた(のだ!)
皮の剥がれたところを自分でペイントし、シャッターの不調を自分で直して結局スローが効かなくなり、其の後三脚を付けた状態でひっくり返して全体が歪んでしまい、引退したのが現状です。

2005年3月 5日 (土)

デジタルの主力艦(ちょっと弱い!?)

Ha4o3hzo

144番 「D」「新」「実用』

 Coolpix 990 #2005877

ZOOM NIKKOR 8-24mm 1:2.5-4

334万画素 2048*1536 1024*768 640*480 320*240
無圧縮Fiff jpgファイン、ノーマル、ベーシック  コンパクトフラッシュカード 8m付属  

ストロボ、セルフ、動画、ファインダー視度調節、スイバル機構で液晶はフリーアングル
Wideconverter Wc-e24 0.62*  Teleconverter Tc-e2 2*
外装ストロボ SB-23

2000/05/04 京都ソフマップでcoolpix950を売却、ムツミ堂で購入。

Xgが来る迄デジタル艦隊の旗艦でした。今でも主力艦で活躍中です。
おかしなもので、銀塩カメラはニコンはFが一台ある切りなのに、
デジタルはニコンがメインでした。
恐らくフイルムスキャナーがニコンだったせいでしょう。
そしてデジタルカメラはカメラとしての愛着が薄いのか、下取りで新型にしています。
とは言うものの最早コレクションに類するものも2台あり、
一方では未だ一眼レフには進化していません(理由はきわめて単純明快、○欠)sad

2005年2月23日 (水)

目下の働き者

Puc0psiz

169番「D」「新」「実用」

 DimageXg マリンブルー  #71423524

KonicaMinoltaZoomLenns 5.7~17.1 1:2.8~3.6
プリズム付き屈折光路変更型ズーム 0.15〜無限
4〜1/1000sec  露光補正+-2ev(1/3evステップ)

320万画素 2048*1536 1600*1200 1200*960 640*480
エコノミー、スタンダード、ファイン sdメモリーカード
16m付属   
専用リチュウム電池 np200

ストロボ,セルフ,動画、録音機能

2004/5/25 京都なにわ 

一番始めは目下大活躍中の実戦機、KMXgです。
此のBlogを始めWEB上のものは今や一手に引き受け、何よりその小型軽量(屈折光路の威力!)で病人の日常散歩用にはぴったりです。
実力の程はご覧の通り。smile
(これを撮ったのはニコンクールピックス990)

2005年2月20日 (日)

前口上

smile始めて親父がくれたのはセコのセミ・ライラと言う国産ブロニー半裁判でした。
半世紀以上も前の事です。
そして戦争が終わって親父の宝物のライカ(D3の黒、エルマ−3.5)を召し上げて撮るようになりました。
写真歴と云えばそう言う事ですが、どうも本当は写す事よりメカ弄りが本性と言う事で、カメラと名がつけば何でも取込んで、壊れたのやおもちゃを含めて170台ほどになりました。
すごい大金持ちで資産家、と早とちりしないでください、概ねそう言うのが普通カメラコレクターですが、私のはほぼ原資ただ。従って現在価値も殆どただ。
自分用の実用に買ったのは別として、原則ただで手に入れたものばかりなのです。
さてはすごい大金持ちではなくて凄い大泥棒だったか、と早とちりしないで下さい。
種明かしをすると、長いこと写真やっていると、周囲の人から「カメラ買いたいんだけど、何がいい」って、コンサルテングを求められます。
誠心誠意お応えして(実は自分が気になったのを推薦したり)何十年かたって、
「あのカメラ使ってられます?」
「いいヤ、あァ、そういや未だどっかにあった筈だな」
「そんな可哀想な、僕んとこでゆっくり余生を送らせて上げたらどうですか」
と言うやり取りのあげく、ナポレオン(当時は高かったんだぞッ)一本で、我が家に連れて帰る。
と言った案配の連中なのです。
sadで、メモ帳に書いてあるのをデジタル化して整理しょうと思っていたのを、この機会に写真入にして並べようと思い立ちました。
一つは京都イベントルポのHPを継続するのに支障(MyHardの関係)が出そうで、カンニングにこのBlogを始め、それが又支障した時の更なるカンニング用なのです。
それで毎日は出ませんし、見て頂いたら判りますが、我が家に忍び込んでも決してお得にはならない代物ばかり,と云う点だけはご了承のほどを。hospital
(下の奴は幾ら何でも員数外、鉛筆削りです)

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