ブログ:ノルマ!!  TOPページ (2010)

              京都のイベントや社寺を主とした写真日記的ブログ

 

                          色々なご案内などを書き込んでいます。

修正 09  07/26  07/31  10/17    10  06/01  08/31

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-1: 雑記帳(10/06/03)

此のブログも初めてからもう5年になりました。 
関西電力のメンテ用光ファイバー網を利用したeoのネットワークで、加入した頃は3万人になったら経営が成り立つと言うことでしたが、昨日今日は100万を越えた、とTVコマーシャルをしています。
ただし一昨年の八月にそれまで関西ドットComと称していたのが今のeoblogに変わり、ブログのソフトも変わって実用上もサービスも低下してしまいました。
集計の仕方が違うのでしょうが、以前は最大一日400人/1000アクセスまで記録したものが、現在では平均して250~300アクセス/日程度です。
それでもやっと記事の数が2000を越えて、最近では毎回10枚程度の写真をアップしますから、掲載した枚数も万を超えることに事になると思います。
その間の皆様方のご声援を感謝すると同時に、今後も続けられる限りやっていこうと思いますので、宜しくご支援の程お願い申し上げます。

  08/31追記
アクセス数累計ですが、eoblog以後の集計で本日200000アクセスを越えました。 またFc2アクセス解析によると、今月16日 ユニークアクセス526人、累計722アクセス/日を記録しました。
今月はまた日本、アメリカを別として、世界21カ国からアクセスされています。
おかげ様でこのように昨今は次第にカウント数等が良くなりつつあります。 皆様のご声援を感謝いたしますと共に、倍旧のご支援の程お願い申し上げます。


0: 一般事項

この辺りに特記する事項ではなく、当たり前のこととして居りましたが、世知辛い世の中で書いて置いた方が無難なようなので此の項を設けます。

 01: 当ブログ所載の記事映像の著作権標示は (C)Sango/Morino-Fukurou です。
 02: 当ブログ所載の記事映像は原則として二次使用可です。 但し事前に目的等を明示して了解を取っていただくことが、当然のエチケットと心得ています。
 03: 良識常識外の行為とその結果について当方として責任を持ち得ませんし、必要な手段を執る権利は留保します。


1: 記述内容に関する訂正事項:

最近ではありません。

2: ブログの移転絡みの問題点について

08年8月関西ドットComがeoブログに統合された結果、多くの不具合が発生し、大変ご迷惑をおかけしております。  10年6月現在も残っている不具合は下記の通りです。

 1)  ブログ内リンク切れ

a: 関コム時代のページ(08/09以前のアップ分)内にある当ブログ内のリンクは、サーバーが無くなった為に全て機能していません。 
それで”ブログ内検索”窓を右欄外に設けております。
此処にキイワードを打ち込んでいただくと、Googleが開き、、そこの検索窓下にある

  ”http://sango-kc.blog.eonet.jpを検索” ボタンをチェックしてから、
再度検索ボタンを押して下さい。

Googleが収集してくれた当ブログ内の項目がほぼ全て現れます。 
目的ページ周辺のものもあり、ブログ内検索及び内容概観としてご活用頂くと、結構お役に立つかと思われます。

b: 当初の不備を解消するために、eo側で設けた検索窓がブログ頁最上部欄外にあります。これは少し宛改善されていますので、上記a:の検索欄を試みられて不充分な場合はお試し下さい。

 2)  ページ間の移動

関コム時代のページ末尾にある  前の頁へ  次の頁へ  *Blogノルマ!! 内容一覧*
に関しては上記のと同じ理由で機能しません。 
前後頁への移動リンクを毎日手製で設けておりますが、古いアップ部分迄手が回りません。
ページ間を移動して頂くのには各頁トップにある”メイン”の左右に標示されたタイトルをクリックすることでお願いする事になります。

 3)  05/09/08以前の写真の消滅

これは関コムの仕様で画像一点に限定されていた頃のものですが、横位置の写真が消失しています。 本来は移転時にeo側で修復すべきものですが、時間経過と共に逆の現象が起きて次第に消滅、今や全部消えてしまいました。
関コムの時アップした30000点ほどの写真をeoからCDとして送ってきたのですが、ファイル名とNoが変更されていて、その命名法に法則性がありません。 
自分で修復したいのですが、必要な写真を探し出す作業は絶望的な偶然性に頼る事になり、戦意喪失中です。 

 

 

2010年12月31日 (金)

除夜の鐘~試し突き(知恩院2010)

     

今年も押し詰まりました。色々なことがありましたが、わたくし的には健康を害し・・と云うか、所詮は賞味期限が切れかけたに過ぎないのか、とにかく救急搬送のご厄介に4回なりまして、入院も4回という有り様。潰れかけた身体をなんとか持たせて来年も人がましく生きていきたいものと願っています。
そんな状態ですが、ブログの締めくくりだけは格好を付けて終わろうと、寒い中を知恩院の除夜の鐘試し打ちに行きました。 

ご承知の方も多いかと思いますが、此の日本三大梵鐘の一つは通常の手段では衝けませんし、それもあって日頃鐘の音を聞くこともできません。、 音もそのアクションも本番の除夜か此の練習日だけのチャンスになります。

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正月すこし間をおいてから一日分に揃えるつもりはありますが、本日大晦日はとりあえず除夜の鐘の先取り、サワリだけアップしておきましょう。
因みに未確認情報に依れば、行く年来る年に登場のようです。

では皆さんどうぞ良いお歳を

除夜の鐘試し打ち:09知恩院  数字的なことなどはこちらをどうぞ

2010年12月30日 (木)

全国高校駅伝10(女子2区)

 

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折り返して2区へ入ったところです。
同じ紫明通りを西へ引き返していく格好です。

通りの北側1区になる方は学校や公共施設ですが、こちら側はは主に民家が並んでいます。


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近所のお爺さんの横に居る旗を持った若いのはコース係員、どこかの陸上部員でしょう。

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紫明通りの往復は道がゆるく大きく蛇行するのでコーナーの取り方が勝負をの要だそうです。

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偶々ですが京都らしいお家がバックに入りました。

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コーナーワークが難しいと云うことは写真を撮るのには都合のいい場所が多いと云うことですね。

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おおぜいが固まってやってきます。とにかくみんな撮り込みます。

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さっきのお爺さん達ズ~と応援ですね。

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大木に囲われた紫明通りの大観にはこのようです。
全国大会の晴の舞台として相応でしょう。

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おばちゃん達、自分の娘が走っているような力の入れ方です。

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S字の道の頂点を繋ぐ形で走って行くのでしょうが次のコーナーの入り方も計算する必要があるでしょう。、

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いくら後の方になっても声援は続きます。

昨日の分に引き続いて、とりあえずは選手を走った順に並べて居ます。 データを見つけてもう少し増しな記述に差し替えようと思っていますが、来年のことにさせて下さい。
(オニがわろとるで)


 


2010年12月29日 (水)

全国高校駅伝10(女子1区)

  昨日に引き続き女子1区の終盤です。  実はは発表された結果を元に写ってる選手の所属姓名それに其の区間順位くらいは書き込むつもりで居たのですが、 資料が整わず、それをいいことに全部スッッポ抜かしています。 年を越してでも機会があれば補充書き込みをするつもりですので本日のところはご勘弁下さい。

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写真の掲載順は撮影順ですから順位は違っていないはずです。

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トップに近い辺りです。

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留学生の場合は間違えようがないですからデータがあればきちんと書いておくのですが。

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写している場所は京都教育大付属の南辺りです。

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よくゼッケンも校名判らない写り方をするのですが、今回は殆ど画面上で読みとれます。

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時々画面に役員の車やなんかが混じってきます

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各校の応援団は意外なことにこのあたりには余り居ません。広い中央分離帯のグリーンがあるのですがね。

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まだまだ気合いが入っていますね。

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視線はひたすら前方です。

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後の方になっても、順位は一つでも上げなければ。

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ゴー ア ヘッド!!  いい雰囲気ではありませんか。

≪    全国高校駅伝10(女子)

 



2010年12月28日 (火)

全国高校駅伝10(女子)

毎年年末の日曜日。 恒例になりました高校駅伝の甲子園。全国高校駅伝大会が行われました。
女子は午前中10時20分スタート、男子は午後で12時半何れも西京極のグランドを出て、女子の方が少し短く21.0975Kを5区でつなぎ、男子はフルマラソンの距離を7区で走ります。元気なら両方付き合ってブログネタも年を越すほどに稼ぐのですが、万事が半人前の今日この頃、家に最も近くてかつ最も周囲のロケーションが良い女子の1区と2区の折り返し、紫明通りまで出向きました。
ランナー向きではありましょうが風が冷たくて、やっとこさ勤め上げましたが、どこの誰が何番目でどうこうなどと云うことには全く気が回らず、とりあえず走ってくるのを連写しただけ、と云う有り様です。

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従いまして編集方針?も大まか且つ好い加減で、今日の分は1区2区折り返し全体の流れ、明日と明後日は1区と2区の間で写したもの。 いずれもただ写しただけで、出場校や順位、選手個人に関しては何も脈絡はありません。 文字通り写り込んで来られたのばかりで他意はありませんので為念。

写真は舞台である紫明通りの雑木紅葉達、今も赤いのがありました。


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寒風の中を待つこと暫し、ヘリコプターの爆音が頭上にまで来て、堀川通りから紫明通りへと先頭がやってきます。 例の如く露払いやお供の衆が大勢です。

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出場校も順位も無関心にただ写したのですが、地元立命館宇治がいいところ~だと気分がいいですね。

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どうもランナーだけでなくバイクや白バイにも目が行きまして・・・・・・

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去年までと一寸場所を変えました。 バックに写り込む風景は悪いのですが、ランナーの正面を捉えることが出来るアングルです。 

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女子の2区折り返しは紫明の烏丸を出たところですから、この辺りで撮影するのはとても効率?がよいのです。 最後の選手がたった今行ったのに、反対車線では2区を折り返した先頭の選手がもうやってきます。 (バックは比叡山)

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此の沿道には応援団も詰めかけては居ますが、どちらかと云うと静か。 
周辺の人達の応援が主でしょう。


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本来写真撮影のポイントとしては、とてもいいところなんで、もう少し”ケッサク”が出来て良いんですが、どうもその辺りが・・・


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特定の学校なり選手なりを追っているわけではないので、偶々アップになった選手もストレートにアップさせて頂いて居ますが、此が特定のターゲットを捉える義務を負わされての仕事だったら大変ですね。

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なんか此の景色を乗せると、話しが締め括り易い様で・・・

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紫明通りの親水公園。  疎水と堀川の復活ですが、写真の右(北)側を走って来るのが女子の1区。 左側(南)を走り去るのが2区になります。    堀川~疎水:紫明通から 

≪    矢田寺



2010年12月27日 (月)

矢田寺

矢田寺。 冬至の日に不思議不動さんへ行ったからには、23日は寺町三条の矢田寺へ、
これ至極当たり前の行動です。 尤も私の場合不思議不動さんにとんと御縁が無かった関係上、従来南瓜を頂くのは専らこちらの矢田寺。 何しろ街の真ん中ですから足掛かりにかけては問題ありません。 それでホイホイ出掛けて南瓜を頂く。 何しろ大勢の人で、寺町通りの床几に腰掛けて頂くのがここの歳時記です。 です・・、のですが、実は今日は其の写真がありません。 なんで? 一寸野暮用でよそへ行って、遅刻。 (チコクなんてあり?) つまり何百人分かの予定数終了に間に合わなかったのです。

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南瓜ご接待の光景がない12月23日の矢田寺なんて・・・確かにそう思いましたが、現実に遭遇して綺麗に片づいた境内を見ると、これはこれでまた結構なたたづまい。

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と、云うのは此の寺、物凄く狭い境内に物凄く沢山のキャラクターが詰まってる。 其処へ大勢がおしかけて列を作って南瓜を頂戴する。 まあ賑やかは良いとして混雑の極みです。


それが其のイベントが終わった直後だと、凄く整頓されて居て場が広い。 何時も境内の四周の壁にへばりついて居られる仏様などがのびのびとしていらっしゃる。

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此はこれで一種得がたい情景と、一通りを撮っておきました。 
此のお地蔵さん、特にこれといった特徴もなく、すんなり立っていらっしゃるお姿が好きなんですが、今日は前が空いているので少し下がってアップ目に写せます。


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他では見ない一種新機軸なお地蔵さん。
グレイの縫いぐるみなので石のお地蔵さんのイメージもありますけれど、小さく優しく柔らかい表現はとても可愛いい感じです。


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御本堂左脇に何時も座ってられる御賓頭廬さま。
実は私は大の苦手、今回初めて一応のお姿が写真になりましたが、今まで何度撮っても、まるで ”写らない” 方だったんです。


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地獄で亡者を救われる尊者の絵馬と、今日の奉納の南瓜達。 やっぱり冬至の日だな。 

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こちらの梵鐘には鐘楼も無く、御本堂の縁先に吊られてありますが、どうして権威のある鉦なのです。
お盆に精霊をお迎えする迎え鐘はかの六道珍皇寺のもの。
対してお送りする送鉦は此の鐘だ、と云うことになってます。


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マァ、とにかく狭い中一杯に壁も天井も、とあるのが此処の特徴で、如何にも市街地の中らしくて好感が持てる風景です。


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境内真ん中の香炉は何時も香煙が絶えません。 今日はイベントの後の静かさか、心なしゆったりと時も流れているように感じます。

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表にはもう此の看板。
もう歳末。
今年も終わります。


 ≪        不思議不動院:10/12/22

全国高校駅伝10(女子)    ≫

2010年12月26日 (日)

不思議不動院:10/12/22

さて予備知識無しに不思議な空間・・・はちょっとオーバーですが、新しい住宅地と古くからある広大な修験の空間とがミックスしてしまった、とでも云えばいいのでしょうか。  とにかく一帯に龍神様の池やら修行場の瀧(のあと)やら色んなお堂やらが、住宅と混在して広がって居る中に此のお寺の広場がありました。 

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写真正面が御本堂に相当して居て、広場周辺にはお不動さん初め諸々の神仏がおいでです。 山伏姿の方が多分貫首さまでしょう。 何しろおおらかで、どこへ首を つっこんでも、「上がれ、上がれ」とお勧め頂くのですが、一方御由緒書きを頂こうにも「前はあったがもう無くなったわ」と云った塩梅で、やっぱり不思議な空 間でした。

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広場の中程左側のテントに何人か詰めて居られます。 ここで500円お納めして護摩木を頂き、願意などを記してお納めしたら{南瓜」です。 
万事が暇でゆっくり丁寧ですから、お願いの筋もよく聞き届けて頂けそう。

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反対側のテントにはそれでも御参拝の方か、或いは単なる食いしん坊か、とにかく外部の人間が少数座っています。  こちらの方も皆とにかくゆっくりのんびりさせていただいています。

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広場の廻りには随分おいでです。

お地蔵さんの横は金比羅さんで、どこの眷属か赤い衣の御狸さん。


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タヌキの隣はキツネ?

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こちらが正面の護摩堂で、不思議不動院の御本堂内になります。

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南瓜のテントの裏に回ると、これはこれはと云う情景です。
広場の向こう側は神仏総御鎮座と云う雰囲気でしたが、こっち側、テントの裏になると、ずらっとお不動さんが並んでおいででした。


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殊勝に一回りはお参りして、テントにすわります。

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お目当ての南瓜が出てきました。 当ブログは食い物ブログでないことを標榜して居る関係上、だいこ焚き等でもお味については控え目な表現をしています。 南瓜のご供養ご接待も安養寺や矢田寺であり、言い出したらきりがないでしょうが、とにかくボリュームがけちって無いこと、従いましてお味もしっかり美味なこと。 おまけに付いてきたどっさりのお漬け物のお味が南瓜によくマッチしていること。 これは☆三つでしたね。 
一方では此の男、仄かに立ち上る湯気を映像的にとらまえようと、秒10駒で105枚シャッターしました。 これは結局失敗でしたが、デジならでは無駄遣いです。 (減ったのは電池だけですけど。

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南瓜には充分堪能しました。 お参りも済ませてのんびりさせて貰えました。
帰りは下り坂ですから二本足でヨチヨチ降りていくことにしょうと思っていたら・・・


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広場の真ん中に今度はロストルが出てきました。 火が一杯くべられて、なんと今度はその上に立派な牡蠣~岩牡蠣?がならびます。 幾ら食いしん坊でも此の横にへばりついているわけには行かないでしょう。 流から云えば絶対すすめられて鱈腹頂くことになってしまいそう。そうなっては幾ら何でもと、これを汐に退散です。

≪    不思議之谷:10/12/22

矢田寺    ≫

2010年12月25日 (土)

不思議之谷:10/12/22

金閣寺の裏手、ひとつ山を越したところに原谷と云うちょっとした平地があります。 峠一つですが割に厳しい道で氷室道と云い、マイクロの市バスが一日数本通っています。 其処へ向かう道は金閣寺の裏を回って登っていきますが、戦後のある時期までは京都市民が必ずお世話になる施設があって最後には皆通った道でもありました。  今は東山に煙も出ない最新設備が出来て居て、私の場合親父とお袋はそちらですが、祖父と祖母はこちらでした。  今は周辺もすっかり住宅地になって、見晴らしよく閑静なところと言えそうですが、道が上がり下がり錯綜して迷路であるようなところでもあります。・・・と云うか、そういうところでありました。 つまり宅地などになってから初めて此の一帯に足を踏み入れたと云うことです。
ところで、なんの用事で?と云うのはこういうことです。  この辺りに不思議不動と云うところがあって、冬至の日には南瓜供養の接待で賑わう。 其処までが私の持つ全ての情報ですが、お祭りやイベントを撮りに行く人達は皆さんご承知のことで、歳時記?の一駒のようなのです。 ですから一度は行かねばと思っていたのが、機会が出来ました。 ・・・・・簡単に云いますと、従来は随分坂を登らねばならないようなので敬遠していたのが、今や全くそのレベルの話しではなく・・・・つまり麓から全てタクシーに乗らねば行けッこない・・・水準まで堕落したので・・・・と云うわけです。

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およそ曖昧な認識でとにかく行動を起こしたのです。 とりあえずGoogle地図を見ると、数百M離れて大北山大宝寺不思議不動院と云うのと、不思議の谷不思議不動院というのがあってその周辺には院号や山号、お不動さん等々が点在します。  相当広大な聖域のようにも見えますが、回りは住宅で、今までに知っている表通りの氷室道からの印象も俗なものでした。

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タクシーの運ちゃんもよく知りません。 とにかく氷室道を登っていくと、辻辻、角角の要所に色んな案内看板があってそれが皆お不動さん。 でも目的地ではないようです。

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何しろ坂を登るのが嫌さにタクシーなんですから、ともかく上へ、上へと上がっていって、どうもここが地図で見る 不思議之谷不思議不動院らしい。

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地図で見ても谷とは名ばかりで、山のてっぺんへの階段が登っている。
其の雰囲気そのものが些か不思議と言えなくもない不思議なところで車を降りました。
さてそれからは嫌でも二本足で階段。
どうしょうか迷いながらぐずぐず動きかけていたら、世の中変人は私ばかりではないようで、バイクに乗った中年の方が、「ここですか」と問われます。
返事が出来なくてまごまごしていたら、さっさと登って行かれてアッという間に降りてきて、「なんもない}

実際山一帯がお祭りされなくなったようなお稲荷さんや、水子地蔵が無縁になっているので申し出て欲しいという掲示やらで満ちていて、誠に不思議な山でした。


     

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石段を幾曲がりか上がったら、突然此の景色です。 大文字の大穴場とも言えそうで。

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さて目的地は地図のもう一方、少し下の不思議不動院であろうと降りていきました。
鳥居があって山伏さんが居られて、

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見たところは普通の民家の玄関口みたいですが、中にはちゃんとお不動さんが居られます。

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其のお迎えのチョットした平場のところが本日の目的地でした。
イメージでは南瓜供養に御信心も不信心も押し掛けていて大賑わいかと思っていたのですが、それとは全く印象が違います。
 事前情報との落差の大きさ、とても不思議です。


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気が付いてみればここがお不動さん等お祀りの場所で、参拝客もあるのですが、うっかりすると見落とします。

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庫裏?の玄関蔀土に貼ってありました。

これでもう間違いなし。


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広場の真ん中には護摩壇があって結界が設けられ、横の火床ではお茶が涌いています。

のんびりゆったり、冬至の南瓜の御供養など本来こうした雰囲気であるべきで、これを不思議がる方が不思議なのかも。


明日は南瓜を頂きます。

≪    嵐山花灯路10:野宮神社

不思議不動院:10/12/22    ≫


2010年12月24日 (金)

嵐山花灯路10:野宮神社

ISO25600と、Dレンジを三枚合成分まで拡大する・・・お話の続きです。

さて竹の道へは入らずに野宮神社に詣でます。  野宮神社は小さいお社ですし、黒木の鳥居以外そう目を引くものはありません。 ただJR側に広がった苔庭の苔の見事さは半端ではありません。 夜はライトアップされてそれはそれは綺麗です

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が、凄いコントラストの世界になってしまい、豊かな緑が持つ本来の優しさとは全く異質なものになります。 なんとかはんなりコントラストを和らげたいもの、それにこの機械がどう対応するか、が、ここをめざした理由の一つで、撮影時にオートHDRと云う機能を使ってみていますが、此の程度。 未だフオトショップなどの後処理の助けが必要です。

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こちらは奥の方にあった摂社です。 現場の灯りは左右のこの行灯だけ。 あとはほぼ完全に真っ暗気で、その明暗比はひどいものです。 それをなんとか昼間見えるのに近く説明できるところまで持っていく。 と、云うことには成功しているようです。  4.5 1/60 iso12800

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映像の状態をストレートに比較してみましょう。 上は普通に何もしないAE撮影。 下はオートHDR6にセットしてダイナミックレンジを最大限拡張したものです。 ハイライトの飛びとシャドウの潰れ具合の差が判ります。
ISO12800 f8 1/100

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此の映像の雰囲気で、鳥居の材質が黒木である、と云う材質感の説明らしきを画面に加えられないか。 と云う命題については幾らかは巧く行きましたかな。  (画はツマランようになったわな)

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境内で記念写真の撮影サービスをやってました。 メインライトが画面内に入って居ますが、何とか画になっています。  今までだったら吹っ飛んでなんともならん情景でしょうね。

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ストレートにカメラの能力を見てました。 オートHDRを最強の6にセット。 多分三段階に違う露光の6枚を演算しているのだと思います。 従って左端の人物など少しwっています。  ただ真っ暗闇の中の参拝者と向こう側の竹藪のライトアップを両方とも肯定してこのように写し込めるなどと云うことは、今までの常識では有り得ないことでしょう。 後は撮影者がどう扱うかです。  iso12800 f2.8 1/50 (EXIFの記録したこれが多分露光の中心値) オートHDR6レベルに設定。

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と、云った、試し撮りは終わりにして、「こんなん、やれるんとちゃうやろか?」 と、画作りの試みを始めて見ました。

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ものとしては肉眼でもよく見えません。
でも狙った感じは、概ね思ったように掴めました。


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見たとおり、感じたとおりの雰囲気、
デテールまで含めてよう撮れた。 と、思っています。


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これはお遊び。 ”できちゃったあ~”の口です。 意図したものではありません。

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ということで、映像のテーマとしては弱い場所でお茶を濁す分、あまり馴染みのない新機能のテストランでカバーをして見ました。 これらが今後どう生きてくるかは判りませんが、色々な可能性は孕んでいるように思えます。 まあこれからのお楽しみですね。

≪    嵐山花灯路10:天龍寺前

不思議之谷:10/12/22    ≫

 



2010年12月23日 (木)

嵐山花灯路10:天龍寺前

嵐山への行きは昔の通り嵐電四条大宮から。 始発駅だからです。 同じ理由で帰りは天神川乗換で地下鉄へ。 これがこの頃のパターンです。 でも日の暮れ加減の時間配分は難しくて、早い目の行動が必要ですね。 
写真は四条大宮のプラットホーム端。 外の夕景色は意外に京都京都していました。

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まゆ村さんでウサちゃんの繭人形を写させて頂くのが主眼の嵐山行きではありますが、最終日とは言え、花灯路。 とはいうものの竹の道まで行く元気もない。
されば一番俗い範囲で野宮さんまで行ってお参りして帰るべし。 なんですが、其処から先考えることが素直でないのが此の男。  
実は今度のα55、色々今迄とは違うところがあり、其の考察の大論文 写真機史~大層な大論文:NEX&α55 を書き、秒10駒連写 上賀茂神社笠懸10:騎射  やフリーアングルライブビユーでの接写 京都植物園:10/10/23・日本の森2  などは試みて、此のブログに仕立てたりもしましたが、 まだ触っていなくて興味のある、今までにない能力がありました。
何れもメカ的なものでなく、ソフト的なものなので、目で見、指で掴むことが出きるわけではない。 従って私のような旧弊な人間にはどうしても疎遠になる部分なのですが、備わっている能力は試しておく必要がある。
まあ、ここまでお読みになった私並みの(旧弊な)お方は、大あくびをしながらよそ見を始める~カメラの性能のテストかいな~もうええわ~

”あのね ISO25600での実写なんですけど”。   (桁、まちごうてへんか?)

もひとつ、Dレンジが三枚合成分まで拡大出来まっせ。
(それ、なんや?) (実は私も・・?)

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まゆ村さんのお店を出ると、文字通り真正面が天龍寺さんの門。

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通りにはずらっと行灯が並びます。

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天龍寺さんの生け垣の下。

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交通整理掛が声を嗄らして歩行者を車道から追い上げてます。

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湯気、一寸珍しい光景。 湯葉屋さんでした。

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とにかく人が多いし、それも若い人が多い。 こういった商売が流行ります。

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神社や竹林への別れ道。 いつもながら凄い繁盛。
黙って並べてきましたが、ここ迄の写真はiso12800での路頭情景スナップ。 常識的には手持ちスナップ写真の対象ではありません。  
此の後の2枚は   iso25600での撮影で、此の写真は  f9 1/160 (AE)

09_dsc2216

此のお店、廻りは竹藪の真っ暗闇の中に凄いスポットライト。 でもこんなふうに写せます。
iso25600  f5.6  1/160

10_dsc2224

とりあえず真っ暗乃至超コントラストのところでも、撮影の可能性は広がるようです。 
iso12800 f3.5 1/160

11t_dsc2225


廻りには沢山の三脚が立っていましたが・・・
此の通りハイエストライト~灯りそのものから藪の中の竹までとにかく写り込んでいます。

カメラはISO12800まではノイズ処理を行って対応。 25600の場合は複数露光して演算しています。 従って被写体ブレが起こる可能性が有りますが、実用上余り問題はないようです。

iso12800  2.8 1/15 



≪    嵐山花灯路:繭人形

嵐山花灯路10:野宮神社   ≫

此の12800と25600ですが、isoオート設定をした場合、カメラ側が自動で選択する範囲は通常iso100~1600。 そのほかに100から12800まで手動設定でき、12800の場合は特別にノイズ処理をしているようです。  25600はRAWおよびjpg+RAWでは設定できません。 これは複数枚自動露光してそのデータをJpg保存するときに演算して一つのデータにしているからのようです。

2010年12月22日 (水)

嵐山花灯路:繭人形

嵐山花灯路。 寒いですね。 春の東山と違って此から寒くなるときですから、そう言った意味でも意気上がらないところがあって不思議無いのですが、とにかく大勢の人人人です。 
嵯峨野一帯から竹の道、嵐山渡月橋とブログネタには事欠かないので、 本来なれば早々に出掛けて働くべき場なのですが、ご承知のようなていたらくで出にくくて 、結局最終日の19日になってしまいました。 それも嵐電駅に最寄りの野宮神社まで長束通の表通りを往復しただけで,”行った”とはとても言えない内容でした。
ところでそれでも行かねばならないことがあるのです。
それが本日のテーマでして、天龍寺門前にある”繭人形” 「まゆ村」 さんに伺わねばならぬ。
実は此の三年ほど、お商売向きの十二支の繭人形で年賀状を作らしていただいているのです。
年賀状なるもの、それなりに皆さんも工夫を凝らされて居られましょうが、テーマに一貫性を持たすとなると、これ、結構シンドイもんです。 
それが創作繭人形だと、ちゃんと十二支が揃ってる。 写させていただけるものならと、この季節になるとお伺いしてきたわけです。 
従って花灯路はサボっても、こちらへは行かねばならない。 ついでに根性を出して其のお話で一日分を・・・というのが今日の頁と云うことになりました。 (明日からの頁~野宮神社往復~も、相当ムリしてはりますけど・・・)

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来年は卯、ウサギさん。 きっちり言うと辛卯。 (カライウナギドンブリか?)(アホ)

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まゆ村さんのお店は、天龍寺の丁度真正面になります。
表通りからロウジを入っていく、とても雰囲気のあるお店です。
もう一軒化野にもお店があり、こちらは化野念仏寺近くなので、ご承知の方も多いでしょう。


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お店へ向かって入っていくロウジには、繭人形の種々が飾られています。

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材料はすべて絹糸の原料の蚕の繭。 こちらのご主人の手作りです。
干支の人形などはお誕生日のお祝い等にも好適で、適宜メッセージなどを添えてお使いものの体裁を整えたりもして貰えますから、嵐山遊覧記念と共にそう言ったお土産としても喜ばれています。

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店内の棚には沢山の繭人形が飾られて、天井からはモビール形式のが一杯ぶら下がっています。 
此のモビールの兎さんを適宜写させていただいて、来年の年賀状を拵えるのですが、相手は絶えず動き回って表情を変えるので、追いかけるのは結構面白いものです。 (秒10駒で!)
上の写真はとても気に入っているのですが、向こうを向いて”去る”と云うシーンでは、お正月のご挨拶に不適当、とお蔵入りにしてしまいました。

≪    夕雲:10/12/18

嵐山花灯路10:天龍寺前   ≫

 



2010年12月21日 (火)

夕雲:10/12/18

ようやっとの事で19日の最終日嵐山花灯路に行って来ました・・・とまでは実は言えない範囲で、嵐電から野神神社までで往復しただけです。 なにしに? ほんとに何しに?なんですが、とりあえず明日にはアップできましょう。
本日は例の手で緊急避難です。

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こうやってみると夕日って大抵同じですね。 写す奴が同じのせいかな。
明日21日は皆既月食、でも、どうも雨臭い。

≪    不朽の名機:OLYMPUS-PEN-F・但しこれも初代。

嵐山花灯路:繭人形    ≫

2010年12月20日 (月)

不朽の名機:OLYMPUS-PEN-F・但しこれも初代。

さてオリンパスペンのお話は必然的にペンFへと移ります。    ペンは設計の妙によって商業的にも成功したわけですが、其れは設計者をして更なる挑戦に立ち向かうことを可能にしていました。 其の結果として世に現れたのがハーフ判システム一眼レフ オリンパスペンFと云うことになります。
ペンFはペンの兄貴分としてハーフ判と言う前提を背負っていましたが、それなくしてはあり得ない~~言い方を替えれば制約となる諸条件を味方にし、逆手にとって、既成概念に囚われない合理性を貫き、従来存在しなかった多くのメカニカルな組み合わせを創り出しました。 此は創造であり作品であるわけですが、商業的な要求にも応えられる完成された合理性を持つものでもあり、造形として見ても一級の物として現れてくることになります。 

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目下のところ我が家にいるFのご一統様です。 左端と其の右隣の仰向いているのが最初に出たペンFで、金色の華やかな髭文字で飾られています。 二台とも専用メーターをシャッターダイヤルに装着した姿です。 下の二台の内、右が露出計を内蔵したペンF、向こう向きが同じ仕様で露出計を内蔵しないFVです。
システム一眼レフとして完成の域に達していましたから、交換レンズは20mmf=3.5からミラーの800mmf=8まで15本、他にズーム二本ととマクロがありました。 もちろんその他にレンズメーカー製のものが多数有り、またマウントが小さくフランジバックが短いことから、オリンパスの35mm一眼レフレンズ用はもちろんのこと、各社のレフからライカなどに至る迄のマウントアダプターなども売り出されました。 画面内にそう言ったものも写っていますが、ちなみに一番上のFがつけているレンズは相当痛んでいますが、Zuiko Auto-Zoom 1:3.5 f=50-90mm 其の横の大きなレンズは TAMRON ZOOM 95-250mm 1:5.6です。

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 25番  「セコ」  「コレクション」  ペンF (右)  no188416  Gズイコー 1:1.4 f=40mm  no102452  ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッターにバヨネットで装着する専用露光計 ハーフ版で画面が縦長であることを利用してミラーは横向きに装着し光路はポロミラーで構成。 レバーは二回巻き上げ。

 37番  「セコ」  「コレクション」  ペンFT (左と下図の右)  no250840  Fズイコー オートS 1:1.8 f=38mm  no351212   ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッター  TTL測光シャター速度連動 ファインダー内にT記号で表示する方式。 電池HD*1 セルフタイマ付き 巻き上げレバーは一回巻きに改良された。

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 26番  「セコ」   「コレクション」   ペンFV  (向こう向き)  no100563  Fズイコー オートS 1:1.8 f=38mm  no 245451  ロータリー式メタルフォーカルプレンシャッター B 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 全速度同調X接点付きエンドレス一軸シャッター  セルフタイマー付き  巻き上げレバーは一回巻きに改良。  Fと同様の外付け専用露出計装着可能。

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ハーフ版カメラですからカメラ本体の長辺と画面の長辺が一致しません。 此は本質的な欠点と言えましょうし、35mmのハーフ判に限らずセミ判ベビー判等という他のロールフイルムでも色々な工夫がなされて面白いものですが、此のカメラでは其の欠点問題点を全て逆手にとって素晴らしい解決に導いています。
先ず一眼レフのでっかい光学系はミラーの向きを変えて横にスイングするようにし、ペンタプリズムでなくミラーの光学系を使って全く普通のカメラなみの外観になりました。 シャッターは画面横の空間に回転する円盤を持ってきて、レンズシャター同様全速度シンクロ可能と云った具合に、与条件に合わせて新しいメカを工夫し組み合わせて今までにない造形として纏めています。 此は全くの創造物であり、創作品と言っていいでしょう。
此うしたことがカメラのみならず、自動車でも電気製品でもおよそものつくりの現場で起こって、戦後の日本を持ち上げてきた原動力だったのでしょう。
0の数合わせだけに価値を見いだして、儲けの薄い奴は売り飛ばし、どこかからCEOとやらを引っ張ってきて、親方は社業よりも団体の役員にせいをだし、なんとなく外見や与条件が似てるからと必然性もない新フォーマットなどを策定して付和雷同的に烏合の衆が集まってものつくりなどとは無関係に会議で行く手を決めていく・・・・・
支離滅裂になってきましたからここいらで止めましょう。 名前だけは引き継いだ存在理由の薄いデジタルの何代目かと同様に。

≪        不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。

夕雲:10/12/18    ≫

2010年12月19日 (日)

不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。

相当に持ってまわった嫌らしい題名ですね。 ことに現在のオリンパスの方にとってはそうでしょう。  でもこれが素直な感慨です。 
ペンが発売された時からズ~~ッとサブ機として愛用し、XAが出てからは全機種愛用し(今も全機スタンバイしていますよ、元封の侭コレクションされているXAー1を除いて)αのAFSLRが天下を取る寸前の一時期にはOMー3+AF3570を主力機にしていた者の正直な愛情表現です。

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此のカテゴリの頁もハーフ版に入ったからには、オリンパスペンが出てこなくてはどうにもなりません。 真の開発者の仕事と言える此のカメラは、1956年当時 6000円で売れるカメラを設計するように命じられた新入技術者米谷美久さんの手になる創造物でした。 つまり35mmフイルムを映画の元に帰って二倍に使うという、ある意味では敗戦国として物の無い中で復興への道を突き進み始めた日本国そのもののようなサイズを採用し、肝心要のレンズ廻りは大衆機の常識である前玉回転とはせずに、レンズ構成を保ったままのヘリコイド回転に拘り、一方フイルム巻き上げはスプロケットのギアを直接指の腹で巻き上げるという、シンプルかつユニーク方式を編み出して、単なる商品企画側の要望の域を越えるもの~創造物~作品を世に送り出したのでした。

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超コンパクトで有りながら高い性能を持つ此のカメラが世に受け入れられて、顕微鏡メーカーの高千穂光学が、ドイツに追いつき追い越せと走る戦後の日本カメラメーカーの一翼として、発展していく基盤の一つになったことは云うまでもありません。
此のカメラの優れたところはレンズのピント合わせと同じように押さえるべき箇所は押さえることに拘ったこともあると思います。
フイルム巻き上げなどはユニークな”安物”方式を採りながら、例えば左の写真のように裏蓋の開閉方式を見ても、簡単なヒンジを使わず、ドイツの高級カメラが好んで使う底蓋裏蓋一体型の取り外し方式を取っています。 操作性などに格別優れた訳でもありませんが、手に触れて扱えば確かに高級感がありますし、上に載っけた標準座金も板金曲げ物などではありません。


8番  「新」  「実用」  オリンパス ペン  No 166440  Dズイコー 1:3.5 f=2.8cm
コパル B 25 50 100 200   ファインダー ブライトフレーム付き  手動逆算式駒数計
X接点   発売S34  入手S35

30番  「セコ」 「コレクション」 オリンパス ペン No199685  (ベージュ色)
入手S 58/1  

新品で購入した方はペンタックスのサブ機として大活躍しました。 ベージュ色をした方はゴミ箱からレスキューした物で、シャッターが時々すべります。(開閉動作をしながら開いていない)
問題は此の貼り革の色がオリジナルかどうか、と云うことで、まだ未確認です。

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ところでこの優れ者は当然のことして、一族が大繁殖をしました。 レンズが30mm2.8のSを手始めに各種の自動露出機が生まれてアマチュアの間に浸透していきました。
大まかに羅列すると

ペンEE 固定焦点固定シャッター(1/60)でレンズ廻りのセレン露出計により絞りを動かす (写真右)   ペンEE2 シャッターが2速でホットシュー付き  専用フラッシュガンを乗せている。(写真左)  ペンEE3 レンズDズイコー28/3.5(写真にいません)  ペンEES レンズ30/2.8 シャッター1/30 1/250 (写真にいません)  ペンEES2 ASA400まで対応(中上と下の2台) 
これ以外に最後に全く違ったフラッシュ一体型のペンEFが出ましたが、殆ど使われずに終わりました。  (コレクションとしたら、ちょっとしたものですけど)
写真の4機は全て家族中の女性が実用にしていたものです。

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ペンは大衆機としてEE化の方へ進化しましたが、マニュアルの上級機も出しました。

 27番  ペンD  「セコ」  「コレクション」   336866
Fズイコー  1:1.7  f=32mm   COPAL X   B 15 30 60 125 250 500
単独露出計 ASA100-400  LV3~17  水銀電池HC

今これらのカメラを引っぱり出してみても、コンパクトでムダのない扱い安さもさることながら、適度の存在感と所持感が伝わってきます。  これぞツール、道具、それも人が愛着を持って扱う道具と言った感じです。
つまり此はホモサピエンスの手と目の延長上に存在する真正の”道具”なのでしょう。 人が作りだしたものの在るべきまっとうな姿そのもの、此処まで褒めたらタイトルの奥歯に物が挟まった表現も許していただけるかな?

脱線ですが、ハーフサイズというのは元々が経済的にも手頃なカメラ群で、種類や数も多いし、値段的なものもありません。  コレクションするときのターゲットととして適当です。  と云うことでやり始めたら実は大変なんですが、此の本家本元のペンにも一機種希少種が在るのです。
それはペンワイド  Fズイコー25mm/f2.8 つき。 今までに一台しか見たことがありません。
が、此は運が良ければ遭遇するかも知ません。 それとは別にもしハーフ版カメラをコレクションして完成?させようと志したとしたら、実はこういったあり得る偶然以外に物凄い覚悟・・・お金のことです。・・・が要るジャンルでもあるのです。 
実はライカとニコンにそれぞれ極めて少数のハーフ版が存在していて、どちらも世界中の所在、所有者が判っているのではなかろうか?と云うほどのレアな存在であるからです。

≪    本日も休業:光信の地獄図

不朽の名機:OLYMPUS-PEN-F・但しこれも初代。    ≫

2010年12月18日 (土)

本日も休業:光信の地獄図

本日”も”休業タイトルはこの夏頃横行していました。 入院と救急搬送を繰り返した頃ですが、その中の救急エントリー的頁で,多くは何かの残り物でした。  此のページもでっち上げたものの一つなのですが、テーマがテーマなので、その頃の心情としては些かシリアスすぎる?のか、積み残しになっていたものです。 お正月も近いし滞貨一掃と云うこともあって、今此処にアップします。 但し中味はそれなりに真面目でシャンとしたものですよ。 以下は当時作成したままです。

本日も休業也タイトルの頁は今後とも増殖しそうです。
昨日(此の文章を書いたときの昨日です)は晴れやか、華やかなモノ(本日も休業:櫛祭余聞)でしたので、一転、恐ろしげで暗い話題と行きましょう。

光明山引接寺(こうみょうざんいんじょうじ)と云うより千本閻魔堂と言った方が良いでしょう。 閻魔堂狂言、千本六斎、精霊流しに普賢象桜と話題豊富、当ブログでもお馴染みのお寺で、織田信長が上杉謙信に贈った狩野永徳筆国宝洛中洛外図にも描かれている名刹です。
 (千本閻魔堂でGoogleしたときの当ブログです)
処が昭和49年不審火で本堂や狂言堂が全焼してしまいました。 
そのせいでいまも仮建築で門も塀もない状態ですが、御本尊の閻魔大王始め眷属一統は旧の侭にお座りになって、こっちを睨んでおいでです。
其の仮本堂の両側面に古びた板壁があって、一見正直なところ薄汚れているだけですが、実は此処には永徳の長男、安土桃山時代真っ盛りに狩野派の総帥だった光信筆の地獄図が描かれて~居ます、と云うべきか、~居ました、というべきか~なのです。
はっきり言って普通に見ても何も見えません。 僅かに窺える痕跡を頼りに撮影し、後処理の手だてを尽くして幾らか判るようにしたのが、此の写真です。

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その気になって目を凝らせば、両側面上部に椅座した閻魔様らしいお姿がかろうじて見えます。
その他の情景は最早全く判りません。
光信という人は親父さんの様な豪放雄坤な絵そのものではなくて、大和絵的な優美な美しさを取り入れようとする画風でしたから、当時は余り評判が良くなかったようで、祥雲禅寺の大仕事などは長谷川等伯にとられていますが、実際にはきちんと自己表現ができる大画家だったと思えます。
この絵なども完全であったら国宝か、重要文化財は間違いなしだったでしょうが惜しいことです。

(写真は向かって左側の壁です。 右側はもっと酷くて全く何も掴めません))


見えない名画をなんとか見ようと、とりあえずこんな作業をした奴が居た、と云うのが本日の頁の存在理由でしょうか。

≪    なんとなく:10/12/14・庭

不朽の名機:OLYMPUS-PEN/但し初代。    ≫


2010年12月17日 (金)

なんとなく:10/12/14・庭

実のところ自宅の庭は余り歩きません。 歩くと云うほどの広さはないですし、 草ぼうぼうに近く、管理主権者はウチのヤツで、パスポートがないと入れません・・・・は幾らなんでも嘘・・・
従ってカメラ持って行くと云うことは、不法入国者並の覚悟・・・・それもオーバーヤロ・・・ とにかく余り縁があるところではないのですが、”京都の社寺やイベント”から袖にされ掛かって居る身にとっては此も今や取材先?です。

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こないだの柿です。

きまもり君、居なくなった・・・


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ガレージの柱の根っこの腐ったとこ。


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まァ、モミジしてますね。

結局、青、緑、赤と、色の系列三つ並べて見ただけの話しです。



≪    錦小路:10/12/12・錦天神

本日も休業:光信の地獄図    ≫

2010年12月16日 (木)

錦小路:10/12/12・錦天神

錦は東寄りの方がなんとなく静かです。 お客の流れは意外に寺町京極からではなく、大丸側からが多い? んでしょうか?

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なんとなく小型、小口のおかず、おばんざいよりは上等の~ものが並びます。 お茶漬け鰻なんか、好きなだけ食べられたら良いんだがな。

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お店の脇にちょいと張り出した台。 当然脇役?  いやいや。 小浜の鯖達です。

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シャッターしたのはとにかくお店の活気に打たれてです。

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鰊に棒ダラ。 ほんとに京都らしい食べ物(値段が相応なところも含めて)
小口の真空パックだから、遠方へのお土産にも行けますね。


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いつもなんか居るんです。 琵琶湖の生き物が。 此のお店の台の下。 

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一番東端近くの鶏屋さん。 大きなお店なんですが、此処も立ち食いシフト。 左端は鶏出汁のおでん。

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続きのケースの賑やかなこと。 品目の多さは流石に専門店。 英文の商品説明が丁寧なところを見ると、青い目のお客さんも多いのかな?   
(このゴロやし、黒い目のお仲間やで・・・) (なるほど、さよか)

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此の漬物屋さんは比較的新しいお店ですが、商品の展示が綺麗で繁盛しています。


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そして寺町まで抜けました。

両妻端がビルに刺さった名物の鳥居を通して見た錦小路です。


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此処まで来て錦の鎮守様錦天神にお参りせずには帰れません。 入り口のブロンズの牛さん。 各所の天神さんの牛のなかでも抜きんでて堂々とした牛さんですが、鼻先からおでこまではご覧の如くにツルツルです。


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牛さんの奥にある手水がまたこちらの名物で、名水として名高いものです。 でもこのおじさん、 わたくしよりも環にかけてのお達者ですな。 PENTAXを首にお土産の御菓子の袋、もう一方の手で甘辛手帳支給?の午後の紅茶ボトルを満たしてはります。

以上、京の錦小路、12月半ばの日曜日の情景でした。

≪        錦小路:10/12/12・寺町寄り

なんとなく:10/12/14・庭    ≫


2010年12月15日 (水)

錦小路:10/12/12・寺町寄り

東へ歩きます。 12日の日曜日。 まだ歳末ではない休日で、お客の数はそこそこと云ったところでしょうか。 内訳的には近畿圏の日帰り個人観光客が多そうな。 と言った感じでした。   

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前は何のお店だったかな?  完全な屋台ですね。

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同じ業種のお店が並んだ所が幾つもあります。 専門性が高い錦市場の特長なんでしょう。
此はその内の一軒、丸常蒲鉾さんの店先です。
大阪か神戸からのお客さん、ジャガバタ天を一個求めて囓ってはりました。
一種至福の時でしょう。

 

錦:海鮮:09/08

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ナマコ 海鼠、あんまり見ない食材ですね。 錦で売っているのも。 
(実は私、中華の海鼠の姿煮が大好物なんですが) (ヤッパ、どっかヘンなんやな)

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余り見ない風景を見ました。 お魚を焼いて売ってはるお店は何軒もあり、焼きたての香ばしい匂いがして盛況なのですが、何と商品がない! どうやら此も買い食いで食い荒らされた跡らしい。

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上の写真の直ぐ右隣です。
流石に4000円の鯛の串を買って立ち食いする奴は居らんような。


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店先の構えも扱うものも時の流れですね。

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変わった雑貨もあります。 そのうちロボットも売るようになるかも。

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買い食い、立ち食い、益々盛んです。 (そんなんばっか、ウツシテんやろ) (そ~かも)

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卵屋さんも二軒並んでます。 何を思ったか鰻巻をそれぞれで買いました。 950円と1000円。 大散財です。 此で一日分食い物ブログが出来るはずが、写す間もなくアッという間に消えてしまいました。 油断!

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結局本日は立ち食い、買い食い特集のようです。

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でも此の湯気を見たら、ついつい手が出るのは自然でしょうね。

≪    錦小路:10/12/12・高倉側

錦小路:10/12/12・錦天神    ≫

2010年12月14日 (火)

錦小路:10/12/12・高倉側

本式に寒くなりそうです。 元もと寒いのが嫌いなのが、歳のせいもあってか、去年辺りから極端になってきて最大6枚の重ね着、それでもまだ冬のイベントに出掛けていたのですが、最早そうも行きそうにはありません。 ブログの方も日常的な動きの中でのものが多くなりそうで、13日は事初め、14日は討ち入りなんですが、嵐山花灯路などもどうなることやら。 と、云うわけでもありませんが、一寸した用事で市中へ出掛けた折り、錦を西から東へ抜けました。 錦市場そのものに用事があるわけでなく、ただの途上のネタ拾いです。
大体錦をテーマにした頁は過去にも何回か作りました。 それはルポ的なものでなく画像の展示、一口に云うと錦市場の商品を題材にしたドアップの映像。 早い話が蛸がのたうち回ったり、河豚が目を剥いていたりの羅列ですが、元もと年一回の展覧会での作品で、それなり評判がよかったものの延長でした。 従ってその場の写しようも商品としてはもちろん、お店の様子なども関係ない純粋のオブジェとしての表現でした。
ブログも其の流れのものでやっていましたが、今回は違います。 普通の錦小路の風景風物。 格別のテーマも主張も無しに気の向くままに写して並べたものですから、果たしてどうご覧頂けるやら、と云う代物です。
   ”錦市場”で検索したGoogle中の当頁です。

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高倉通りから錦へ入り東へ抜けました。 錦の業態も様変わりして、以前は料亭の板さんの仕入れや、室町のお店のおばんざい~お晩菜~等だったのが、観光客相手のイートイン的なものにシフトしています。 此のお店も前は新鮮そのもののお魚屋さんだったのですが、店先の様子が変わって扱われるものは同じでも業態が違ってきました。

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概ね歩いた順番にお店が出てきます、左党の次に甘党が出てきましたが、選択にことさら意図的なものはありません。・・・・こうしたものも一個売り、つまり買い食いのお客に対応する所が増えています。

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おかき、お煎餅やさん。 ロウアングルで撮ってみただけですが、よく見ると奥にはご贈答ご進物コーナーと看板が有り、右端には たべ歩きに一枚から、とあります。 八方睨みですね。

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此が私本来の”錦”系列写真。 でも表現的には全く穏やかです。

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錦には大抵のものがあります。 今回の写真も同様なんですニャー。

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全くなんてこと無い店頭風景ですが、昔からのあまり変わっていない情景の一つとして。

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お芋さん。 何時も此処にあります。 今日のは特別かっこいい。

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ドン! と、出てきました。
ボーダラ。
歳末です。

今年の棒鱈は何処のお店のも格別に風格があって見事です。
でもこれを昔風にきちんと処理して、おせちにされるお家はもうどれだけ残って居られるのか・・・でも品物の数から見ると結構多いのかも。
因みに写真の内の大きいので一匹11500円。


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此の写しようもも常套手段です。 お漬け物の樽の羅列~~と云うことは現地の商品の展示が素晴らしいと云うことで、食欲をそそります。

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いつもより一寸ピント甘いです。 α55のレンズが甘いのではなく、久しぶりにPLフイルターを付け放しにしていたせいでしょう。

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少数ですがこうした品物を扱うお店もあります・・・以前から在り、格別変わったこともない・・・のを写した理由は、傘の列の右の端っこの商品にあります。 (余り上等でない田舎の)修学旅行生なんかもお客として目立ってきているのかも。

    本能寺の大銀杏

錦小路:10/12/12・寺町寄り   ≫


     

2010年12月13日 (月)

本能寺の大銀杏

当ブログの場合、今までの概ねは目的意識を持って撮影行動をし、それを整理してアップしていました。 しかしご承知のようなていたらくで、もう少しだらしない頁も存在する・・・のがやむを得ない、と決め込みました。 要するに本日の頁みたいな半端な奴です。

所要があって街まで出ました。 バスローブを買いに行ったのです。 なんで? 実は四回目のピ~ポピ~ポは湯上がりの寒さが引き金でした。 で、風呂から出たら直ぐ被るバスローブを複数用意して、冬の寒さ対策にしようと企てたのです。
これ、別に私の創作ではなく、昔のお殿様がやっていたやり方で、彼らは湯上がりに”浴衣”を羽織り、それを腰元や小姓が何枚も何枚も取り替え引き替えて体を拭うと云うやり方をしていたと云うことです。(浴衣の語源だとか)

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と、云うことで河原町の御池まで出て、通りかかったのが本能寺の裏口。
さっきの話のお殿様は江戸期の柔弱なお方のことで、信長さんはそんな悠長なことはしなかったでしょうから関係ない話ですが、とりあえず河原町側に繋がる細い露地の隙間から見えた光景が此れ。
名物の大銀杏の黄葉です。


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本能寺、云うまでもなく本能寺の変のお寺。
今の勉強していない子でも多分知った名でしょうが、現在の寺町から河原町の間の御池下がるは、事件現場ではありません。
その後天下を取った秀吉が行った首都改造計画で、京都中のお寺が移転させられ、鴨川の西側に防塁としてのお土居と共に一列に並べられた時に、四条堀川東北辺りの旧地から此処へ遷ったのでした。
聞いたところに依ると、焼け落ちた本能寺を信徒の方々が努力して再建し、棟上げをする日に秀吉の移転命令が来て、皆さんが悲しんだ、と云うことです。


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現今の本能寺も実は秀吉の時代よりうんと小さくなってしまっていて、本来は御池の北側現在の京都市役所も敷地の内だったそうですが、とにかくその後四方から浸食されて、河原町の繁華街表側は家一軒分の奥行きが商用地になってしまい、写真の細い露地で繋がるのみです。
河原町に看板は出ていますから、それを見た修学旅行生などが、其の狭さに怪訝な顔をして通り過ぎていく、と云ったのが日常ですが、ともかく此の季節には巨大な銀杏が黄色くなっているのが奥の正面一杯に見えるのです。


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此はもちろん裏通路で、御本堂の東南裏側へ繋がりますが、実は其処の所に信長さんのお墓があるのです。
ですから手っ取り早く本能寺の中核を覗いて次へ行きたい忙しい旅行者などは此処から出入りするのもいいでしょう。
なにしろ此の露地の前にはバス停が並んで居ることでもありますし。


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大銀杏も葉の大半が落ちて寺男さんが掃除に大わらわでしたが、それでも地面はこんな具合。 
階段にカップ酒が並べてありましたが、信長さんは酒好きではなかった?筈。


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此のお墓は元もとの焼け跡に三男の信孝が立てたものが移転してきたと云うことで、沢山ある信長の墓の中でも肉親が死んだ現場に立てた、と云うことから重要視されています。
その他には実際に織田軍の戦死者を埋葬し、信長自身の火葬墓も有る、と伝える上寺町の阿弥陀寺 や、秀吉がフォーマルな葬式をした大徳寺総見院 など、京都の中だけでもポイントは幾つもありますが、私には彼が安土山の二の丸跡がいい、と云ってるような気がします。

≪    下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-2

錦小路:10/12/12・高倉側   ≫


2010年12月12日 (日)

下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-2

糺の森の参道を南下してくると、西側に河合神社が見えてきます。 鴨長命ゆかりの神社で、中に方丈記に出てくる方丈の家~実は可動式のプレファブなのですが~の復元があります。

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此の周囲は紅葉も大きくかつ数が多く、糺の森が紅葉の名所として上げられる由縁でしょう。 実は私は目から鱗でした。

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夏には古本市があり、また流鏑馬の馬場元になるところで、お馴染みの場所なんですが、紅葉に関してはまったく無知だったわけです・・・・

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正面参道へ西側の河合神社前を通って入る道筋になります。

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正参道と馬場を分けて流れている瀬見の小川も落ち葉で埋もれていました。


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前の写真と同じ場所。 反対の上流側を見ています。


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この辺りの森を構成する高木に紅葉が多いだけでなく、下生えの低木も紅葉ですから、画になる訳です。


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河合神社の塀の所にあった真っ赤かの一本。

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河合神社の土塀の屋根です。 ノキシノブ?というのかな。

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神社の内囲いの中に入りました。 塀の向こう側は馬場です。

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河合神社本殿横。
沢山並んだ摂社の辺り。


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これが方丈記の方丈の復元です。 全体が覆い屋の屋根の下に置いてありますが、此の家、素人でも解体して運び、好みの場所で再組立して使うようになっています。 部屋には真ん中に炉があって、それは合理的な平面です。

今年の紅葉は少ししか知りませんが、どうも黄色味が強く、色が冴えないような印象でした。下鴨は余り期待していなかったこともあり、時期の遅いこともありで、少し奥の手を使うべし、と始めから決めてかかりました。
つまり撮影者の手で後処理をすることが出来るデジタルの本来的な有用性を遠慮なく使うと云うことですが、実際上は特別精細なことはせず、割にイージーな処理で、より赤赤と誤魔化しています。
概要的にはカメラの設定でビビッドを選び、α55RAWデータは今のところフオトショップで現像できませんので、JPGベースでフオトショップの補正をかけ、適当に調整した幾つかのレイアを重ねて演算し、必要なら調整レイアーを噛まして微調整する、と云ったやり方です。 
私の拘りとして、決して赤なら赤の別データを加えたりする~~簡単に云うと、余所から取りこんで来たり色を塗ったりする~ことをタブーとしていて、撮影した原版が持つ元データを変化させ、必要な画像となるようにすることのみに頼ります。 つまり絶対に絵画的手法~ペインティング等には頼らず、飽く迄被写体を”撮影”した”写真”の範囲内で補うと云うことです。

≪    下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-1

本能寺の大銀杏    ≫

2010年12月11日 (土)

下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-1

夏が暑かったから、今年の紅葉はいいだろう・・・・大方の予測はそうだったようで、そして概ねは当たったようです。 ~ようです、つまり行動不能で私は大空振り、入院で連続出場記録が止まったと思うと引き続いてのアクシデント。 でも最終ラウンドにはチョロチョロ顔を出し始めて、今日は12月の8日。 大詔奉戴日。~わかります?~動かねばなりますまい。
で、どこへ?  (~今年の紅葉はもう終わってまっせ~) 
其の通りなんですが、Web上の天気予報欄に紅葉情報があり、それを見ると下鴨神社が他に比べてひどくズッ転けている。=遅いほうに。 所で大疑問! 糺の森の何処に紅葉があるの?   糺の森はご承知の通りの大木の森で、威風堂々が持ち味。 赤い紅葉の下草はあってもよかろうが、紅葉の赤が主体の秋の森にはなりそうにない。・・・と云うのが私のイメージで、まぁ、そんな環境だから~(早い話が、日当たりが悪くて)~ 紅葉が遅いと云うことは頷ける。 近場でそんな所があるなれば、やはりこれは行くべしであろう。
まるで意気上がらない状態で出掛けました。 タイトルは行く前から”終わりの紅葉”

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下鴨本通りの市バス下鴨神社下車。 西側から御本殿へ向かいます。 手水の所に在った一本はこのようで、赤から青いところまで有り、斜めの日射しに唯の真っ赤にはない風情を醸しています。 (こんなんがホンマの京都のモミジちゃう?)

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前述のようにモミジ自体には余り期待していなかったので、このような物も目には入ります。
でも悪い感じじゃないでしょ?


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西の鳥居の中の一本。 色は冴えず葉は巻いていました。 但し今日の場合は前述のように始めから敗北主義でしたので、やることをやりました。 (鳥居の赤の綺麗さがいささかウソくさいでしょ?)

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赤いものを写しに来た筈がモノトーンです。
御本殿入り口の石畳。 此の石の割付、とてもいいし好きなのですが、今日はまた格別な光の当たり具合だったので。


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お参りを済ませて糺の森の正参道へ向かいます。 傍らに置かれたいわゆる”さざれ石”に櫨が植えられていました・・・此も赤ですから。

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糺の森に入ります。
この森は御本殿近くに古い祭祀遺跡やならの小川の語源である奈良刀自の神の庭などがあり、瀬見の小川や泉川などの水路が交錯し、とても味のあるところで烏の縄手と云われます。
一方より南側になると広い一本の正参道が巨木の森の中を通り抜け、両側に瀬見の小川と泉川、そして中程辺りには切り芝の広場などがあってフォーマルな威厳と自然の森の豊かさとを併せ持っています。
従って紅葉はやはり主役ではありませんが、点景とも言い難く、
前半と後半では風景に加勢する状況が少し違い、後半でも河合神社近くでは主役になりました。
ラストの紅葉の情報もあってか、ジーンズにバックパックのネイチャー系カメラマンの姿が目につきます。


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御本殿の手水の少し先辺りの森の中、泉川に架かった橋の処からの下流の眺めです。

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正参道側へ戻ります。 瀬見の小川を隔てた馬場側の方に紅葉、黄葉が目立ち、逆光に光ります。

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これは参道中程、切り芝の辺りの東側になります。

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そして参道を南へ。 私のイメージではもっと常緑の森だったのですが、結構賑やかなものでした。

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思いっきり黄色いのと赤いのと。

実は今回の現場は期待以上の見事さでした。
ですが、行く前には全く期待していなかったために撮影の事前にもそれなりの細工をし、撮った写真はアップする前に遠慮なく”触って”おります。
もちろん結果が+側に作用するよう働いたつもりですが、記憶色とか自然色に拘っているわけでもありませんし、逆の場合もあるかも知れません。
その辺りは適宜御斟酌をお願いいたします。


≪        京都植物園:10/12/04・残り紅葉-4

下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-2     ≫



2010年12月10日 (金)

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-4

余り人気のない道ですが、山茶花が咲いていました。 此処の椿園は北門の側で広大かつ品種も多いのですが、観賞用の花としては園芸的なところまで手が回らない、或いはされないからでしょうか、余り綺麗ではありません。 

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花を写すついでに本日のテーマ?である紅葉??を写し込んでいます。 バックの暈けた黄色ですが、実はこれ、メタセコイアの秋の黄葉です。

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丁度日本の森の南側外周になりますか。

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一寸場違い、割り込みですが、綺麗なものは綺麗。

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この辺りには未だ真っ赤かかな紅葉が残っていました。

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余り目立たないところで、と云うことは多少日当たりが悪いのかな?


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紅葉だって日当たりは良い方がいいんではないかいな?


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一続きの紅葉の向こうに茶っぽい巨大な木が見えます。

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此も紅葉。
アメリカ産の巨大な沼杉が紅葉して居るんです。


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沼杉のアップになります。

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更に進んで日本の森の南端外側を抜けます。 深い森の中に銀杏が混ざっていると見えて地面は此の通り。 匂いも相当なものでしたが、その気になって拾えば大収穫でしょう。

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そして其のルートの終点です。今回のシリーズのトップ、ふう の処へ出てきましたので、一応完結といたします。



≪    京都植物園:10/12/04・残り紅葉-3

下鴨神社:10/12/08・終わりの紅葉-1    ≫

2010年12月 9日 (木)

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-3

半木の森を半周して西の池の畔に出ました。 実は一番期待していたところ。 放って置いてもケッサクができる(であろう)場所なんですが、葉っぱはもう全滅。 一枚も残っていませんでした。   

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そう言った中でとにかく一回り。 紅葉だぞーっ、と云うのはありませんが、なにがしか雰囲気は出たようです。

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半木の森は四方に池がありますが、其の外側は園地として整備されています。 

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その辺りで写しているわけですから、格好が付いて当たり前ですか。

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南側の池は蓮池として凄かったのですが、この間底浚いをして様変わり。 写真の屋根つき中の島が出来て休憩には便利になりましたが・・・

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何故か判りませんが今までは居なかった眞鴨の仲間が沢山住み着いています。

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半木の西の池・・・らしき写真、と言えなくもないのですが、紅葉がもっと鮮烈で豊かなのが本来です。


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さらに西寄り、杏姫の近く。

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やっと一本残って居ました。
真正の赤。

紅葉はやっぱり真っ赤かが正解ですかな。


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桜の園の外縁、周回道路の縁。

一番目立つところには優等生が居るのかも。


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前の写真の向かい側。
此の黄色いの、好きな木なんですが、名前が出てこない。
救急搬送後遺症・・・と云うことにしておきます。


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前の写真の向かい側。
前の前の写真の並びです。


大芝生の北側~日本の森の南側外縁~私は余り通らないルートですが、今日は其処から紫陽花園の方へ、ふう の方へと向かいます。

≪    京都植物園:10/12/04・残り紅葉-2 

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-4     ≫

2010年12月 8日 (水)

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-2

日本の森での私の関心は、概ね下草、山野草。 もちろんその可愛い花などがメインですが、今はもう殆どありません。 枯れかかったのや実になってしまったのも結構面白いものですが、 それももう少なくなっています。

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まゆみの枝に棘~鰭が付いた奴・・・ニシキギでしたかな?


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赤いのと黄色いのは量的には半々くらいにありますね。

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一見何もない草むらの縁に脚を立てて覗いている方がありました。 
見ると枯れ草の実です。 どうやら霜柱の花が実になったもの。
私も真似をしましたが、シャッポを脱ぎました。 どうにも絵にはなりません。
それでその辺りにいた同じような連中を写した中の一枚ですが、ユウガギクという花の花弁が皆落ちてしまった後の姿です。
全体のパターンというか、レイアウトというか、だけのものでお茶を濁します。

注: α55のフリーアングルライブビユー縦位置、常時AFで手ぶれ補正付きですが、此の写真、暈けています。
つまりAF合焦してレリーズする間に奥行き方向の手ブレ(身体が前後する)を起こしているのでしょう。(奥ピンです)

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マンリョウの実のドアップになります。 (拾万両も在るんか?)

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比較的広い園路(もちろん地道です)から別れて、藪の中へ入っていく小道があちこちに設けられています。
そう言ったところが私の本来のフイールドなんですが、其処へ入ると木々のビューも違って見えます。

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前の写真は頭上の見上げ。
こちらは前方の概観。


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其の小道の下草の中に紅い実を見つけました。

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とても小さく、なんだかわかりませんが、雰囲気から云ってマユミみたいです。
マユミなら相当な巨木にもなるはずですが・・・
でもいい感じの実です。

(これで実物の倍くらい。) 


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日本の森を抜けて、半木の森の東の池畔へ向かいます。 京都植物園での紅葉と云えばこの辺りがポイントですが、時期的にはもう遅いです。

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散り紅葉の中の黄色は何でしょうか。 これもどうだん?


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東の池から桜の園側の紅葉はもう山を越えていましたので、西の池から北の池側を期待して、半木の森を抜けました。
なからぎの森は植物園の中心部ですが、”植物園” 即ち人が作った森ではなく、上賀茂神社の摂社半木神社が太古から鎮まる鎮守の森。 即ち自然林です。
今は樹木の枝の自然落下を恐れて通行路が制限されてしまったのは残念ですが、写真は其の森の中の木の一本。 
枝の股の所に寄生しているシュロなんですが、此のブログを始めた頃に気が付いて写したときに比べ、随分大きくなっています。

 


≪    京都植物園:10/12/04・残り紅葉-1

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-3     ≫

2010年12月 7日 (火)

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-1

一応の余裕があるときは、それなりにテーマを定めて写したものの整理をしていましたが、余裕が無くなってきました。 昨日も書いたとおり目の前に現れたものは皆シャッターして、片っ端からアップする~という主体性の無さで動きます。 そのかわり生の京都植物園が見えるかも・・・(は、ムリやな、アカンわ)

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北門から入ります。 入ってすぐ目につくのが此の噴水。
(片っ端から写すんやったら、もっと高く上がったとこにすりゃエエのに)

(ほっといてマジメに解説)

北門は北山門とも云って、戦後に北山通りが整備されてから出来ました。 真下が地下鉄烏丸線の北山駅ですから、遠方から見える場合はこちらからお入りになるのが得策でしょう。
なお南門が正門扱いですが、こちらは北大路の北大路橋東詰め、市バス植物園前から、となります。


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噴水のある広場は各種イベントが行われ、西側はワイルドガーデンとか云う名が(このごろ?)つきました。

其処はパスして真っ直ぐ日本の森へ、其処を抜けてから紅葉のメインエリア、半木の森(なからぎのもり)の周辺へ向かいます。


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櫨?の赤の次には此の黄色。

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日本の森~植物生態園の趣旨から云って、生えているのは野生のものの筈ですが、此なんか相当に園芸的?

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どうだん躑躅みたいですね。 赤いのは皆写します。

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ホンマモン(やろ?) の赤が出てきました。

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もう一つ勢いがないですが、自然生態園ですから此でいい。

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薄は今が花盛り? 一番の見頃ですね。

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此もちゃんとした紅葉~もみじでしょう?

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どんどん進んで琵琶湖(森の真ん中にある池のことです)を過ぎて、南側の言うなればメインストリートを西へ向かいます。
見るとおり全体の総括的外観はもう冬の入り口です。



≪    京都植物園:10/12/04・ふう

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-2     ≫

2010年12月 6日 (月)

京都植物園:10/12/04・ふう

少しずつ動くようにしています。 
と云いながら、一旦家を離れると、あれも此もと欲が出て予定時間をオーバーします。 ストレス発散して帰ると機嫌がいいのですが、肝心のベースになる肉体の方が軋んでいます。 朝晩しか計らない血圧計がしょっちゅう出動しなきゃならない~つまり血圧&不整脈とかいう連中が異議申し立てをしよるんですわ。
と云うことで、先日の鷹峰に続き、当ブログの駆け込み寺、京都植物園に行きました。 紅葉はもう遅いとは判っていますが、何と言っても天下の京都植物園。 遅かろうと何だろうと、それらしい写真は撮れるはず。 と云うことで例の如く日本の森経由一応の紅葉ポイントは一巡してきました。 やはりピークは過ぎていましたが、悠長なことは云ってられないと、進行方向目に入るものは片っ端から写して、全く無反省に端からアップするという、全くけしからん手段を執ってます。 
言うなれば球がくればボールだろうとストライクだろうと何でも振るわけで、 打率はもちろん打点なんてなものはあり得ませんし、間違っても出会い頭のホームラン~~(ホンマはきたいしてよったんですがナ)  なんてものはありません。
と、云った次第のひどい頁で暫く日を重ねますが、被写体~京都植物園がひどいからではありません、其の証拠に・・・と云うことで、こちらでしか見られない大横綱の土俵入りで初日の格好を付けることにいたします。

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ふう。

楓、と書きますが、カエデではありません。 
台湾から戦前にやってきた、元もと巨木になる木が十分に大きく育っています。
高尾紅葉などとはまた違った色味の赤が天空を覆う様は京都植物園の秋の目玉の一つ。
見落とすわけには行かないポイントです。


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南門や大芝生の方から行くと、紫陽花園の手前の樹林の向こう側になりますが、天辺の赤が見えるはず。 前の写真と此の写真は北側から回り込んだビユーです。

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半周して東南側からの全容。 何故か知りませんが、今年の紅葉は樹種を問わずおしなべて皆黄色味が勝っているような気がしますが・・・?。

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上の写真のアプローチ。

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下へ潜り込んでの見上げがまた圧巻です。


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巨木の下からの見上げですから、当然逆光気味になります。


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此の紅葉~黄葉の輝き方は、なかなか他では味わえないものだとおもいます。


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ふうもやや盛りを過ぎかけてはいますが、今なら未だ間に合います。

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突然ですが足元の様子。 葉っぱは五指ではなくて三指。 赤い方が主な色で、もう少し鮮烈なのが本来です。 独特の松ぼっくりの姿も写っています。

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少し離れて南側から。  東側は菖蒲の池です。 

今回の植物園巡り、先にふうを乗せました。 此も盛りを過ぎつつあるからです。 明日からは園内歩いたとおりに写したのを端からアップしますので、悪しからずご覧のほどを宜しくおねがいいたします。


08紅葉:植物園、ふう  ・・・・・これ、リンクすべきではないのかも。 じつほ今年の色合いに疑問を持って、過去記事を見てしまいました。  見てしまうと放っても置けず・・・・

≪    日常:10/11/29 柿

京都植物園:10/12/04・残り紅葉-1    ≫

 



2010年12月 5日 (日)

日常:10/11/29 柿

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庭に生りものが在るのは良くない、とも言います。
でも我が家の場合、戦争中の食糧不足の時期を含めて、庭の生りもの、なかんずく此の柿の木にはお世話になってきました。
ちゃんとした富有柿(ふゆがき)で、今までの最高記録は一本で千個を超えたこともありましたが、今年は不作。 もう木守りの此の一個だけが残っています。



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  その樹の上に広がっていた、その日の夕空です。

≪    日常:10/11/26 蟹シャボ

京都植物園:10/12/04・ふう    ≫

2010年12月 4日 (土)

日常:10/11/26 蟹シャボ

歯医者さんの帰り、玄関の下駄箱の上に此の鉢植えがあったのを思い出しました。

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一日遅れで玄関まで撮影行です。 (でられへん時に作り置きした頁ですので、云うコトがみなオオゲサですんまへん) カメラは同じS10です。 
ところでこれ、蟹シャボテンと、タイトルしましたが、多分違っているでしょう。 私のレベルから見れば同じでも、蟹ではなくてシャコ?えび?蛸(そら、ないわ)なんとか云うのがあるみたいですから、きっとそんなんでしょうね。
(もちろん此の方面の主権者に聞けば判ることですが、ついメンドウで~~日常的会話が欠如・・・・)

≪        鷹峰の紅葉:光悦寺10/11/30

日常:10/11/29 柿    ≫

2010年12月 3日 (金)

鷹峰の紅葉:光悦寺10/11/30

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光悦寺の有名な露地の入り口。珍しく今日は人の姿がありません。
何時も押し合いへし合いで、写真にならない処なんですが。


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今回はゆっくり、少し趣を変えて撮りましたが、肝心の紅葉自体は余り良くありません。
第一こんなに黄色っぽかったかしら?

紅葉リポート/光悦寺

08紅葉:光悦寺

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こちらも中へは入りませんでした。 ケチンボもありますが、しんどくなってきたせいでもあります。 でも向こう側に鷹峰が見える入り口廻りはそれなりに画になります。

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こちらの鐘楼は萱?葺きです。

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切符売り場です、此処の背後の紅葉は物凄く鮮烈な赤で例年見事なんですが、今年は既に枯れ葉でした。

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もとの露地へ戻ります。

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外の街道沿いに工事中の空き地があり、其の場所から鷹峰の根っこ迄全景が望めました。 光悦さんなんかも好感を持ったんでしょうね、きっと、此の景色。

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前の写真の丁度反対側。 昔からの農家の佇まいの侭、余計な飾り付け無しにやってられるお土産物屋さんがあります。 とても自然で良い感じです。

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なんか鷹峰小学校で催し事があったようで、子供達がバスで盛んに出入りしていました。 背後は源光庵の駐車場入り口です。

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源光庵の向かいのお寺。 築地越しに八つ手の花が見えました。
冬の花です。


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とにかく久しぶりの外出は無事終わりに近づきました。 ことに光悦寺の後半にはしんどくなってきました。 紅葉はお仕舞いにしてバス停に向かいますが、交差点の処でふとこれが目に留まりました。 何時も見ているはずの街道沿いの民家の一軒ですが、その気になってよく見るとなかなかの構え。 都の近郊農村であり、北山杉の搬出経路である鷹峰街道沿いのお家ですね。 やはりこれは。

≪    鷹峰の紅葉:源光庵10/11/30

日常:10/11/26 蟹シャボ    ≫

2010年12月 2日 (木)

鷹峰の紅葉:源光庵10/11/30

鷹が峰の三軒のお寺のうち、一番下手が常照寺、日蓮宗の壇林(学園)で、中程鷹峰街道交差点の三叉路の処が今日の源光庵(曹洞宗の禅院)、一番上手が光悦寺(光悦さんは熱心な日蓮宗徒でした)と云うことになりますが、観光寺院でないお寺が他にも二軒ばかりあり、其の内の一つが実は紅葉に関しては最高なんです。  ただしお参りに入ることは可能ですが写真は絶対禁止、ブログ上などにも流出はしていないと思います。 (ウイキリークスと迄はいかんでも、海猿さんに頼んだら?)・・・・脱線ですが、京洛鬼門の方向にある”他言無用の寺”の方が未だ”他言”されて居ますね。 更に云いますと光悦寺を過ぎてもっと西へ行った処に密やかなお寺があって、実は此処の紅葉が凄いのですが、ほんの一寸足を伸ばすのに、間に”天険?”が挟まって居るせいか、なかなか行けません。  

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丁度三叉路のあたり、白い土塀との対比が綺麗です。


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奥の駐車場側からでなく、一応門から入りましょう。

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紅さに関しては常照寺よりまだ残っていました。


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山門と言うほどの門でもない道際の辺りが綺麗です。


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散り紅葉、 幾らでもあるけれど、此は、と云うのがないものですね。

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こちらの境内へ入る手前、特徴のある中門の前辺りに素晴らしい薄の一群が居ます。
紅葉は他にもあるけれど、此処の薄の雰囲気は一寸他にはないものですよ。

鷹峰:08冬 
(中門の格好のご参考)


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同上

源光庵の月 
(ついこの間の悪戯です)


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其の中門の脇の紅葉です。


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同じく鐘楼まわり。

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紅葉はやっぱり逆光気味が良いですね。


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此処も中へは入らず、駐車場の方へ抜けてしまいました。 こちらの場合は例の伏見城血天井と、中庭に面した角窓と丸窓、称して迷いと悟りですが・・・が有名です。
伏見城血天井については私の家康嫌いの理由の一つなのですが、(法住寺そして養源院(太閤シリーズ10)  他に養源院(来年の大河ドラマのテーマ)、大原寶泉院、西賀茂正伝寺などがあります。 ただ物見遊山の対象としてなら此処がお奨めです。(何故か?は見れば判ります。鷹峰の紅葉:源光庵 ) 

≪     鷹峰の紅葉:常照寺10/11/30

鷹峰の紅葉:光悦寺10/11/30    ≫

2010年12月 1日 (水)

鷹峰の紅葉:常照寺10/11/30

11月の末日。~明日からポイントが下がるから、行列してもテレビ買いに行かなきゃ~~
全然関係ありません。 第一そんなお金無い。 けれども朝から天気は良かったですし、明日からは12月、当然寒くもなるでしょう。 と、云うことで、敢行しました!  外出を!!
今年の紅葉頁はもう無し・・・と、諦めていましたが往生際が悪く、とにかく近所で多分行動安全圏内の鷹峰辺りなら 間に合うかも・・・・と、退院以来約3週間にして初めて外の空気を吸うことになりました。 安全に安全を重ねて、行きはタクシー!!  当ブログ始まって以来の取材投資です。  鷹峰までは北1というローカル系統の市バス一本で行けますし、第一元気なときなら”歩け!”の距離なんですがね。
と、云うことで、やっとこさ通常のブログ:ノルマ!!風に動いてみることが出来たのですが、肝心の紅葉自体は少々遅かったです。 なぜか此の両三年、鷹峰に関しては何時も遅きに失してしまっています。 大体鷹峰を志したのは近場安全圏もさることながら、お寺が三軒固まっていて何れも紅葉の名所。 ネタ拾いには大変効率的と云うこともあったのですが、そんなことで期待が外れ、粘り倒すだけの体力気力もないものですから、三軒とも表っ側をツルッと一撫でした感じで引き上げて来ました。 (別の言い方をすると無料の範囲だけで帰ってしもた、と云うことです)

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一番下の常照寺から。 入り口の此の木は見事なんですが、今年も少し遅かって葉を巻き始めていました。

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でも、やはり正面入り口だけあって、写せばそれなりの風格です。


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いわゆる吉野門。 二代吉野太夫が二十三歳の時に寄進したと云う赤門です。 寄りつき参道の紅葉に映えると素晴らしいのですが、其の紅葉が実は少々・・・

吉野太夫花供養列   吉野太夫花供養列:09

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参道の今云った面影が幾らか残った部分を抜き取りました。

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門内に入ります。
此は帯塚と云って、和装の帯の染色文化を象徴するものとして昭和の末に建立されたものです。


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吉野門の見返しですが、毎回撮っています。 いつもは午後で、今日は初めての午前中なのですが、紅葉がまっさかりの折に夕日を受けると、此のビユーはほんとに感激ものになります。
   鷹峰の紅葉:常照寺   08紅葉:常照寺前

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西側の井戸の上あたりですが、なんかだんだん黄色が強くなってきているような・・・?


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竹林の裾にも小さいのが点景にあるのですが、此も少々勢いがない。
(実は奥へ入るとこういった雰囲気も含めてとてもいい処なんですけど・・・)


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と、云うことで、丸い吉野窓があるお席の辺りや、吉野太夫のお墓などがある書院から奥の方は割愛です。

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戻り道、数枚だけ真っ盛りの葉を見つけました。

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入り口、道路際へ戻りました。 お寺は南面しています・・と云うことは出口方向を見ると逆光です。 此の角度では元もとの素晴らしい本性が現れてきます。

  次に源光庵、最後に光悦寺へ行きましたが、光悦寺ではもう殆どギブアップでした。 延べ1時間!の大撮影旅行は病み上がりには十分こたえます。

≪    鷹峰の紅葉:源光庵10/11/30

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