ブログ:ノルマ!!  TOPページ (2010)

              京都のイベントや社寺を主とした写真日記的ブログ

 

                          色々なご案内などを書き込んでいます。

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-1: 雑記帳(10/06/03)

此のブログも初めてからもう5年になりました。 
関西電力のメンテ用光ファイバー網を利用したeoのネットワークで、加入した頃は3万人になったら経営が成り立つと言うことでしたが、昨日今日は100万を越えた、とTVコマーシャルをしています。
ただし一昨年の八月にそれまで関西ドットComと称していたのが今のeoblogに変わり、ブログのソフトも変わって実用上もサービスも低下してしまいました。
集計の仕方が違うのでしょうが、以前は最大一日400人/1000アクセスまで記録したものが、現在では平均して250~300アクセス/日程度です。
それでもやっと記事の数が2000を越えて、最近では毎回10枚程度の写真をアップしますから、掲載した枚数も万を超えることに事になると思います。
その間の皆様方のご声援を感謝すると同時に、今後も続けられる限りやっていこうと思いますので、宜しくご支援の程お願い申し上げます。


0: 一般事項

この辺りに特記する事項ではなく、当たり前のこととして居りましたが、世知辛い世の中で書いて置いた方が無難なようなので此の項を設けます。

 01: 当ブログ所載の記事映像の著作権標示は (C)Sango/Morino-Fukurou です。
 02: 当ブログ所載の記事映像は原則として二次使用可です。 但し事前に目的等を明示して了解を取っていただくことが、当然のエチケットと心得ています。
 03: 良識常識外の行為とその結果について当方として責任を持ち得ませんし、必要な手段を執る権利は留保します。


1: 記述内容に関する訂正事項:

最近ではありません。

2: ブログの移転絡みの問題点について

08年8月関西ドットComがeoブログに統合された結果、多くの不具合が発生し、大変ご迷惑をおかけしております。  10年6月現在も残っている不具合は下記の通りです。

 1)  ブログ内リンク切れ

a: 関コム時代のページ(08/09以前のアップ分)内にある当ブログ内のリンクは、サーバーが無くなった為に全て機能していません。 
それで”ブログ内検索”窓を右欄外に設けております。
此処にキイワードを打ち込んでいただくと、Googleが開き、、そこの検索窓下にある

  ”http://sango-kc.blog.eonet.jpを検索” ボタンをチェックしてから、
再度検索ボタンを押して下さい。

Googleが収集してくれた当ブログ内の項目がほぼ全て現れます。 
目的ページ周辺のものもあり、ブログ内検索及び内容概観としてご活用頂くと、結構お役に立つかと思われます。

b: 当初の不備を解消するために、eo側で設けた検索窓がブログ頁最上部欄外にあります。これは少し宛改善されていますので、上記a:の検索欄を試みられて不充分な場合はお試し下さい。

 2)  ページ間の移動

関コム時代のページ末尾にある  前の頁へ  次の頁へ  *Blogノルマ!! 内容一覧*
に関しては上記のと同じ理由で機能しません。 
前後頁への移動リンクを毎日手製で設けておりますが、古いアップ部分迄手が回りません。
ページ間を移動して頂くのには各頁トップにある”メイン”の左右に標示されたタイトルをクリックすることでお願いする事になります。

 3)  05/09/08以前の写真の消滅

これは関コムの仕様で画像一点に限定されていた頃のものですが、横位置の写真が消失しています。 本来は移転時にeo側で修復すべきものですが、時間経過と共に逆の現象が起きて次第に消滅、今や全部消えてしまいました。
関コムの時アップした30000点ほどの写真をeoからCDとして送ってきたのですが、ファイル名とNoが変更されていて、その命名法に法則性がありません。 
自分で修復したいのですが、必要な写真を探し出す作業は絶望的な偶然性に頼る事になり、戦意喪失中です。 

 

 

2010年7月30日 (金)

祇園祭還幸祭10:中御座

大政所社と云うのは烏丸通佛光寺下がる東側にあるビルの谷間の小社で、 元もと三座の御神輿の内中御座と東御座、即ち素戔嗚尊と八柱の御子神の御旅所があったところです。 
西御座つまり御祭神の后神である櫛稲田姫命の御旅所は、もっと北の丸太町近くの少将井にあって別々だったのが、秀吉の京都改造計画の際現在の所、つまりは秀吉が造った寺町の四条に集められた、と云うわけです。

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雷鳴は益々激しさを増します。今にも、と言う感じで物凄い大音響が連続します。
兎に角大政所社の向かい側のビルの軒下に隠れました。

稚児列などはもう先に行きましたが、中御座はなかなかやってきません。
と云っているうちに、来ました。
雷鳴に相応しい雨風が。
写真左下の自転車は一瞬にして吹き倒されてしまったものなのです。


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此の凄い吹き降りでは威勢の良い御神輿もたじろぐでしょう。 なかなか来ない内にこの方の姿が現れました。 ビニール合羽で完全防御ですが、身なりから見て先駆の神職さんでしょう。 そしてお役目がら傘を差す従者などは居ないのでしょう。 でも烏帽子ごと被れる特製合羽の用意がある処など、さすがは八坂神社。 (妙なカンシンのしかたやな)

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そして少し小やみになった頃、やってきました。 最初は子供神輿かな?

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烏丸通は下行き車線全部が通行止めで御神輿に開放され、車は北行きの西側で対面通行をしています。

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ずぶぬれの隊列は大政所社前に到着。

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これ、何というのか知りません。 兎に角一同お手を拝借、拍手して締めます。

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雨に打たれて御神輿の輝きはいよいよ増したよう。

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そしてお決まりの差し上げが行われます。

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(ちょっとだけ)気勢がいつもよりは・・・という感じ、なきにしもあらず。 そら、あの雨風ではね。

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お参りが終わって再び北へ向かって進行です。 雨は止みましたが地面はご覧の通り。

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輿は宮司さんか何方かかな。 とにかく中まで濡れておられました。

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御神輿は綾小路を過ぎて四条に差し掛かります。
此処で左折して四条大宮まで行き、広い後院通には入らず、昔の侭の大宮通を北に向かいます。 その後神泉苑から三条の御供社、別名又旅所、即ち更に古い時代の御旅所に至って神事の上、御本社へ、と云うことになります。
その辺りはこちら、祇園祭:還幸祭 (06)でご覧下さい。

本来なら三条の又旅所迄お伴して神事を写し、夜半前の御本社還幸まで、と行きたいところですが、とてもとても。 幸い真下は地下鉄四条駅、このまま失礼して帰ります。 
昨日立派なことを書きましたが、多分これで(私の)祇園祭はお終いでしょう。

≪    祇園祭還幸祭10:駒形稚児



2010年7月29日 (木)

祇園祭還幸祭10:駒形稚児

 祇園祭はもう終わった。 
いいえ、31日の八坂疫神社の夏越し祓えで終わります。 そしてそれまでには未だまだ行事が続きます。 此の遅延ブログが山鉾巡行(の帰り道)をアップし終わったからと言って、終わったわけではありません。 
世間一般的に云えば17日の山鉾巡行が終われば終わりで、  同じの日の午後、三座の御神輿が神社を出て市中巡行の上御旅所に向かわれる、即ち通常の神社でのお祭りの中核である神幸祭があることなど、まるで知らない方も多いのでしょう。 まして昔の”後の祭”、24日の山鉾巡行が17日に統合された代わりにある花傘巡行と、同日午後から深夜に掛けての還幸祭など、知らなくて当たり前、と言った面があります。
山鉾巡行というのは簡単に云えば、御神輿に乗られた神さまが氏子町内を回られ御旅所に行かれる”お祀り”の奉祝、賑やかし、前座として、町衆が趣向を競った”お祭り騒ぎ”と云うべきものなのでしょう。
と偉そうなことを云いながら、此のブログ、お祭りの一部始終を網羅するどころか、各要所ポイントになる部分でも、未だにカバーしきれて居ないところだらけです。 体力的限界もあって、如何に頑張っても最早全体像が纏まることはありませんが、奥が深いお祭りをそれなりにフオローする余地は未だまだあり、と云うことでもあります。
例の如く余分な前置きが長い  (わかってんにゃったらやめい) (やくしょのアイサツといっしょですわ)  のは置いといて、実は祇園祭の主役の稚児のもう一方、駒形稚児が”お役目”を勤めている姿を未だ拝見したことがありません。 出発前の姿は随分前に(HP山紫水明抄 2004祇園会 4 神輿出御 )写しましたし、一方長刀稚児が本来のお仕事、注連縄切りをする瞬間は撮っていませんから、まあ無ければないでも良いとも言えますが、今回はそこに的を絞ることになりました。

さて、24日には四条新京極の御旅所に鎮座されていた三座の御神輿が還幸になります。
主祭神素戔嗚尊(スサノヲノミコト)と、櫛稲田姫命(クシイ ナダヒメノミコト)、八柱 御子神(ヤハシラノミコガミ)が座乗される 中御座、東御座、西御座は17時過ぎから順次御進発、それぞれ異なった順路を経、途中大政所社や神泉苑、又旅所などの旧地での神事を経て、23時頃八坂神社に帰着されます。
去年は其の中御座の発輿(17:15)に遅刻して西御座 を追っかけたわけですが、今年は先ずはトップが動く時点から、と出掛けました。 (発輿予定 東18:30 西19:00)

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四条の歩道は4時半過ぎに人でもう一杯、通行遮断されて東西に行く人は地下道を通るよう強制されます。 
(ハンデイのある人はどうするんや??)
人の隙間にそれなりのポイントを見つけて座り込みましたが、地の人と駒形稚児の事に関して話をしている内に気が変わりました。 
大勢の中で押し合いへし合いして神輿の差し上げ等を写すのはヤメにして、先ずは先回りして先導のお稚児さんにへばりつき、烏丸の大政所社あたりまでフォローした後、やって来る中御座を待つ。 と云う作戦です。
これならなんとかつきあえそう。

左は御旅所御座所の中御座。 六角形の屋根が識別のポイントです。
(東は四角、西は八角)

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「御神輿もですが、久世稚児が馬で先導するところを見たいので・・・どうすれば・・・」
事情通の方達と話をしているとき、寺町通の北側から、其の久世稚児が現れました。
どうやら寺町の四条下がったところで待機して、御神輿を待つようです。

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お話によると、この先神社に還幸されるまで、原則として全経路馬上先導とのこと、 小学校の子供には大任です。

ところで、そもそも久世稚児、駒形稚児とは?
これは西京区の久世にある綾戸国中(あやとくなか)神社から奉仕に来る地元の子たちで二人居り、国中神社に鎮座される素戔嗚尊の荒御霊を奉持して、それぞれ神幸祭、還幸祭の行列を先導するものです。
御神輿に座乗されている和御霊(にぎみたま)と併せ、稚児が胸に掛ける駒形のご神体によって御祭神の全神格を顕わしているわけですから、稚児は神そのものとみなされて、下馬札のある神域内にも騎乗の侭出入りします。
其の意味では五位の位の長刀稚児よりも格上と言うことでしょう。

久世駒形稚児社参:09
久世へ:綾戸国中神社と蔵王堂光福寺

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駒形稚児の後ろに控えて居られるのは、綾戸国中神社の宮司さん。


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神社の氏子中より若い人達や、その他大勢の方が、御神輿先導のご奉仕に出て居られます。


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金色の冠を被り、仲啓を後ろ襟首に差した姿でスタンバイ中。


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胸に下げているのがご神体。
駒形をしていると云うことです。


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待つこと暫し、中御座に先立って神宝奉持列がやってきます。

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紳宝列が先に立って、行列が進み出しました。
寺町通四条下るは京都の秋葉原、日本橋。 電器屋街ですから(些か寂れたとは言え)看板など独特の賑やかさです。


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三座の御神輿の還幸ルートはそれぞれに異なりますが、中御座の場合は、寺町を南下、高辻を西へ、烏丸を北へ、大政所社にお参りしてから四条を西へ、大宮を北へ行って神泉苑から千本御池経由又旅所に至り、三条、寺町、四条、御本社というものです。
これは高辻通りの佛光寺近く、町内総出の行列接待所です。

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御神輿の先行をする神宝奉持列、其の後ろの稚児の列、何れもゆっくりとした進み方ですが、随行するのは私にはもう無理です。  休憩のタイミングを計って先行しますが、息切れしてとてもじゃない。 佛光寺さんのところで追い越されました。
この時一天俄にかき曇り、それはそれは物凄い雷鳴が轟きました。 
先ずは今まで聞いた内での最大級、まさしく素戔嗚尊の荒御霊の御神威そのもの。  降り出さない内に、御神輿に追いつかれない内にと、烏丸まで急ぎ、北へ上がって大政所社の前まで行って雨宿りの態勢です。

≪        祇園祭10・新町通-船鉾、放下鉾、南観音山

祇園祭還幸祭10:中御座    ≫

2010年7月28日 (水)

祇園祭10・新町通-船鉾、放下鉾、南観音山

     

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さて、新町通りを南下していく山鉾も概ね終わりに近づきました。
ただし鉾は兎も角、山の全てが通るわけではないので、それらは室町などから下がっていくのでしょう。
山の場合は小回りが利きますから、よほどおかしな順番で動かない限り、帰り着けない、と言う事態は起きないでしょう。

さて船鉾ですが、これは岩戸山に続き、八幡山の前に通過しました。
写真のバックにある京町屋、松坂屋の看板が掛かっていますが、これは彼のデパート松坂屋そのものの筈。 創業の地ではなかったかな?


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船鉾は何と言っても其の形から人気があります。
実物は意外に小さく感じますが、此処の町内の手前、四条寄りに大船鉾町と云うのがあり、そこの大船鉾は維新の蛤御門の変の火災で焼失したままて復興されて居りません。
今は居祭と言うことで、残った部品などを飾りつけ、去年辺りからはお囃子も復活させて、何れ其の雄姿を見る日も来るであろうと言うことです。


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船首を飾るのは鷁(げき)と云う想像上の鳥。 
大宮人が船遊びに使う、竜頭鷁首の船の舳先と同じものです。


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船が頭上に被さって、進んでいくのもまた一興です。

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船鉾と大船鉾の両方揃っていた時は、神功皇后の船出を象って、一方を出陣の船鉾、もう一方を凱旋の船鉾、と云ったと言うことですが、こうやって船首や船尾からの姿を見ていると、如何にも相応しい表現だなあ、と思います。


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さて、まわりは少し空いてきました。 実際の進行順ではこの間に八幡山が来て会所に納まりました。

ところでこの写真はどちらの観音山の会所だったかな??


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次の放下鉾です。
新町の四条上がるに居て、前の祭りの鉾の中では一番端っこに居るわけですが、乗っている稚児人形は三光丸と言い、唯一の操り人形で、長刀鉾の稚児並に舞いを舞って見せてくれます。

(毎回の提案! ホンダのアシモ君を乗せるべし!)


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バクダットの風景を描いた梟の見送りは新しいもので、皆川月華画伯の作。


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そして南観音山。
後の祭りの、従って前後合同してからの17日の巡行の、最終を締める大きな曳き山です。


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今やどの山鉾もそれぞれ多様なボランティアに依って支えられているようですね。

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楊柳観音に因んで、大きな柳の枝を右後ろに付けて居るのが、両観音山の特徴です。
其のバックビューが山鉾巡行のフイナーレを飾ります。


私は南観音山を見送って三条通に出、地下鉄御池を目指します。
後もう一つだけ、北観音山が居るのですが、もう体力の限界。
折しも救急車が走っていきました。
桑原、桑原、 二度あることが三度にならない為にも、もう撤退です。


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三条通りを とぼとぼ、よろよろ烏丸へ向かいます。
室町から南を見ると、遙か彼方には未だ山や鉾が沢山居て、一部は動いています。
「それいけ!」 が、本来なんですが、もう限界も良いところ、遠くから兎に角シャッターだけしておいて、後のこれは一部分の大伸ばし。 勿論どれが何やら判りようもありません。
時刻は概ね14時過ぎ、此のあと地下鉄手前でへばっているところで、偶然に京都鴨川風光氏に出会い、殆どレスキューされた状態で休憩に入って本日の出動を終えました。 助かりました。

≪    祇園祭10・新町通-八幡山

祇園祭還幸祭10:駒形稚児    ≫

2010年7月27日 (火)

祇園祭10・新町通-八幡山

岩戸山の後からは船鉾が来ました。 
新町四条の下の方に並んでいるわけですからそれで順序ですが、今日のブログの頁はちょっと割り込みで、実際にはその後から来た八幡山を載せています。
ですが、此の船鉾に続いて八幡山が来るということは、現実でも飛んでもない割り込みになるのです。
新町通りを帰って行く山鉾は、納まるべき場所を勘案して順序よくやってきます。 ところが此の八幡山、実は新町通の山鉾中、最も北に位置します。 これが今やってきて座ってしまったら、それより南の北観音山、南観音山が通れない!!
このことは私にも現場で判りました。   いったいどうなってんの!?
少し群衆が減って頭も冷えてきたからでしょうが、しかし周りはやっぱり灼熱地獄です。

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山鉾が南下していくのと逆に、私は少しずつ北へ向かいます。 炎天下での耐用限界が来ない内に御池の地下鉄まで辿り着かねばなりません。
六角通の角まで来たところで、下がってくる八幡山に会いました。 一瞬目を疑いました。 そこの辻には確かに八幡山の高張り提灯もある! だけど未だ両観音山もその先の放下鉾も来ていないのだ!

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新町六角の交差点までさがって来た八幡山は、その十字路で転回を始めました。


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鉾の辻廻し程の迫力はありませんが、これは舁山の見せ場の一つで、実際には車輪で転がってきた舁山が、ほんとうに舁き上げられる場面です。


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そして改めて北向きに出発進行。


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やろうとすることが判りました。

会所の前を通り過ぎて次の辻迄進んで最後のデモンストレーションをし、元へ戻って会所の敷地に入り、新町の通りからは退去しよう、と云うのです。


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会所の前に到着すると、今度は左回りに回り始めます。

この前組立中をアップした各山は、会所から部材を出して路上で組みましたが、観音山は完成したものを収納するだけの敷地をお持ち、と云うわけです。


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御神輿の差し上げと一緒で、一番最後は元気良く旋回、回頭して、景気をつけてから納める、というわけです。


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金色の八幡宮が会所の側へ向きました。


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そしてそのまま右手へ、東側に向かい、

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会所の北側に入り込みます。

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これで安心。 
後は放下鉾、南観音山、北観音山と、新町通の四条北に並ぶ連中が入って来て、バックホームは全部完了と云うことになるわけです。 

≪        祇園祭10・新町通-月鉾、岩戸山

祇園祭10・新町通-船鉾、放下鉾、南観音山    ≫

 



2010年7月26日 (月)

祇園祭10・新町通-月鉾、岩戸山

     

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次は月鉾。

大分人が透いてきて、道を横切っても咎められませんが、デンと立って撮影するのは当然御法度です。
ヒットエンドランで撮れば通常お巡りさんも黙認で、ベテランなら目か手で合図のお辞儀をすればスッと横を向いてくれる人も多いのですが、この方はガンとしてこっちを睨んで居られました。
一瞬向こう向いてくれれば、さっとシヤッターして、振り返った時にはもうこっちは居ないのに、つっぱりあいのバッティング状態が一瞬生じて、どっちにも良いことはありません。


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というエピソード?は別として、古い良い町屋の前を鉾が進みます。


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先の鶏鉾は鉾の中でも最軽量でしたが、月鉾は最重量級です。
(9.42t : 11.88t)


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お稚児さんは昔は全部生き稚児でしたが、今では先頭の長刀だけで、他は全てお人形です。


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縁に腰掛けて演奏する囃子方の動きに連れて飾り紐が上下します。 月鉾の場合は短冊状の飾りも見えます。

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綱の曳き手も車輪方も、この位周囲が空いてきたら楽でしょう。

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山が来ました。 これは巨大な曳き山。 岩戸山です。  

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曳き山は鉾頭の代わりに松の真木を建てる他は、鉾と変わりありません。

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岩戸山は新町通りに居る山鉾の中の最南端、仏小路の近くまで下がっていきます。

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音頭取りさんも二人です。

そして・・・


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これです。

これが本来の山鉾巡行風俗です。
危険を伴うから、ということで、今はごく限られた状況の中でしか見られない、粽(ちまき)撒きです。

勿論縁起物、護符ですが、そのさらに昔はホンマにたべられた!?筈。


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此の真木の松。 もちろん生の木です。
年に一回のことですが、それなりの枝振りと大きさが必要でしょう、
根こぎにするわけですから、何時までも続けて採れるよう、其の方面の方のお気配りの程、宜しくお願いします、というところです。


≪        祇園祭10・新町通-鶏鉾

祇園祭10・新町通-八幡山    ≫


2010年7月25日 (日)

祇園祭10・新町通-鶏鉾

     

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続いてくるのは鶏鉾。

帰る先は室町四条下る、鉾の辻の南側です。


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少し周囲に余裕が生じてきて、きちんと撮れるようになってきました。

いよいよ祇園祭本番って感じです。


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曳き手の長いながい列、鉾を曳くと言うことのほんとの情景。 赤い陣傘の列が印象的です。

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これで電柱と白いビルがなければ、言うことないんですが。

(消してもたら?)
(チョトきついかも)
(やってみ)
(考えてみるわ)


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鉾は進んできます。

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町屋の二階、町衆は拍手喝采、大歓呼。 

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鉾は軋みながら前を横切っていきます。


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大きな車輪。 

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見送りのテーマはトロイ戦争。
16世紀ベルギー制作の重要文化財です。

王子と妻子の別れの場面、と解説されていますが、これが物語中のどの情景なのか? 
古代ギリシャフリークのCapriccioシリーズ作者としては、ピンと来ないところがあって拘っています。


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こうして鉾は去っていきました。

ホッと、一息ついたら、
やっぱり、 暑い! あつい!!

でも、これが祇園さんの山鉾巡行やんか!


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夏空に聳える竿灯には、三角に丸い金色のマークが入った鉾頭。
近くば寄って目にも見たいお方は、こちら をどうぞ。

その由来はもう一つ定かではなく~と云うことはそれだけ由緒が古いと言うことでしょう~
鶏鉾の由縁である”諫鼓”の故事を現している、とも言われます。 
古代中国の堯の時代、天下が良く治まって、訴訟用の諫鼓の出番が無く、鶏が巣を作った。 金色の○は鶏の卵を現している。 と云う解釈です。


≪    09/07 西御座:大政所社社頭

祇園祭10・新町通-月鉾、岩戸山    ≫

 



2010年7月24日 (土)

09/07 西御座:大政所社社頭

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2009/07/24

ネタ切れ対策の一つ。 昨年の佳作?集の一部ですが、必要に応じて6月まで、何ヶ月か纏めては空きスペースに入れてきました。 今度載せるものがなくなったときに、此のページが発進するべくスタンバイしていたのですが、本日7月24日、只今7:53分、新町通りでの山鉾巡行シリーズの第3編綾傘鉾、蟷螂山をアップしたあと、フト気が付きました。
これ、今日のことやんか! 
元ネタの去年のことは この辺り と其の続編でご覧頂くとして、今年はどうするか、体調もありますが還幸祭は概ね午後から夜のこと。 出来れば行きたいな、とスケジュールなど考えていたところです。
だいたい我がブログはSango-kcなる爺が、自己満足するための作り物ですが、でも長くやっていると、其の時々の話題を追ってアクセス、検索などが結構重なります。(国際的にも、です)
元もと報道性などを期待して頂いてはいけませんが、まあ、偶々本日の話題がアップ可能な状態でスタンバイしているなら載せてしまえ、と云うわけで、載せてしまいます。
ネタ切れ対策をムダ玉に使ってしまうわけですが、まぁヤヤコシイことは言わずに御観覧くださいな。

≪    祇園祭10・新町通-綾傘鉾、蟷螂山

祇園祭10・新町通-鶏鉾    ≫

祇園祭10・新町通-綾傘鉾、蟷螂山

     

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今まで西側に居たのが、合間を縫って東側に移動しました。

西側は日蔭で人が多いのですが、東が少し透いてきたのと、西側にとてもいい感じの町屋があって、二階には一杯の人達が居ます。

其の背景で祇園祭本来の姿が撮れそうです。


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綾傘鉾は鉾とは言うものの、花傘形式で、傘鉾と呼ばれる形態のものです。

戦後に新しく復活した鉾ですから、色々な新機軸?が見られます。
その一つが大勢のお稚児さん。

ボク、暑いけど、もうちょっとの辛抱だよ。


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そしてやってきたのが棒振りです。
8月の六斎念仏などでも行われますが、詳しくはこちら をご覧ください。


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歩きながらの芸で、一人が太鼓を持ち、もう一人がそれを打つ。 素面は隠して阿弥陀に被ったしかめっ面のお面は男と女のようですね。 
新設された時代祭の室町時代でも似たものが見られますが、都が一番都らしかった時代、言うならば現代日本文化の根幹を築き上げた時代の華の一つなんでしょう。

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棒振りと太鼓は二組居るようですが、でもこの猛暑に覆面は辛いでしょうね。

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傘鉾は二台。 西陣室町ならではの大作で覆われてます。

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下がっていく傘鉾の遙か向こうに見えるのは先行した菊水鉾でしょう。 丁度四条あたりで、これから最後の辻廻し、と云うことでしょう。

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やってきたのは人気者の蟷螂山(とうろうやま、かまきりやま)

町屋の二階からは大拍手です。


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これも戦後復活の山ですが、舁山の中では最大で、ずば抜けた大きさをしており、上に乗った御所車の上の蟷螂がポイントです。


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祇園祭山鉾中唯一のからくり山で、中に人が入って操作します。


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歓声に応えて蟷螂が羽を拡げました。
でもこの中で操作するのも暑いことでしょうね。

此の山、戦後の作ですから、巨大な内部に秘かに駆動エンジンと冷房を備えている・・・勿論嘘、真夏の白昼夢、妄想です。


≪    祇園祭10・新町通-四条傘鉾、菊水鉾、白楽天山

09/07 西御座:大政所社社頭    ≫

 


2010年7月23日 (金)

祇園祭10・新町通-四条傘鉾、菊水鉾、白楽天山

     

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人混みの中に隙間を見つけだして写します。
みっともないことや迷惑なことにならないようにしながらの撮影ですが、此の混雑では巧く行きません。

続いてやってきたのは四条笠鉾。


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携帯電話というのはこういった場ではカメラの大敵ですが、新兵器も参入してきました。

これ、アイなんとか言う奴かいな?


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夏空です。メチャ暑いです。 もみくちゃの中で写していると、頭の中も写真もこんなになります。
因みに高張り提灯に南観音山とあるのは、此処が偶々南観音山の定置場所、町内であると云うことで、通っている山鉾とは関係ありません。 (当然南観音山が此処に戻って座るのはもっとあとで、殆ど最終です)

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賑やかに次のが来ました。

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菊水鉾です。

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唐破風を持った鉾はこれだけ。
音頭取りさんも浴衣姿でなく、袴を履いて烏帽子姿、手に持つのは扇子でなくて団扇です。

何れも昭和の鉾、菊水鉾ならではの堂々とした姿形ですが、少しばかり暑苦しい?


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目の前を横切っていきます。 せまい通りならではの圧倒的なビユーです。

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囃子方から飾り紐が垂れて揺れています。
屋根方は綱に縋ってコーナーから四方を監視しています。 
揺れる鉾の屋根が町屋の屋根と衝突することは、屡々あり得ることなのです。


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続いてやってきたのは、白楽天山。


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白楽天山は綾小路室町下がるで鶏鉾の南側ですから、この辺りで下がっていくのが順序と言うことなのでしょう。


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山鉾が過ぎて行くと、人の数は心なしか少なくなってきます。
次のが来る間に当方は逆方向の北へと移動します。
お陰で少しずつ周りの状況が良くなってきて、まともにお祭りと向き合えるようになってきます。


≪    祇園祭10・新町通-長刀鉾から函谷鉾

祇園祭10・新町通-綾傘鉾、蟷螂山   ≫



2010年7月22日 (木)

祇園祭10・新町通-長刀鉾から函谷鉾

7月17日祇園祭の山鉾巡行。 1ヶ月に渡るお祭りのハイライトです。
幾ら体調不良謹慎中とはいえ、じっとしてはおれません。 早朝四条烏丸より西側へ行って、準備を整えて参集してくる山鉾群を撮る。 何時もの手ですが、暑くなる前に座って待っていると、相手は正装して澄まし込んではいるが、未だ本番前のリラックスした状態。 辻廻しなんぞも比較的楽に見ることが出来ます。 なのに何故か思うように動けず早朝案はポシャり、結局予備の予備の行動案、正式の巡行が終わって町内へ帰るべく、新町通を南下する山鉾を撮る。 と云う作戦になりました。
何が何時通るか、などは行ったとこ次第の遭遇戦で、制約が無い分自由で楽ですが、当日はきっちり梅雨明けの、凄い雨が去ったと思ったらこれまた凄い烈日です。
  
長刀鉾を先頭に概ね昼前に御池新町に到着して、さて町内に帰るには、籤による到着順と帰るべき場所、それと都小路の縦横組み合わせのパズル。
順番良く新町に入らないと前後ろが塞がって家に帰れない、なんてのが出る可能性もありますから、御池通りから南下する順序は其の歳により臨機な処置が必要でしょう。 

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と云うことだけが判っているデータで、とにかく12時前に地下鉄御池に降りました。

物凄い人出で暑い、暑い。
新町通そのものは人一杯で入れせんから、大回りして西洞院蛸薬師あたりまで行ったら、もうフラフラで、やめて帰ろうかと思いながら、新町の方を見て、そこに居たご近所のおばさんに、「未だですね」 とお聞きしました。
「まだですよ」 
「でももう側へ寄れませんね」 
「望遠レンズで引っ張ったらいい」  
こっちは未だカメラも出していないし、相手は只の町のおばさんだ、と思っていたら、ギャフンです。


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仰ることに従いました。
へたばったので、その場で持参の踏み台~ではなく腰掛け~に座って、70~300mmを付けたところへ、角から長刀鉾がお出ましでした。

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長刀は籤取らずで先頭を行くだけでなく、帰る所も一番遠いですから、やっぱり最初に新町通を下がっていくのでしょう。

狭い通りの木口から見る姿は、それなりの圧巻です。


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続いて山が三つ通りましたが、さて、何山やら。
画像アップして、今から一昨年巡行時撮影の全データを参照して探索です。


これは木賊山(とくさやま)でした。
仏小路の油小路、四条より下の山鉾群の中でも一番西南寄りですから、早い目に通り抜けるのでしょう。
(因みに今年は山鉾巡行順も把握しないで行動していました)

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油天神山でした。 これも木賊山のお隣です。 

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霰天神山。
組立中の所は先日アップしましたね。

改めて山鉾配置図を見てみたら、横の通りで新町と室町の間にいる山はこれだけだ、と云うことを発見しました。
他の山は室町を軸にし南下して帰っていくのでしょう。


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この後は兎に角蛸薬師の新町角西側に取り付きました。
日蔭に座って待って、何か来たら動く、の態勢ですが、何しろ人が多いのです。
鉾がやってくるぞ、と云うので何んとか首を出して撮りました。

四条は室町より東に居る函谷鉾でした。


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狭い道ですから被写体に迫って、どアップ、ど迫力、 となれば良いんですが、なかなか。

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各山鉾のクルーはそれぞれのユニフォームを着て、役どころに応じた場所に山鉾の記号などを入れています。
曳き手は笠に、鉾の進行コントロール係は法被の背中に函の字がはいっています。

ところで電柱と電線の存在を否定していたら、此処では写真を写せません。
と云うことで、その辺りはご勘弁の程を。


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正規の巡行は御池で終わったはずですが、この辺りを帰っていく各山鉾とも、少しも端折ったところはありません。

本当の祇園祭、古来の山鉾巡行は此の程度の道幅の所ばかりだった筈ですから、町屋の二階の観客との間にコミニュケーションがあり、屋根方は軒に当たらないように頑張っている、という、これが本来の姿なんでしょう。


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観衆は道の両サイドの歩行者用白線の範囲だけに規制されていますが、そこに入れる人数は限られていて、余裕はなかなか生まれません。

其の狭い中、とにかく目と鼻の先を、巨体が軋んで通過していきます。


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綱を引く人は勿論のこと、音頭取りも囃子方も本番そのもので、お陰で祇園祭山鉾巡行をキッチリと堪能できました。


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一つが過ぎると規制がゆるみ、鉾の後ろについて行く人も出てきます。
そんなことで少し人が減りますが、また新規参入組も加わって、雑踏はあい変わらず続きます。


≪    祇園祭10・南観音山曳初

祇園祭10・新町通-四条傘鉾、菊水鉾、白楽天山    ≫

2010年7月21日 (水)

祇園祭10・南観音山曳初

7月13日16時、新町通に居る鉾の曳初です。 
前日は鉾の辻、つまり四条室町の四方に控える、函谷鉾、鶏鉾、月鉾、菊水鉾と、長刀鉾が曳初で、一時四条の交通を規制して 賑やかに行われました。
 祇園祭:長刀鉾曳き初め  鉾の曳き初め:09鶏鉾
新町四条下がるの岩戸山、船鉾、そして四条より上の放下鉾、南観音山、北観音山~つまりはかつての後の祭りの主役達で、現今17日の巡行では後半を占める連中は一日遅れたこの日、縦一列に並んだ関係上、相互に連動して上下(かみしも)へと動く試し曳きを行います。 鉾の曳き初め:09放下鉾、船鉾
この日の午前中は長刀鉾稚児のお位貰い で、午後は久世稚児。 去年までは終日走り回ったのですが、今年は体調の関係上無理。 この日は自由に歩いての山建のゲリラ探訪でして、試曳には行かない、と云うことで出たはずが、結果的には時間を合わせてこの場に居てしまいました。
 (アホか、わかっててやってんのか?)  (りょうほうやろな)

長刀鉾稚児社 参:お位貰い09  祇園祭:久世 齣形稚児社参

  (当ブログ内の祇園祭関係頁は多数ありますので、各年7月のアーカイブをご覧下さい)

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雨は降ったり小やみになったり、そのなかで地元の子たちを主体に人が集まり始めました。

本番で山鉾を曳き担ぐのは現今では大学生や社会人ボランティア、なかには全員青い目の人なんてのもありますが、勿論それぞれの町内が手配した男の人達です。 
試曳はそうではなく、女子供、通行人、誰であろうと自由に参加できる、と云うのが大きなポイントです。


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写真は南観音山で、後ろの方には一筋上にいる北観音山の姿が見えています。
音頭取りは鉾の場合は必ず二人ですが、山は一人が多いです。 
屋根方も含め、準備は概ね整ったよう。


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音頭取りの扇子が翻って、曳き手の皆に力が入り、山が動き始めます。

各山鉾はそれぞれに地元小学校の生徒達が曳き初めに加わります。
このお揃いの帽子は何処の小学校かな。
番傘を差して見詰める正装の役員方の姿も見えました。


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「えんやらや~っ」

山は、ギッシ、ギシ、と軋みながら動き出します。


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お囃子も鳴り始めます。
車輪や台車と綱の辺りの調子も問題ないようです。


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曳山の一番綱もとに居る人達は、言うなれば操縦要員。
車輪の直前に引きずられている三角の木は必要なときに噛み込ませるブレーキです。
写真がすこし不味いですが、お尻を向けている二人が手に持っているのは梃子で、車輪をこじて進行方向を微調整します。


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本番のとき、祇園囃子の奏者達は長い房を垂らして演奏し、其の揺れ動く様も一つの風物詩になりますが、今のところは省略です。

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下(しも)の方へ下がれるだけ下がる=放下鉾が四条通り一杯まで南下する~と、今度は各山鉾ともバックになります。
曳き綱を付け替えて北向きに進行中。

(此の後ろに続いて居る放下鉾の曳初は今回の1頁目16日アップ分に載せました)


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雨はちょっと小やみになりました。
みんな楽しそうです。

引っ張るのに丁度良いくらいの人だけが集まった、と云うことは此も雨のせいなのか。
天気なら道一杯の群衆で、何処に綱があるのやら判らない程にもなるものですから。


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「えんやらや~っ、えんやらやぁ~」  
久しぶりにのどかな曳き初めに出会いました。 
見ている方も楽しいです。

≪    祇園祭・山 建-橋弁慶山、山伏山、占出山、霰天神山

祇園祭10・新町通-長刀鉾から函谷鉾    ≫

延々と続けた13日撮影分を終わって、明日から17日の巡行時の様子に変わります。
(ショーモンの出し遅れもエエトコやな) (ソー言や、きょうはモウ21日ですかいな)

毎度体調を理由に致しますが、巡行本番も正面からは取り組まず、如何にして潰れずに付き合うか、がポイントの撮影行でした。 



2010年7月20日 (火)

祇園祭・山建-橋弁慶山、山伏山、占出山、霰天神山

   

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鯉山を過ぎると次の通りは蛸薬師。
左側に橋弁慶山が居るのですが、進捗状態は大同小異。

町会所は立派な町屋で其の表札でお茶を濁します。


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鯉山の次に居るのが山伏山。 こちらの会所も二階の看板を・・・ 

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雨がきつくなってきて、人通りが増えて、反比例して各山の作業は進んでいません。
これは山伏山の足周り。
ちゃんとシャフトを持ち、泥除けも付いた四輪車でありました。


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未だ裸の山伏山の向こうに賑やかな提灯が見えてきました。
人も集まってきて、雰囲気が違います。
昨日曳き初めを済ませた~つまり完成した鉾、菊水鉾が居るのです。
今まで歩いてきた部分は言うなれば工事場だったんですが、この先はもうお祭りです。

(此のシリーズ冒頭(7/16 )の画像になります)


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錦の角から烏丸の方を見ると、占出山なんですが、提灯の灯りが未だ裸電灯の状態でぶら下がっています。
車は列をなして通りますし、へばってきて、だんだんやることが粗雑になってきます。


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反対に西の方を見ると、こちらにも未だこれからですが、雨の中で活発に組み始めた山がありました。 

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これは霰天神山。

主体部は概ね終わって、前後に吊す提灯の櫓を組み始めて居るようです。

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フレームの縄絡みは鉾並に頑丈で丁寧なように見えました。

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新町側にあった制札の裏側。 錦は東行き一方通行ですから、西側にこうした制札を配置して車からガードしています。

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通り過ぎた所の町屋の表に貼ってありました。  二日の日に京都市会議場であった籤取りの場で決まった今年の山鉾巡行の順番を示しています。

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室町通りを南下して行き、左右の通りの分も含めて山の組立を見て回る。
と、云う目論見は概ね完了。
思った程進行していなくて、叉色々な工程のバラエテイが見られるのでは、と云う期待にも少し遠かったです。
雨も降るし此処で烏丸へでも出て地下鉄に乗ればいいものを、新町へ抜けました。

そこには北から八幡山、北観音山、南観音山、放下鉾と並んでいて、南北観音山は曳山ですから鉾と変わらぬ雄姿です。
そして此の三つと、四条より南で縦に並んだ船鉾、岩田山(此も曳山)の新町組は今日が曳初、3時からフォーマルなスケジュールに則った祇園祭の行事の一つと相成ります。
そう言うのを避けてフリーに動く筈でしたが、現場に行き会ってしまうと、やっぱりそうは行きません。


写真は準備整った南観音山。
鉾と同じ形ですが、松が立っている所が違います。

≪    祇園祭・山建- 黒主山、浄妙山、鯉山

祇園祭 10・南観音山曳初    ≫


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2010年7月19日 (月)

祇園祭・山建-黒主山、浄妙山、鯉山

     

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室町も三条を過ぎるとなんとなく周りがざわつき始めました。
一つには室町と新町、縦の通り二つが通行止めなので、東西の通の交通量が増えて混雑する。
其の通りにも山が建ち始める、と言った事情もあるのでしょう。

黒主山もフレームが出来た段階です。 
今始まった作業は山の周囲を囲む柵の設置のようですね。~黒主山ですから黒漆塗り?


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六歌仙の一人、大伴黒主をご神体とする山です。

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足が出ました。=欠損を生じたor隠し事がばれた。 どうも良い意味ではありませんね。
鈴鹿山と役行者山は(未だ)付いていませんでしたが、舁山にとっても車輪は今や必須のものでしょう。

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黒主を過ぎて次の六角通の辻。 東側には浄妙山ですが、未だほんの始まったばかり。 東西の通りは車規制をしていないので、仕事も大変でしょう。

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今のところX形に組まれた筋交いばかりが目につきます。 鉾や曳山と違って上に人が乗りませんからフレームはさほど頑丈ではありません。 此の山の場合は組み上がった人形が演じるアクロバットが見物です。 (末尾の”続きを読む”をご覧あれ)

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室町六角の角に建つ鯉山の高張り提灯です。 左右に建ってテリトリを表示しています。

其の鯉山ですが、これは殆ど完成していて、前後を飾る山形の提灯にも灯が入って居るのが望めます。


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そばに寄ります。
献酒の樽ももう積み上げられて、準備完了。


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囲いも完成、町内周辺の構えも万全。 鯉山はあちこちに出張展示したりして、大変元気のいい山ですが、そりゃぁ出世頭の鯉だもの。

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鳥居の中、台上で撥ねる大きな鯉は未だ乗っていません。
竜門の滝を遡って龍と化す鯉の姿です。


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未だ日中ですが雨模様になって、灯りの効果も見えだしました。


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鯉山の会所を示す赤い提灯、古い良い感じの町屋です。

≪        祇園祭・山建- 役行者山

祇園祭・山 建-橋弁慶山、山伏山、占出山、霰天神山    ≫

 


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2010年7月18日 (日)

祇園祭・山建-役行者山

南北の小路、室町通迄来ました。 姉小路下がるにあるのが役行者山。
烏丸から一筋西ですが、かつての京都の基幹産業、西陣織や友禅染を商う大商社が並んでいる所です。 そして一つの時代の名を現しても居ます。    足利氏の幕府は代によって花の御所とか武衛陣とか名を変えて、幾つかの場所を移動していますが、おおむね此の通りの縦軸上に存在しています。 
そうした背景を踏まえて今、祇園祭の山鉾が立ち並んでいるわけです。

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室町通は車止め。 下の方はそうでもなかったですが、この辺りはご覧のように静かで、とてもいい感じです。

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室町姉小路の角、室町通り左右には高張り提灯が掲げられています。 これはどの山でも同様で、それぞれの神域入り口を示しているのでしょう。 向こう側の町屋が会所で、おもての角はお店ですが、おくが深いのです。

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鉾町にもマンションが増えました。 でもこの頃は新住民も加わって伝統が守られる方向になりつつあるようです。
菊水鉾のようにマンションが鉾の乗り口になったのもあります。


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此処も骨組みだけでしたが、構造がよく判ります。
シャーシーになる部分は鉾とも共通で箱形に組まれてX形に筋交いが入り縄絡げ。
上に台座があって飾り物が乗ります、手摺りから下の四周には豪華な織物の装飾が掛けられます。
鉾ではなく、松が立つのが山で、これは一見鉾と変わらない大きさの観音山等についても同じです。


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沢山の棒が並んでいます。 昔は此処に大勢の人が取り付いて担ぎ上げたのですが、今は全て下に車輪を隠し持っていますから、厳密に言えば舁山ではなく曳山ですね。

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会所の入り口のロウジ。
奥の蔵から諸材料が運び出されて来ます。
通路には注連縄が。


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立派な屋根です。 その束や懸魚などの彫刻の詳細を写しました。
所でここまで書いて疑問が出来。 舁山には屋根が無く、ご神体や飾り物の人形は赤い唐傘で覆われているもので、例外は郭巨山だけだ、と聞いていたのですが、これは何でしょう? (末尾”続きを読む”での完成形もご覧下さい)

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反対側のお店も祇園祭の構えです。
それにしても此ののどかさ、終始こんな感じであの豪華な巡行などが行われるものなら、それこそ天国なのですが、なかなか。


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こちらの駒札も、新しく準備が整っています。

(”続きを読む”ご参照)


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職方の出入りがちょっと途絶えた間に、先程の通路~ロウジをもう一度。
突き当たりを左へ行くと昨日のページ末尾に載せた裏口の筈。
其の手前左側で、粽やお守り、その他の品々が売られていて、宵山の晩は人で一杯になり、確かこっちから入って向こうへ抜ける、一方通行だったかな。


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さて、役行者山から南へ、室町通を下がります。
こんな大きな飾りものを櫓を組んで、出して居られるお店もありました。

これより下、三条と六角の間に黒主山、六角下がると鯉山。
そして六角通の烏丸側には浄妙山が居るはずです。
でも雨が本降りになってきて、だんだんに人出も増え、昨日今日の頁のようなゆったりさ、のどかさは減ってきます。

実は此処までは祇園祭の古来からの一面、本来の良さを垣間見たような気分だったのですが、次第に今様になってきて、お終いは正しく今、になってしまいました。


≪        祇園祭・山 建-鈴鹿山

祇園祭・山建-黒主山、浄妙山、鯉山    ≫

 



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2010年7月17日 (土)

祇園祭・山建-鈴鹿山

祇園祭の山鉾は概ね烏丸から油小路間の四条通南北に位置します。 縦の通りを軸として見ると室町と新町が中心であることが判ります。 (末尾”続きを読む”参照)
今回は室町を姉小路から錦まで下がって行き、各交差点では左右を覗いて横の通りの山を見る、と言う行き方で、四条から北にある担山の殆どを網羅しますが、宵山などでは殺人的混雑が起こるエリアです。
 (宵山をよい雰囲気で味わいたい方にはもう一つのポイント、四条より下で西洞院から油小路の辺りをお奨めします)
14日の午後でしたが、雨のせいでしょう、各山とも殆どが骨組みが始まった程度でした。 でも三条寄りの北の方では人出も少なく、落ち着いたよい雰囲気でした。 

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烏丸の姉小路下る、鈴鹿山から歩き始めます。
姉小路から室町へ出て、下へ下がります。
そこには役行者山があります。

先ずは鈴鹿山、 
未だフレームが組めて松が立てられた段階です。

向こう側に見えるのは、東側の旧電話局、ショッピングモールになった新風館。


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烏丸通に居る山は四条上がったところの孟宗山とこれだけです。
烏丸は広いですから車の邪魔にはならず、一隅を囲っただけで建てられます。


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まだ此の状態ですから、写真的には不満足ですが、結果的には北の方の山ほど段取り良く進んでいました。
上部の構造物やご神体などが乗って、装飾がつけられるのは此から先、でも全体の形は纏まってきて、説明の高札も立ちました。

(出来上がりの姿は、末尾の”続きを読む”ご参照の程)


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雨は小やみで、職人さんの動きも活発化してきます。


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これは鈴鹿山の会所。
烏丸姉小路の西南角です。
最近建て替えられたらしく未だ真っ新。
幾ら私が都心の変化に疎くなった今日この頃でも、これは全く知りませんでした。
でも綺麗になって大慶至極ということでしょう。


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そこのロウジから残りの部品が次々担ぎ出されます。


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ロウジの突き当たりに小さな祠が祀られています。 察するに町内のお地蔵さん?
因みにこちらの山のご神体は鈴鹿権現で、長刀を持った女性のお姿です。

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収蔵庫は綺麗に空っぽでした。 正面注連縄の所がご神体の御座所かな?

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北側、姉小路側に廻ります。 機能的でさっぱりした、形の良い会所です。

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両替町通
(烏丸と室町の間ですが、三条より下はありません。室町と新町の間にある衣棚通も同じですから、三条より下とは少し勝手が違うことにご注意)
を過ぎて、少し西へ行った並びに板壁が続き、こちらの端に木戸があって注連縄が掛かっています。

ここは役行者山会所の裏口の筈。


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今の入り口のアップになります。

宵山の晩は室町側から入って此処から出てくる一方通行で、会所の中の模様が眺められるはずです。



≪        祇園祭 10・放下鉾曳初など

祇園祭・山建- 役行者山    ≫

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2010年7月16日 (金)

祇園祭10・放下鉾曳初など

七月、祇園祭です。 
でも今年は全く何も動いていません。
例年なら一日の長刀鉾稚児お千度から始まって、あちこち走り回っているのですが、今年は全く不参加。  理由は二度あることが三度無いよう に・・・五月六月一回ずつ救急車に乗りましたから、七月も・・・と言うのだけは・・・・・
とは言っても全く無関心で済むものなのか、肉体的にもさることながら、精神的ダメージと言うこともある。 
何れにしてもスケジュールに合わせて動くイベントはしんどいので、時間的に自由で場所も限定しない、ルーズな祇園祭の部分はないものか。  
ありました。 
鉾立というのには大抵つき合って、放下鉾と船鉾が未だですが、山が建てられるのを見に行ったことはなく、 鉾の曳初も概ね加わりましたが、山の舁き初めというのは見たこともない。
つまり鉾ではなく山に注目したら話が楽で、ならば宵山までに四条から北の小路をマイペースで潰していこう。 と、14日の午後出掛けました。
烏丸の姉小路から始まって室町通を下がりながら左右の小路を覗いていく。 山の組立が佳境を迎えているはず、と言う目論見です。  
ところが錦の辺りまで 下がる間に雨が降り出し、四条に近づくに連れて人も増える。 おまけに南の方ほど山の作業も進んでいない。 
始めはしゃんとしていたのに疲れもあってか段々良い加減になり、もう止めようと気がつけば3時半。 しぶといというのか阿呆というのか、室町を離れて新町に移ります。
長刀と鉾の辻四方の五つの鉾は昨日が曳初ですが、新町通を縦に連なる南北観音山と放下鉾、四条から下の船鉾と岩戸山は今日曳初をする、と言うスケジュールの記憶が頭の隅っこから作動したのです。

そこで本日の頁ですが、言うなれば倒序法になっています。
一番最後の一番纏まってない部分から断片を放り出して、明日は鈴鹿山、明後日役行者山と、あらためて北から下がります。
後になるほど出来が悪く、五日後に南漢音山の曳き初めをUPして終える予定です。
もちろん本番の山鉾巡行などはもう終わってしまいます・・・・・

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室町通を北から下がって山の状態を見、映像を拾っていく。
下へ行くに従って初心を忘れてキョロつき始めます。
テーマの山建作業はあまり進んでいないのに、正面に完全装備を調えた鉾があらわれました。


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メジャーな環境に突っ込むことを避けるのが本日の行動要点だった筈ですが、もういけません。
菊水鉾は昨日曳初も終えていますから、今宵はフル稼働です。
とにかくこれ以上下へは行かずに踏みとどまりましたが、新町に移ったのが失敗でした。


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こっちには放下鉾が控えています。
おまけに南北の観音山も。
そして三基が連動して曳初、試し曳きが始まります。
カメラ持ってれば、当然引っ張り込まれてしまいます。


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南観音山が動く所は一回分に纏めましたので後程として、今日の頁は雑多な鉾の話題のみ。
雨宿りしながら町内の方と話をし写真を撮りしていて居て気がついたら、此処は放下鉾の会所でした、


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雨の中ですが、放下鉾も動き始めます。
前後に曳き縄を取り替えて新町を上がったり下がったり。
これは北側から見ていますから鉾の後ろ側、バックで動いているところです。 


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此の鉾には三光丸という操り人形の稚児が乗っているのですが、雨のせいなのか、今日は姿を見ませんでした。 町内の人の話では試曳には乗っている筈なのだそうですが。
(私の提案: アシモ君を乗せろ!)

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とにかくお仕舞い頃にはマイペースを忘れ、周囲の状況に振り回されてしまう~まあ、それが普通なんでしょうが~状態でへたばって、這々の体で逃げ出しました。
なのに行きがけの駄賃に、しぶとく鉾の姿を全て撮り込もうとしています。
四条新町からは船鉾を遠望。


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月と函谷鉾は四条通ですから流し撮りです。


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鉾の辻、四条室町南には鶏鉾。北には菊水鉾ですが、此のページ冒頭北側からの映像を載せたので割愛です。


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函谷鉾を写してMKタクシーに転げ込みました。

明日からは少し増しな映像になると思います。
日を追って~南へ下がるに従って~悪くなります。
最悪が今日のぺージです。

 

(もうダレもみてはらへんて)


≪    四条の眼疾地蔵・仲源寺

祇園祭・山 建-鈴鹿山        ≫

2010年7月15日 (木)

四条の眼疾地蔵・仲源寺

両足院の半夏生を見た後、雨の中を祇園町南側を経由して四条へ出ました。 
こっちからだとアーケードがある、雨だと助かる、と言うのも勘定の内でしたが、大和大路近くまで来て、アッと思うことがありました。  それが此の仲源寺眼疾地蔵さんです。
べつにアッと驚くこともない存在でしょうが、実は私、初めてなんです。 
京は四条通り鴨川の東、南座もほど近く、花見小路から祇園さんへの道筋の繁華街、京都人だけでなくお上りさん一杯の大通りで、然も眼疾に霊験がある、と、つとに有名なお寺。 規模は大きくありませんが、そう言った意味ではメジャーで有名な寺院。  それを何やら立派な副題をつけている此のブログ野郎が 、お参りどころか門前の形態すら全く認識もしていなかった。
もちろん知識として其の存在は知っていましたが、一応の京都生まれ京都育ちが今まで拝んだことも無い、不思議な御縁の所が目の前にある、と言う事実にアッと驚いた次第です。

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其の場所は四条通り大和大路東入る南側。 商店街の中に埋もれておいででした。

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治安二年(1022)仏師定朝が四条の橋の東北に地蔵菩薩を祀ったことに始まり、安貞二年(1228)鴨川の氾濫の際、防鴨河使の中原為兼がおぼれる人々を救う此の地蔵菩薩の御姿を見た。 それ以来雨止地蔵と唱え、中原の字に人と水を加えて寺名とした。
その後眼を病む老夫婦の悩みを自らの目に移して治された、と言う霊験から雨止みが眼病みになり、目疾(めやみ)地蔵として信仰されている。
御本尊脇には室町期の山越阿弥陀像があり、また観音堂には平安後期の千手観音(重文)が祀られている。
と言うのが、こちらの御由緒です。
私は眼鏡を掛けていない時の記憶が無いほど昔からの近眼ですから、一番にお参りしなければならないのに、今まで・・・という始末です。


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四条通りから正面に御本堂が見えますが、短い参道の左手にも此のお地蔵様がいらっしゃいました。 水子供養のお地蔵様のようです。

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御本堂の正面です。
Googleの空撮で見ると、随分大きな建物なんですが、四条から寄りついたところでは、そう言った感じはしませんです。


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面白い形のお線香立てがありました。 マッチを捨てるところ?が付いています。

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御本堂正面上部の提灯の列。結構雰囲気があります。


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そしてお堂の中を覗いて驚きました。 御本尊がしっかりこちらを見据えておいでです。
もちろんこちらもしっかりとお参りしなければ・・・

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横手にあるのは大黒さんでしょうか。
前の柱には一杯の千社札です。


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お隣のビルの裏側にもお地蔵様が。

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箱の用途は判りますが、入って居る小さな護符のようなものは何でしょう?


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御本堂の前から四条通りの方を振り返ります。 
立派な唐門までの間の境内はこの位のもの。 でも繁華街の中ですから結構大きななものとも言えるでしょうね。
とにかく高名なお寺で然も都心部にあるのに、今まで全く失礼していました。 
偶々でしたがお参りが出来て良かったです。

≪    祇園町南側・花見小路:雨

祇園祭 10・放下鉾曳初など    ≫



2010年7月14日 (水)

祇園町南側・花見小路:雨

     

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祇園祭は始まって、色々な行事が目白押しなのに今年は全然いってません。
この春以来のアクシデントのせいですが、従ってブログネタがありません。
ひょんなことから両足院まで出向いた帰り、最小限の努力でネタ拾いをします。

建仁寺から四条大橋に出て37番の市バスに乗ると具合良く帰宅できるのですが、其の帰路祇園町南側を経由しました。
花見小路は京都観光のお客さんにとってはカメラの対象でしょうが、普通に京都人のブログの対象にはなりにくい。
でも今日は雨が降っている。
祇園町そのものに用事がある(んだといいのですがね)のでなければ、雨にこんな所通りはしない。
と言うことで無理矢理一日分でっち上げました。

左は建仁寺の門から北を見たところ。


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花見小路は全て石敷き。
この辺りはやはり五花街随一の貫禄でしょう。
雨に濡れれば、それなりの風情が加わります。

「はるさめじゃ、ぬれていこう」

迄は無理としても。


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建仁寺の境内際に、このような石標が立って居ました。

今まで全然気が付かずに居ましたが、雨の濡れ具合が秀逸です。


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そうなんや、

ぎおんさんやがな、

シャシンもとらんとなにしてんにゃ。


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開いていた戸口、
いい感じに下駄が揃えてありました。


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ロウジには違いないですが、石敷きで幅も広い。
奥にあるものも、そこら辺のとはチョトちがう(はず)


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何時も思うのですが、突き当たりの遠景がもう少し増しだと良いのですがね。 もっとも四条の向こう側も祇園には違いなく、但し旧乙部。 今は祇園東というのかな。

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串団子は祇園のシンボルマーク。
都踊のマークです。

中では何かの展覧会?が・・・


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さりながら立派、堂々たるものですね。 残念ながら未だ客になったことはありません。
(もうないで)(そらそや)

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赤いベンガラ壁。 これも少なくなりました。 四条花見小路角、お茶屋一力亭。

≪         建仁寺両足院・半夏生

四条の眼疾地蔵・仲源寺    ≫

2010年7月13日 (火)

建仁寺両足院・半夏生

今日はハンゲショウのオンパレード。
両足院はとにかく随分と半夏生を売り込んで居られます。 今風に言えばマスコミへの露出度がこの頃とても高いのです。   
少し嫌気が差して今まで伺わなかった、(もう一つは冬の旅かなんかの時の係員の態度が腹に据えかねた、悪い印象もあり) なのですが、実際の半夏生を眺めていると、そんなことは忘れて心が洗われます。   等持院:半夏生  

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雨と半夏生。 思惑通り相性はいいですが、でも足場が悪くて・・・・

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白いところはだんだん増えていきますから、これなどは花で言えば散り際なんでしょうね。

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もう一寸寄って、水滴と半分白い葉っぱの組み合わせ、と思ったのですが、やっぱり雨の中ではもう一つ自由が利きませんでした。

因みにレンズだけ突きだして他はカバーするビニール製のカメラレインコートなるものがあり、こう言うときに重宝します。
大小あって大きい方は人間ごと被りますが、蒸し暑くて実用性が少なく、小さいカメラだけの方では人間が濡れるのでもう一つ。
人間もフード付きレインコートを着込めばいい話ですが、そこまではしませんでした。


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今回はとてもいい印象でお寺を後にしました。 おかげ様で3日分のノルマを稼ぎました~~(もうノルマ!!かんけいないんやろ)(モチロンモチロン!)
半夏生も結構気に入ってズラリ11枚並べましたが、ちょっと役不足貫禄不足で持ちきれていないみたいですね。

≪    建仁寺両足院・庭園

祇園町南側・花見小路:雨     ≫

2010年7月12日 (月)

建仁寺両足院・庭園

方丈から書院庫裏と廻ってお庭へ降ります。
唐門の玄関から方丈前、そして築山の中腹を縫ってお茶室、と言った経路です。   

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唐門の正面。 花頭窓やなんかが多いですが、こちらはシンプルな円窓です。 時代的に新しいから、とも言えます。 方丈前庭を横から眺める形です。

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方丈の前庭。 室中正面から方丈を見ていますが、こちらの場合中央に立派なキザワシがあって、それに向かって真正面に舗石の道があります。 禅宗の方丈としては些か異例な感じで、勅使でも迎える構えでしょうか?

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方丈に沿って庭木戸経由で書院庭に向かう道は停められていました。


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方丈東側の小さな築山と石組み。 石階が途中まで上がっているのですが、何なのかな?

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一段高いところまで登って書院庭の上の方へ向かいます。 池の形と佇まいは格別特徴があるわけではありませんが、とてもしっくり納まっていていい感じです。
左の屋根が方丈、其の奥のが書院。

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書院正面側です。 池には島などはなく、築山も自然形で奥に大きな木立があったりしてよいものですが、三尊石?等の立石の配置はバラバラで疑問が残ります。

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お茶室は二軒あって池の北側に並んで立っています。 これは東側の臨池亭と言う広間で、こちらでお茶を頂きます。 私は不調法ですから縁先に腰掛けて失礼します。

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お隣にある水月亭ですが、こちらは如庵写しの二帖半台目席。
風呂先窓から僅かに中が窺えましたが、雨は降るし半夏生用の長玉(100mmマクロ)をつけていたので、ちょっとサワリだけを写させて貰いました。
と言って、これ、何だか判らないと思いますが、織田有楽好みの国宝如庵の最大の特徴である床の間と茶道口の間の床(ゆか)に設けられた三角の地板です。
狭い茶室に茶道口(亭主が出入りする口、座ると人が通れない)と給仕口(亭主をよけて点心などを運んだりする口)の二つを設けずに済ます工夫として有名な洒落た設えなのです。


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其のお茶席臨池亭から見たお庭。
こちらへ向かった入り江の縁にも半夏生が群れています。


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雨の中を書院側正面まで廻って池の端に近づき、ハンゲショウをとっくりと写してきました。

明日は其のハンゲショウでだけでの構成です。

(モノスゴひっぱらはるな)
(すんまへん)

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帰り道、足元にひとつ、  やはり梅雨ですね。

≪    建仁寺両足 院・ハンゲショウの庭へ

建仁寺両足院・半夏生    ≫


2010年7月11日 (日)

建仁寺両足院・ハンゲショウの庭へ

この間植物園に行ったらハンゲショウが居ました。 日本の森の西南隅の倒木などがある水溜まり、 一種独特の雰囲気があって好きな所なんですが、そこに沢山生えていました。
生えていた・・と言う筈はないので植えられていた・・と言うべきでしょうが、若干文句を言うと此の頃の日本の森は~生えていた~雰囲気から遠ざかりつつある~つまり”日本の森”(これは愛称です)でなく、植物生態園(これが正式名称)になりつつある。 京都植物園は府立ですからお役所ですが、こんな所までそうであっては欲しくない。
済みません。本論に戻ります。 その時偶々建仁寺両足院がハンゲショウを売り出し中、但し未だ行っていないと書いたら、リンクして頂いているM氏から両足院の拝観招待状を頂戴できました。 
当然 「それ行け」ですが、見たら今月11日迄。 11日の日曜日は両足院の毘沙門堂で”寅の市 ”がある。 ものの流れから言えば、此の日に行くべし、と言うことになりますが、選挙の日でもあります。
私は由緒正しい日本国民ですから勿論投票に行きますし、それから廻ることも今の体力でも不可能ではあるまい。 とは言うもののそれではブログのアップが13日位になって、見て頂いた方が行こうにももう終わってる。 ならば 「今直ぐ行け!」
で、行って来たのですが、やっぱり整理に一日掛かってアップは本日11日からになりました。
編集の都合上(カッテにせい!)ハンゲショウがメインになるのは二日後になりますので、御用とお急ぎの方は此のページをご覧になったら、即刻両足院に出向かれるようお願いします。
(もちろん、センキョにも行かなあきまへんで!!)

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このところの天候不順というか、梅雨だから当たり前というか。 雨になりそうでしたが、半夏生と雨なら相性はいいはず。 カメラはライブビユーが利くα350にレインコートを着せて出動しましたが、きっちり降られました。

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禅寺ですから門から一番メインの動線は唐門に向かいます。
左脇は立派な玄関ですが、言うなれば横向き。
こちらの場合庫裏はそのまた左で別の門から入ります。
その他にも少し勝手が違うところがあるようです。


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唐門が開いて玄関(此処が方丈の玄関)から入ります。 因みに拝観料600円でしたが、今回はおかげ様で、私はその分お薄の券を500円で求めました。

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方丈から早速裏の書院の方へ廻ります。
書院の庭の潜りですが、もう半夏生が群れているのが見えました。


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方丈の北東側の外縁です。 池泉回遊式の庭園にお茶室が二軒並んでいるのが見えます。

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書院からのお庭のビユー。  方丈、書院とも嘉永年間の建築。

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書院の一番奥、お庭の左、北よりからのビユーです。 池の周りは一面のハンゲショウ。

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書院の真ん中からの正面ビユー。 
以前に来たときは季節が違ったからか、こんなにハンゲショウがあるとは思いませんでした。 もっとも最近売り出し中の情報ではもっと一杯、それこそうるさいくらいに植わっているようにも思えたのですが、それは誤解。 適当に賑やかに沢山リッチにある、と言う印象です。  

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書院の南端からのビユー。 東側は自然の築山です。 
建仁寺の伽藍軸の辺りは未だ鴨川の東岸レベルでしょうが、東側の両足院は一段上がっていて、其の東はこのようになり、この更に上は安井の金比羅さん。 そして東大路からは高台寺へと、東山山麓の山手になるわけですね。

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書院から庫裡の方へ廻ります。 雲谷等顔や曽我蛇足などの寺宝が飾られてありました。
但し長谷川等伯の襖絵はありません。 (京都国博に寄託されています)

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方丈庫裏間の中庭は最近整備されたようで、綺麗な苔の島に三尊石が建てられていました。

明日はお庭に降りてお茶室の方へ廻ります。 但し雨は本降りで、足元は相当不安定でした。(もちろん当方の機能的欠陥が主な理由ですが)

≪    本日休業:10/07/10

建仁寺両足院・庭園    ≫

2010年7月10日 (土)

本日休業:10/07/10

     

休業日だから何してもいい、~~ひどい頁が並びます。
フオトショップの再勉強は再勉強として、去年の貴船祭のホルダーを見ていたらフツーの写真で小ましなのも出てきました。  此処数年の間、一日分は11枚の写真で構成すると言う内規?がありまして、それ未満でしか組めないものはオミットされていたからでもあります。 
まあ通常のクラブ展等ならば五、六枚もあれば充分でしょうし、逆に個展なら四,五〇枚は要るでしょう。
今回見つけたのは五枚組み、題を付ければ貴船奥宮、と言った感じでしょうか。

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展覧会の写真のようなものであれば、くどくど説明は付けません。
私のブログの場合は紙芝居、今風に言えばスライドショウ的に順を追って並べて、一応の説明文をつけている。  ただし京都観光案内的な気分は毛頭なし、と言うやり方なのですが、本日休業の今日の此の場合はそれではないので、コメントは抜きです。
もしかして、見て頂く方が画面から 貴船の奥宮 を、なにがし感じられたら成功、と言うところでしょう。

≪    本日休業:10/07/09

建仁寺両足院・ハンゲショウの庭へ    ≫

2010年7月 9日 (金)

本日休業:10/07/09

本日休業の癖に大風呂敷を広げてしまって、かえって自分の首を締めている嫌いがあります。
もっと出鱈目、出たとこ勝負、、玉石混淆、と言うよりゴロタ石ごろごろ。
その辺を巧くやれない貧乏性が、現実の貧乏にも繋がっているのでしょうね。
貧乏してなければ世界一周のクルーズ船にでも乗ってるものを。 こんな貧乏ブログに血道を上げることもないものを。

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少しやり過ぎですかねぇ。

元画は左のようなもの。
六月午後5時頃、貴船渓谷は奥社の辺り、相応に暗い渓谷の道を御本社へ還幸する御神輿。
( 貴船祭09:奥宮へ  貴船祭09:おせんどんどん  貴船祭09:八俣の大蛇  )
概ね通常の手順で現像仕上げした此れでも充分雰囲気は出ているものを、なんかもっと強調するべく、相当手の込んだ作業の結果が上のようです。 
iMacのデスプレイ(もちろん設定はちゃんとやってます)上で、相当我滅ってやったんで行きすぎた・・のか、WindowsのIEではちゃんと見えないのか?
反射光で見る時用の感覚、つまり此の場合は大サイズプリント~A3ノビ、でやってはいるのですが、デスプレイ上でこれでは、焼いたら真っ黒けでしょうね。~それはフイルムの時の感覚?? (因みに黒潰RGB=0,0,0,はありませんよ)

(Winのデスプレイ設定やり直す必要があんのとちゃう?) (そ~かも)


≪        京都植 物園:10/07/05・日本の森

本日休業:10/07/10        ≫

2010年7月 8日 (木)

京都植物園:10/07/05・日本の森

     

折角張り切って行った植物園~日本の森でしたが、収穫はもう一つでした。
大体今日5日は長刀鉾稚児が、会所の二階から四条通りに向かって泰平の舞を披露する日、祇園祭長刀鉾町吉符入りの行事の日なのです。 
此れは巡行の時に鉾の上で舞うものですが、其の練習の総仕上げ、卒業試験みたいなものを会所二階でやって、合格したお披露目をするのですから、華やかでいいものです。
時間は公表されていないので、マスコミなどを除いて一般の人は偶然通りかかっての眼福と言うものですが、毎年 行って写してきました。
ただイベントの場合は先方の進行に合わせて動かねばならず、今の私にはしんどいこともあり、今年は行きそびれてしまいまし た。       祇園祭泰平の舞:09   泰平の舞:08

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北門内の噴水です。 この頃歩いて行かなくなって、北山通りを走る30分に一本の北8系統市バスに乗ります。 本当は家から真っ直ぐ賀茂川へ出て”飛び石”を渡るのが直近路なんですが、落っこちる可能性が現実味を帯びてきたので止めました。
そうなると北大路か北山の橋を渡るとなり、ならば地下鉄か北8~何れにしても老人福祉券が頼りですが。

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さて、森に入ります。 これ、イボタノキの花。  遅すぎて全部散ってしまい、地面は一面の落花狼藉、木に残っていたのはこれ一つでした。 

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(これ、ネムとちゃうの!) (そやねん?)

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こちらはホソバイヌビワの実。 もっと大きくなる? イヌだから大きくはならないんでしょう。

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琵琶湖の側にいましたが、整いすぎて庭園のよう。

ミソハギ だ、とおもいますが。


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その”湖面”ですが、この前まで咲いていたアサザはすっかり無くなって、ウキクサorアオウキクサが一面を覆っています。 それを掻き分け大怪獣が出現か?

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ヒメユリ  一株だけひっそりとありました。 こういったもの、自然に何カ所かに居る、と言った風であれば日本の森らしいですが、この頃は一カ所だけ如何にも植えました、と言った感じのが多くてどうも。

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とても小さな花です。 これで現物の十倍くらい。 その芯にまだちいさな虫、蟻?が居ました。

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桔梗の季節ですが、これも此処に二つほど並んで居ただけ。 一種不自然な感じ。

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夏至の季節感 ハンゲショウ。 葉っぱが半分白くなって、半化粧または夏至=半夏 生です。 等持院が有名ですが、この頃建仁寺両足院が売り出し中。 でも未だ行ってません。
等持院:半夏生  建仁寺両足院・ハンゲショウの庭へ

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日本の森の外縁から少し外。 芙蓉が咲いていました。

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シモツケのえらく綺麗なのもありました。 ここにも蟻が居ますね。

≪    京都植物園:10/07/05・森の茸

本日休業:10/07/09         ≫


2010年7月 7日 (水)

京都植物園:10/07/05・森の茸

梅雨、=茸の季節と言うことになりますかね。
あちこちに色んな茸が生えていました。 もちろん全て森の木の下で、日がカンカン当たるところではありません。 でも日本の森を外れた大芝生側の、地面に落ち葉が積もっただけの開けた巨木群の下には狐色の綺麗な茸の大きな群落がありました。     

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これは日本の森の下生えの中。 傘の直径3~4センチ程度。

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紫陽花園に近い巨木の下。
割に大きくて、傘が10cmもありましたか。


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前のの同類です。

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開けた巨樹の森の下。 落ち葉の原っぱに沢山群れていた茸です。

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同じものの地面にくっついたビユーです。

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同じ種類の茸でしょう。 
食べられたら良いんですがね。

椎茸よりもまだ大分大きいですから。。


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此も下に潜ってみました。

昆虫や蜥蜴の視点ですが、落ち葉が厚く積もっていて、彼らなら葉っぱの下に潜ってしまうかも。


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同じ所に埋もれて白い玉状の茸。 少し地面を掻き分けています。 写真で現物の半分位かな? 
松露、と言うのが生えている姿は知りませんが、こんなんでしょうか?

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別の所です。 暗い湿った森の下の倒木に群れていた茸。  実物の倍くらいの大きさになってます。

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同じような環境の、此は地面から生えていた茸。 種類は同じかも。

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大きさは此も倍くらいになって写ってます。

≪        京都植 物園:10/07/05・紫陽花園

京都植物園:10/07/05・日本の森    ≫

 



2010年7月 6日 (火)

京都植物園:10/07/05・紫陽花園

本日休業が続きましたが、ヤッと本業に戻れます。   梅雨の晴れ間に植物園まで走りました。 ~走りました・・・・と言うのは修辞で、とても走る体力はありませんが・・・
それにしても本日休業の頁、実はもう2頁スタンバイしています。 それは置いておいて本業再開はまあ慶賀すべき事ですかな。

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日本の森から廻って紫陽花園に行ったのですが、都合でこっちが先発です。

少しだらしなくなって、紫陽花園も今まで見向きしなかった園芸種の部分を加えています。
ただこれは当方の努力不足もさることながら、今年の紫陽花園はどうも不作で、且つ園の方針でも変わったのか、特に原種のの藪がとても風通しが良くなってどうにもなりません。
”風通しがいい”と言うのは褒め言葉でしょうが、この場合はちょっとニュアンスが違いますが・・・

左は洋種の所のとっかかりで見た風景です。
この頃珍しくもありませんが女性カメラマン、 但し背中が曲がったお婆ちゃんでした。
ごつい脚にミノルタのフイルム一桁機。
ヘバッテは居られません、見習わねばなりません。
がんばらねば・・・


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今のおばあちゃんが構えて居られた栽培種です。

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実は園芸種の園も結構荒れています。 

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そのせいか、何時もの癖か、きちんと整ったのよりも乱れたのばかり撮ってます。

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それにしても熊蜂君は紫陽花が好きですね。 ことに甘茶には凄く集まります。

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ようやっと花園風になりかけました。

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色とりどり鮮やかで大輪、
形が整ったのが山のように連なっている・・・と言うのが此処の特徴だったのですが、それももう一つ荒れているような・・


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撮る方もそう言ったところは余り見てませんな。

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これ、カムイという名の新品種。 京都桂高校の生徒達が作った?とか。

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で、やっと日本の山野の藪に入りました。 此は京都は久多産のやまあじさい。

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そうでなくてもざくざくした雰囲気ですから、少し荒れたらこんな感じの写真になります。
でもこっちの方が落ち着きます。

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玉になったのより、こういった萼、山、系の紫陽花が好きですね。
此は甘茶だったかも。

(下の名札もほとんど無くなっています)


少しレベルを下げてぎょうさん並べる方針で行きそうです~もう一つの対処法は少数精鋭に切り替えることでしょうが、どうも本性が合いません。
戦争末期の少年時代、負けかかった時の「質よりも量だ!」という叱咤激励が、いまだに身に付いたまま離れていませんもので。

≪        本日休業:10/07/05

京都植物園:10/07/05・森の茸    ≫


2010年7月 5日 (月)

本日休業:10/07/05

さて、ホモサピエンス君、どうするの?

実際上未だどうと云うことはありません。 試行錯誤をし、その間のうろうろ、きょろきょろそのものを話のネタにして進んでいくつもりです。
画像レガシイのネタで、MAC上での芸当でなんかやらかそう、と言うのが一つの筋。
これは可能性だけは無限にあるものの、具体化できるかどうかが最大のポイントになりましょう。
その代わり、と言ってはなんですが、其の試行錯誤中のものもネタにして時を稼ぐ、と言った手も使えるかも知れません。  (もうやってるやんか!)
もう一つの手は、まともだが大したことはないであろう、落ち穂拾い。 一枚ものや、組はずれ、見落とし、等を見直しての落ち穂拾いです。 ただこっちは世間が狭いですから、巧く行っても大したことはない・・・可能性が大きいですね。

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フオトショップの基本的な技法の一つに選択範囲の指定~マスキングがあります。 
フイルムで言えば覆い焼きなんかをするマスクと同じで、もっと高精細にやれますしそのほかの応用にも必須のものですから、マスターすれば相当使えます・・なんですが、そもそもマスターしてませんし、と言うか長いこと使わないので、使い方を忘れてしまいました。
再勉強が必要ですが、今のバージョン(CS3)は昔と少し勝手が違うので、硬くなった頭には大変です。
好き勝手なイメージについていけるように戻るまで、ボデイの方がもつかしら。

≪        本日休業:10/07/04

京都植物園:10/07/05・紫陽花園    ≫

2010年7月 4日 (日)

本日休業:10/07/04

此のブログですが、サブタイトル的に   京都のイベントや社寺を主とした写真日記的ブログ    を標榜してきました。
これは結果的に形成されたキャラクターで、元もと病を得てから”首を洗った”心境で、毎日大過なく過ごせるであろう散歩圏内の”賀茂川””植物園”と言ったカテゴリでのブログを始め、それに毎日アップのノルマ!!を課して励みにした。
ところが幸いなことに京都市内のお祭りなんぞにも行けるようになり、若いとき以来の社寺巡りもやりをしている内に段々頁が肥大してきて、いつか毎日アップのブログ:ノルマ!!になってしまいました。
基本的には写真好きカメラ狂がやるものですから映像が主体。 機動力は不足しているので速報性は無し。 一応それらしい格好を付けて時系列的に並べ、もっともらしい解説の如きものをつける。 と言うスタイルになって、一時は400人1000アクセス/日程度まで行き、パリのUNESCO本部からお声が掛かって写真を使って頂いたこともあり、でした。
プロパイダーのせいでか、その後少し落ちましたが、この7月2日にはまた416人550アクセス、6月には何故かフランスから27回ロシアから15回のアクセスがあった、などと言ったところです。
但し昨今の事情で多少路線変更が必要、新規データの入手が減りそう、つまりは現場が遠くならざるを得ない、と言ったことで、これは本来の散歩圏であったはずの植物園へ行くのにバスか地下鉄に乗ると言う現状ではしようがありません。
そこで、と言うわけでもないですが、此処数日前MACのホルダーに新規に”レガシイ”というのが現れました。
レガシイ~、私がレジェンドに乗っていた頃、スバルに其の名の車が居ました。 伝説、と遺産ではニホンゴにすると大分ニュアンスが違いますが、語感は似ています。
何で今”遺産”? 言うまでもなく古い鉱脈の再発掘です。 当然品位は下がりますから、そこをカバーする・・のがホモサピエンス。

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お遊びまでも行きません。 
単にBW乃至セピア調にしてみただけです。
ごく平凡に古い写真紛いにしただけですが、殆どソフトの仕事そのまま、つまり”ソフトに使われている”、と言う奴です。
ホンマに凄いオールド写真はそのうちお目にかけもしましょうが、先ずはネタ探しが大事で、とりあえずの此の写真なんかよりも、もっと古くさい印象のが必要ですわ。 
そしてイマージュも。


     

≪    本日休業:10/07/03

本日休業:10/07/05    ≫

2010年7月 3日 (土)

本日休業:10/07/03

ホンマの本日休業:
何日か続きそうです。 京都神田明神の例祭に行ってお参りした後、本年二度目の救急車・・・・は自慢になりません。それも5月6月と月1ペース!?
前回は時間単位で即釈放でしたが、今回は通院している病院に搬送して貰ったこともあり、二晩泊まって一週間後再診と言うことで帰ったのですが、流石にこの一週間は大人しくしていました。
その間に6月末、つまり半年の総決算である夏越しの祓いの行事があり、本来なら 上賀茂神社の ならの小川の畔に出向いて、
 「かぜそよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ 夏のしるし なりける」
の朗詠を聞かせて頂くはずで、事実その用意も仕掛かったのですが、どうも周囲の目が冷たくて止め。
次7月の1日は祇園祭が始まって、お稚児さんの御千度で朝から八坂神社に駆けつける。~~筈が、前夜の晴れた涼しい絶好の環境にも遠慮したのが、炎天の下へ出ていくのはどうかいな、と、ジョウシキが働いてか、欠席と相成りました。
途端に今朝から どうしたのか、と、声をかけて頂いたりもしましたが、そう言った次第で、要するにサボリました。
4月の入院でもうノルマ氏の呪縛は解けてはいますが、一応継続して毎日アップしている流れで行くと、一昨日昨日は去年の競馬、竹伐り会ではなく、今年の夏越の祓えが入り、今日明日はお千度、と言うところだったんですが、其の企てはすべてパンクです。
何れにしても、歩け!歩け!と叱咤して居た主治医が 「炎天下は大人しくして・・・」と言い出す始末では、7月の書き入れ時、祇園祭も宛に出来ません。
まあ、体力だけでなく、気力的にも衰えてはいますので、いずれにしても去年までのパターンでは行けません。
つまりは がっくり、途端に老け込む、べきなんでしょうが、未だ一応首から上はほぼ正常なようなので、そこをなんとかするのが、ホモサピエンスの一員としての勉め!! 宿命!!!

(あんなァ、TXTだけでコサエたら ”しゃしんにっき” が泣くで)
(わかってるワイ!)

ホンマのところはそう言うケイコウも容認して頂くとして、なんかおっぱじめるつもりでは居ます。
さて。 明日明後日はどうなるやら、目下は全くの五里霧中。
此の男、ちゃんとしたホモサピエンスなのか、自らを追いつめ問うより仕方ありませんな。

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 これ、去年の貴船祭。


奥宮での御神輿ですが、何故か使っていませんでした。
ちょっとトリミングして、トーンを大いに弄っていますが、もう少し遊びます。


   

≪    09/06 いざ、勝負伐り:鞍馬寺

本日休業:10/07/04    ≫

2010年7月 2日 (金)

09/06 :いざ、勝負伐り:鞍馬寺

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2009/06/20

この、なんとなく ”なんとなく”カテゴリに入れてあるシリーズ。
新ネタ切れ用のもので、今年になってこれで二度目。 去年の残り物を拾って十二ヶ月分を1セットにしての2セット目ですが、前のは縦画で集め、今度は横位置のものを並べています。 
組んでお見せするには半端なもので、一枚物としたらイケル、のを選ぶつもりで居るのですが、いざとなると、なかなかそうも行きません。
今日の分は鞍馬の竹伐り会。
110年ばかりの昔、鞍馬の中興の祖とされる峯延(ぶえん)上人が修法中に大蛇が現れて、飲み込もうとしたが法力によって折服された。 此は雄であったが、その後もう一匹雌が現れ、こちらは上人に従って閼伽井を守る善神となった。
この故事によって雄竹を切り、雌竹は山に植え直す。 その際丹波座と近江座に別れて切る早さを競う。 切る山法師は鞍馬の里人で、このことを代々守る家柄の人達と言うのが、この行事の概略です。
竹切りは二段階で行われ、その間種々の行事が挟まります。 六月ですから雨も多く、そうでなくても蒸し蒸しする中、大勢の参拝者、観光客が押し寄せるので凄い熱気?です。

写真は勝負切りの始まり。 
前段では両組の条件を揃えるため竹の長さを切り揃えますが、これはいよいよ本番の始まりです。 先に五段に切り分けた方が勝ちなのですが、其の始めの合図は、後ろに立たれた導師の手に翳された檜扇に依って行われます。
これは檜扇の儀と言い、此処までに積み上げられてきた今日の行事、法事を締め括る大事な儀式となります。
丹波座の法師が山刀の刃をあてがい、檜扇がいましも振り下ろされようとする、緊張の一瞬です。

今年は行き損ねました。 ケーブルカーのある山でも登るのがしんどくなったこともありますが、それこそなんとなく忘れていたのです。 でもTVニュースの映像ではジャンジャン降りでしたから、マァ良かったのかも。
鞍馬の竹伐り会式09:竹ならし   鞍馬の竹伐り会式09;勝負伐り

大ミステイクです!!
此の写真、発表済みでした。 上記のページ中で。
一番良い写真だったので、ケチってしまい込んでいたつもり・・・事実そう言ったホルダー内にしまっていたのですが、今見たら載せてしまっています。
別のものに差し替えましょう。

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≪        09/05 倭文荘の馬:上賀茂神社

本日休 業:10/07/03    ≫

2010年7月 1日 (木)

09/05 倭文荘の馬:上賀茂神社

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2009/05/01

上賀茂の神さまは馬がお好きなようです。 
どのお祭りにも出てきますが、なかでも五月の一日、五日に行われる旧社家の流れを汲む方々の同族会が運営される足汰式(あしそろえしき)と競馬(くらべうま)は、正しく馬が主役のお祭りですし、秋10月の奉納行事である武田流弓馬道による笠懸神事などもそうでしょう。
此の笠懸ですが、馬上弓を射る武術の一種で、下賀茂神社で行われる流鏑馬に似ていますが、より実戦的なもので見応えがあります。
古来からの騎射の催しとしては、流鏑馬、犬追うもの、笠懸とあったらしいのですが、この内の二つが上下両賀茂社で見られると言うわけです。
なお下鴨の流鏑馬は5月3日、、去年の上賀茂の笠懸は10月18日の午後1時より始まりました。
今日の写真ですが、その中でも盛大な5月5日の競馬~ケイバではありませんよ~の予行演習的性格を持つ1日の足汰式のもので、境内一の鳥居側から二の鳥居側へ、芝生に設らえた埒(らち)のなかを疾走する六組ほどの中の一番手の馬、美作国倭文荘(みまさかのくにしどりのしょう)とそれに騎乗する此も筆頭の乗り手の姿です。
くらべうまはケイバと違って二頭の馬が先手後手になって少し差を付けてスタートし、差が詰まれば後の、開けば先の馬の勝ちとなるルールですが、最初に走る二頭は慣例により左方(さかた=赤)が勝つことになっています。
そして其の馬の名は美作国倭文荘と呼ばれていて、此は元もと全国各地にあった賀茂社の荘園から献上された野生馬を使って競争したことに発しています。
因みにこの時一緒に走って負けることに決まっている右方(うかた=黒)の方は加賀國金津荘の馬と呼ばれます。
勿論現在走っている馬はサラブレッド、お祭りやロケに出るタレントも居り、地方競馬で勝った事があるのも居るとかで、本気になって競争しますから見応えがあります。

 

この関係のを当ブログ内でチェックしたら、下記のようになりました。
本来リンクすべきですが、しんどいのでサボります。 悪しからずご利用の程を。

賀茂競馬:足汰式
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2006/05/post-624e.html

賀茂競馬08:足汰式
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/05/08-ad94.html

足汰式09:上賀茂神社
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/post-2168.html
足汰式09:素駈、競馳
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/post-351f.html

足汰式10:上賀茂神社その1
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2010/05/post-1da7.html
足汰式10:上賀茂神社その2
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2010/05/post-4fc6.html

賀茂競馬;06/05/05
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2006/05/post-9d1b.html

賀茂競馬08:参進
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/05/post-4282.html
賀茂競馬08:奉幣
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/05/post-7d89.html
賀茂競馬08:競駈
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/05/post-7b5b.html
賀茂競馬08:諸役
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/05/post-82f8.html

賀茂競馬09:菖蒲の根合
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/x4.html
賀茂競馬09:参進
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/post-822e.html
賀茂競馬09:競馳
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/post-3689.html

賀茂競馬10:上賀茂神社,菖蒲の根合
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2010/05/post-5092.html
賀茂競馬10:上賀茂神社、馬立
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2010/05/post-5092-1.html
賀茂競馬10:上賀茂神社、競馳
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2010/05/post-5092-2.html

上賀茂神社:笠懸神事その1
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2007/10/post-c8b1.html
上賀茂神社:笠懸神事その2
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2007/10/post-8fc8.html

上賀茂笠懸08:秋日
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/10/post-9154.html
上賀茂笠懸08:馳走
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2008/10/br-cl-1.html

上賀茂笠懸09:其の壱
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/10/post-96cf.html
上賀茂笠懸09:其の弐
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/10/post-6499.html

流鏑馬/下鴨神社
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2007/05/post-2cc9-1.html

流鏑馬09:下鴨神社
http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2009/05/post-1206.html

≪    京都神田明神例祭10:木遣奉納

09/06 いざ、勝負伐り:鞍馬寺    ≫

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